第30話 拾った指輪を身に着けた事で

多くの人々による賑わいを見せる、海辺の町・ポートロイヤル。今回、私が降り立った場所と時代は、1600年代のジャマイカ。様々な物資が行き交い、人々は生活を営む。船の技術が進歩し、海に出る者。外海から来る者も珍しくない。

私がこの時代に来てすぐに取り組んだのが、ログイン相手を探す事。そのためには、多くの人や情報が飛び交う場所が最も効率が良いので、町中にある酒場にて住み込みで働くことになった。商人や町のお偉いさんだけでなく、最近は海賊も客として来るらしいので、酒場といった旅人が訪れやすい施設は猫の手も借りたいくらいだったらしく、すんなりと働くのを認めてくれた。本当ならば、東洋人は珍しいだろうから拒否される事も考えたが、向こうもそれどころではないのがよくわかったのである。


住み込みで働くようになってから、数日が経過したある日――――――

「わっ!?」

昼間、食材の買い出しに出ていた私は、多くの人々が行き交う町中ですれ違った人物とぶつかる。

そして、その拍子で軽くこけてしまった。

「ごめんなさい…」

小さな声で相手に謝るが、ぶつかってきた方はこちらを一瞥もせずに去っていってしまう。

『…失礼な奴ね!』

あはは…。もしかしたら、かなり急いでいたのかもね…

私達は見向きもせずに去っていた男性の後ろ姿を見つめながら、ポロッと本音を語っていた。

「あれ…?」

その後、立ち上がろうとした私は、ふと地面に転がったある物が目に入る。

『さっきぶつかった男が落としたのかしら?』

…その可能性が高そうだね。それにしても…

私は拾い上げた物を見つめながら、純粋に”綺麗だな”と考えていた。

それは、澄んだ海のように蒼い宝石がはまった指輪。所々に汚れがついているので一見するとおもちゃの指輪のようだが、指輪にはめ込まれている宝石の輝きは本物だった。

服のポケットだと、何かの拍子で落としちゃいそうだしな…

そう考えた私は、持ち主に返すまで持っておこうと、中指に蒼い指輪をはめたのであった。


そして、目的の物を買い占めた私は、酒場へと戻ろうと来た道を辿ろうとする。

「あれ!?」

私はこの時になって初めて、異変に気がつく。

”持ち主が見つかるまで”と思ってはめていた指輪が、中指から外せなくなっていたのだ。

『…あんた、そんなに指太かったっけ?』

いやいや!さっきはめたばかりの時は普通だったし…!

サティアのからかいに反論しつつも、何故ゆるゆるだった指輪がいきなり外せなくなったのかが、不思議でたまらなかった。



「外せなくなった!?」

開店準備中の酒場に戻った後、おかみさんの声が響く。

「すみません…。買い出しの途中だったので、指にはめておけば持ち主が現れた時に、すぐ返せるかなと…」

そう謝罪しながら、私はおかみさんに指輪をはめた左手を差し出す。

蒼い宝石が埋め込まれた指輪。それを、おかみさんは訝しげに観察していた。

「…まぁ、とれないモノは仕方ないね。もし、客の中に持ち主がいれば良し。現れなければ…このまま戴いちゃっても、問題ないんじゃない?」

最初は不満そうな口調だったが、おかみさんはすぐに納得してくれた。

年齢としの割には、このおばさん。物分かりいいじゃない!』

珍しく、人間嫌いなサティアが感心していた。

こんなやり取りの中、大急ぎで開店準備を整えた後、多くの客が賑わい始める黄昏時を迎えようとしていた。


「はい!お酒、お持ちしましたっ!!」

「おー!ありがとよ、姉ちゃん♪」

お店が開店した後、多くの客が来店し、忙しさがピークを迎えていた。

片手で3つのジョッキで合計6つのジョッキを持ちながら、私はフロアを行き来する。考古学的な知識としてはあまり関係ないが、もしログインしていたら、“この時代の人々は酒豪が多い”と記録されていただろう。

「しっかし、東洋人の店員ってのも、なかなかいいなぁ!」

「姉ちゃん!今度、俺とデートしねぇか?」

「あはは…。それは、また今度ね~…!」

こんな風に、酔っ払いに絡まれる事も少なくはない。

しかも、酒場に来るのはやはり男性が多いため、むさ苦しさこの上ないが、ここ数日でそれに慣れてしまった自分がいた。

「あれを探すには…」

「何か手掛かりは…」

無論、皆が皆、酔っ払っているわけでもない。

ちゃんと節度を守って飲む人もいるし、話題も楽しい事から、政治・経済といった真面目な会話を交わす客も少なくない。いろんな人間が出入りするからこそ、酒場は情報収集にはもってこいなのだ。私は、そういった“話し合いや情報交換をしていそうな人々”の会話に耳を傾けながら、仕事をしていた。


「ガリオン船が、欲しいなぁ~♪」

「!?」

仕事中、後ろにあったトイレのドアから出てきた男性が鼻息交じりで歌っていた歌に、私の表情が強張る。

突如として、ヴィンクラのログインが成功したからだ。

すぐに後ろを振り返ると、こちらに背を向けて歩いていく男性の後ろ姿が見える。

あの後ろ姿…

それを目にした時、昼間に私がぶつかった人物と、後ろ姿がまるっきり同じだった事を思い出す。

「ちょっと、待っ…!!」

「おい!!おかわりはまだかー??」

「っ…!!」

人ゴミの中に入っていくその男性を呼びとめようとした刹那、後ろから別の客の声が聞こえる。

本当ならば、そんな客を無視して今の人を追いかけたいが、場所が場所。客の不評を買えば、お世話になっている酒場に迷惑をかける事にもなってしまう。

どうか…落ち着くまで、まだこの店にいてくれますように…!!

まだいなくならない事を節に願いながら、私は客の方へと踵を返した。



何処行っちゃったんだろう…

私は酒場の裏手でゴミをまとめながら、考える。仕事がひと段落した時に一度探してみたが、やはりあの男性の姿はなかった。

ログインできたのは良かったが、その人物の顔と名前を知る事ができなかったのはかなり痛い。おそらく、自分が今身につけている指輪の持ち主だろうからまた現れそうだが、それがいつになるかはわからない。

『…それでも、待つしかないかもね。相手がどんな奴かわからないと、動きようがないだろうし…』

そうだね…

私はサティアの声に答えながら、大きなため息をついた。


「よぉ、そこの姉ちゃん」

「私…?」

作業を進めていると、お店の方から2人の青年が現れる。

酒の匂いを感じられる所、店の客だろう。しかし、その声のかけ方は酔っ払っている時のものと大分異なる。

「東洋系の女…近くで見ると、艶がありそうですね、兄貴」

「さぁな。しかし、あの野郎はこんな奴が好みだったか…?」

二人の青年の内、少しぽっちゃりした方が、背の高い方に話しかけていた。

どうやら、ぽっちゃりしている男性の方が下っ端なのが口調から伺える。

「あの…私に何か御用ですか?」

首を傾げる私に気がついた二人は、ようやく本題を切り出すのであった。

「お前、イドルとグルなんだろ?…奴は今、何所にいる?」

「何の事??」

私は聞いたことのない人の名前を口にされて、戸惑いを隠せない。

「イドルは、俺ら海賊団が所有しているその指輪を持ち逃げしやがった野郎だ。…さっさと吐かないと、痛い目見るぞ?」

「…は!?」

私はまるで身に覚えがない台詞ことばに、思わずしかめっ面をしてしまう。

「とぼけんじゃねぇよ。繋がっているかどうかを示すには、その指にはめている指輪が何よりの証拠だ。さぁ、答えろ」

「そんな奴、知る訳ないでしょう!?しつこいわねっ!!」

誰かと間違えているのかはわからないが、しつこくてたまらないと感じた私は、彼らから視線を外してそっぽ向く態度をとった。

「あ…兄貴…」

酒場の方に戻ろうとした私の後ろで、背が低くてぽっちゃりした青年の声が聞こえる。

「…気が回らねぇが、仕方ねぇか」

「!!」

背が高い青年の声が聞こえた瞬間、私はただならぬ殺気を感じ取っていた。

その反射で後ろへ振り向いたが、時既に遅く―――――――――――

「うっ…」

相手が放った拳が、私の腹部に深々と入り込んでいた。

自分の中にある臓器補助機にも多少接触したので、相手は普通に当て身を食らわすよりも痛かったかもしれない。そして、機械で少し急所から外れたようだが、身体が弱い私を気絶させるには十分であった。

地面に崩れ落ちようとする私の身体を、男は抱きとめる。

『沙智…!沙智…!!』

サティ…ア…

人工知能サティアの声が、少し遠く感じる。

一方で、自分の身体が担ぎあげられている感覚を覚えていた。

「あいつ、本当に現れるんすかね?」

「指輪を盗んだ張本人だからな。他人に預けたまま、とんずらする事はねぇだろ」

「まぁ、確かに…」

「・・・それよりも、気になるのはこの女だ。何故、奴はこいつに指輪を託したんだろうな」

すると、男たちの会話もだんだん遠く感じていくようになる。

こうして当て身を食らわされた私の意識は、次第に闇へと閉ざされる事となるのであった。


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