第29話 人工知能の想いと予感
「…ねぇ、サティア。この項目…どういう事?」
『そのデータの通りだと思うけど…』
時間を少し遡り、沙智が研究所の屋上にいた頃、私―――――サペンティアムは、研究所の所員・吉川翠の元にいた。
また、ハードディスクには私がその場で感じ取った事も備考欄に保存されているため、それも彼女がチェックしている。
「江戸時代で会ったという
『…毒物を飲ませたとでも?』
「いえ、それは流石にありえないわ。だって、殺すためならば、わざわざ連れ去ったりはしないでしょう?」
『そういうものなの?』
「…まぁ、いいわ。次の項目見ると…北欧神話の神々ね!空想上の存在かと思っていたのが、これで現実味が湧いた…。本当、様々な発見をしてくれるわよね、沙智は!!」
そう言いながら、翠は何やら興奮したような口調であった。
こうして、一人興奮している所員を少し呆れながら見守っていたのである。
「…ところで、サペンティアム」
『何…?』
ふと、翠の声音が低くなったのを感じる。
しかも、普段のサバサバした雰囲気とはまるで別人のような眼差しをしていた。
「あの子の記憶…ちゃんと毎回消せているわよね?」
『!!』
翠の
もし私に“表情”なるものがあれば、きっと動揺していたであろう。
『ええ…。大丈夫よ』
私は相手に動揺を悟られないよう、無理やり普段使いの口調で答えを返した。
しかし、それでも翠の深刻そうな表情は崩れない。
「このトランシルヴァニア公国での記載で気がついたと思うけど、あの子の父親は今、行方をくらませている。沙智本人には“仕事でいない”って言ってあるけど…。もし、本当の事を話したら、どうなるかわかっているわよね?」
『…
「流石、人工知能。よくわかっているじゃない」
『ふん…。でも、あの子を殺してしまったら、一番困るのは
私のちょっとした反撃を聞いて翠は、フッと哂う。
この女は、割と好戦的な人間ではないかという考えがよぎった。
私の生みの親である
その関係で、考古学研究所の連中にとって、
はー…。落ち着くわー…
データチェックが終わった後、私が宿ったヴィンクラは充電器に接続されていた。沙智と一緒の時は、彼女の肉体に宿る生体電気を利用して稼働しているので問題なく活動できるが、ヴィンクラが機械である以上、やはり人間が発電している電流による充電もある程度必要なのだ。この“電気”が、自分にとっての食事や休養みたいなものにあたる。また、この時はヴィンクラのミュートも元通りつけているので、自分が何を口にしようが人間に聞かれる心配はない。
ただ、充電器がパソコンのUSB接続タイプなら良かったのになー…
私は、ふとそんな事を考える。
人間が作り出した機械で、特にネットワークや電話回線に接続された機械ものなんかは、有線ケーブルさえあればいくらでも乗り移ってその機械を掌握する事が、私にはできる。パソコンのUSBポートに充電機が接続されていれば、インターネットで情報を得る事もできる。しかし、この昔ながらのコンセント式充電機を使用するのは、おそらく自分に“そういった行為”をさせないようにするための処置であり、私にとっては軟禁である。
人間と違って手足がない私は、そういった意味ではとても不利なのがよくわかる。
『それにしても、沙智…』
私はくつろぎながら、思った事を口にする。
しかし、周りに声が聞こえる心配がないので、人間でいう“心の中で考える”と同じような状態であった。そして、これまで訪れた時代で交わした沙智との会話を思い出す。
いつの日かを境に、消した記憶が戻り始めているような言動を、あの子はしているような気がした。私とて記憶はできるが、会話の全てを覚えているわけではない。
『あ…』
この時、私は大事な事を思い出す。
それは、トランシルヴァニア公国を去る時、沙智の記憶を消し忘れてしまったのだ。いつもならば、そんなミスは絶対にない。自分に何かあったのだろうか。その時は、どうやら忘れていたようだ。
『それだったら、もしや…!?』
この時、嫌な予感がしてくる。
父親が行方知らずという真相を伏せているのに、記憶を消し忘れたがために彼女が疑問を抱くかもしれないという予感。そして、あの時出逢った吸血鬼侯爵が、ある青年の先祖である事を悟られたのではないかという予感だ。
私はこの後、充電が終わったら翠にある事を進言しようと心に決めた。
「…貴女の進言通り、彼女の診察を見守っていたけど…」
翌日、沙智の健康診断に同行していた翠が私の元を訪れる。
『…何か異常はなかったの?』
問いかける私に対し、彼女は自分のオフィスデッキに座って足をねじる。
「別に、これといった異常はなかったわ。身長・体重・視力・聴力、全て問題なしの数値よ。ただ…」
『ただ?』
「何か血液検査中に考え事をしていたみたいで…ほら。
『…そう』
微妙そうな
ヴィンクラを装着していない時の沙智が倒れるということは、特に珍しい事でもない。むしろ、最近はようやく減ってきたという所だ。
『という事は、彼女が回復するまでヴィンクラの装着は遅れる?』
「…そういう事ね。上の連中は少しでも早くあの子を出発させて、より多くの知識を記録させたいようだけど…」
『…人間って、とことん己の事しか考えていないのね』
「…今のは、聞かなかった事にするわ」
私が嫌味をこめた一言を、翠はあっけなく流した。
健康診断で何も異常がなかったのはよかったが、まだ安心はできない。自分の考えが正しければ、沙智が飲まされた薬は、まだ彼女の体に残っているはずだ。やはり、何かしらの手段を取って、あの薬物を処分しなくてはならないと、私は考えていた。
『…そうだ』
「ん?」
突如、何かを思いついた私は、更に言葉を紡ぐ。
『翠。ちょっと調べたい事があるから、ヴィンクラをパソコンに繋いでくれない?』
それは”調べ物をしたいから”という事に他ならないのを知っていた翠は、すぐに私が宿るヴィンクラを、近くにあったインターネットに接続されたパソコンにUSB接続をしたのである。
「”魔法医学者 ホナスタ・ヴェーロ”?」
私がインターネットで調べていた人物の名前を、翠が読み上げる。
「…確か、今から150年前に実在していた医学者よね?何だって、そんな人間を調べているの?」
『魔術研究と医師としてのスキルを身につけた人間なんて、そう滅多にいないだろうから…かな?』
問いかけてくる彼女に対し、私は意味深な
『…ねぇ、翠』
「どうしたの?」
『あんただったら、沙智がこれから行く時代を増やすよう、上の連中にかけあう事もできるわよね?』
「まぁ、一応…ね」
そう答える翠の口調は、何か用心しているのがよくわかる。
この男に会えば、きっと満足な結果が得られるはず…
そう強く信じていた私は、更に次の言葉を告げる。
『このホナスタ・ヴェーロが生きていた時代…。つまりは、まだこの世界に魔術が存在していた時代を、知識を得る場所として追加はできないかしら?』
「えっ…!?」
普段は冷静な翠が、この時ばかりは裏返ったような声で驚いていた。
彼女の表情に、迷いの色が生じる。考古学者としては当然、この時代の魔術がどんなものかを知りたいであろう。しかし一方で、
それを体現した翠は、興味関心の笑みと困惑の表情の両方がにじみ出ていた。翠は、唇を噛み締めながら考える。私は、それを黙ったまま見守る。しかし、”何かを得るのにリスクは付き物”というのをよくわかっている翠は、すぐに決断を下した。
「今日、早速相談してみるわね。返答に少しかかるかもだけど…別にいいわよね?」
『…ええ。沙智も十分な休息を取ってから出発した方がいいだろうし…問題ないわ』
私は待たされるよりも、今の提案が却下される方が嫌だったので、時間がかかるのは当然として承諾したのであった。
そして、2日後―――
「あー!!今回は結構休めて良かったな♪」
『…大分ゆっくりできたようね?』
「うん!」
沙智と再会してヴィンクラを装着された私は、上機嫌な彼女と会話のやり取りをしていた。
『じゃあ、沙智。時空超越探索機の電源を入れてくれる?』
「わかった!」
ゆっくり休んで疲れの取れた沙智は、使い慣れた雰囲気で時空超越探索機を操作する。
あれから、私が翠に進言した提案は通ったらしく、これから行く時代の次に、私が会いたいと願う学者の生きている時代へ行ける事となった。
毎度自分らが行く時代への座標は、考古学研究所の連中が私のいるヴィンクラに保存し、それを元に、私は時空超越探索機を使う。座標を保存するのは当然、沙智とヴィンクラが接続されていない時に行うもの。なので、昨晩にそれをしてもらったばかりという事だ。
『よし、座標入力完了!!…いくわよ?』
「う…ん」
準備が済んだ時に私は一声かけるが、先ほどとは打って変わった態度の沙智がいたのである。
こうして、私たちは、また新たな知識を求めて旅立つ。しかし、これからの旅が”仕組まれたもの”と気がつかないまま――――
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