第19話 ヴァイキングの暮らしと戦う事への意識

私が着替えさせてもらった時に行われていたシングという民会の結果、この集落にとどめさせる事になったという。“光の中から突如現れた”というヴェルディーの証言もあり、神が自分らに遣わせた者かもしれないという意見も出ていたという。第一発見者という事もあり、族長の子であるヴェルディーとスクルダ姉弟の元で寝泊まりする事になったのだ。

そんな判決から2日後――――――――――――――――


「…あれが、交易で得た物?」

「ええ、そうよ」

私とヴェルディーは、屈強な男達から少し離れた場所で立ち話をしていた。

男達が仕分けしている物の中には、肉や魚介類といった食べ物はもちろん、銅像や宝石等、ヨーロッパ諸国の物なんかも数多く存在していた。ヴァイキングは基本自給自足だが、夏場になると、交易や略奪の旅に出る機会が増えている。“略奪”はいわば海賊行為であり、“交易”は自分達が作った物を売るというよりは、略奪した商品を物々交換するという意味合いが強いらしい。

 まさか、略奪行為を正当な行為と捉えているとは…

私は彼らの考え方に対しては、驚いてばかりであった。複雑な眼差しで彼らを見つめていると、それを見かねたヴェルディーが口を開く。

「他民族である沙智には理解し難いかもしれないけど…私達にとって“強さ”とは、命以上に重んじる“誇り”その物なの。故に、略奪行為を否定する者はいないわ。それは…死に関しても同じ…」

「死…」

その単語を聞いた途端、私は、無意識の内に身震いしていた。

記憶になくても、身体が“死”に近しい体験を記憶しているからなのかもしれない。そして、話は続く。

「様々な原因で人は死に至るけど、私達にとっては“戦死”が最も名誉としているの。…何故だと思う?」

『天界にいざなわれ、神の兵として戦えるから…』

 サティア…?

すると、ここ数日黙ったままだったサティアが珍しく口を開いていた。

「…神の兵?」

「…そう。勇敢な死を遂げた者の元には女神・ヴァルキュリアが舞い降り、戦死者の魂をヴァルハラ…つまり、神々の世界へと導いてくれるの」

「そうして、終末戦争ラグナロクに向けて、神の兵・エインへリャルとして戦うの?」

「それこそが、私達にとって最高の栄誉なのよ」

まるで子供のように瞳を輝かせながら、ヴェルディーは語る。

 戦わぬ女性である彼女ですら、そんな強い想いを抱くという事は…男の人達は、それ以上に“戦う”事に強い考え方を持っているって事なんだね…

私は自分の掌を見つめながら、考え事をする。

これまでいろんな時代へ行ってきたが、ほとんどが“どうやって死ぬか”にこだわる考え方を持つ人々が多かった。出逢った人の事は覚えていなくても、彼らが持つ“思想”はハードディスクに保存されるため、どれを見ても私にとっては未だ理解し難いのであった。



「…皆、こうやって身体を鍛えているんだねぇ…!」

翌日、私は鍛錬する男達の差し入れを片手に、ヴェルディーと共に村はずれを訪れていた。

そこで目にしたのは、戦いの練習を、まるでスポーツのようにこなしているヴァイキング達であった。30代くらいの屈強な男達は水泳と称した殴り合いを川の中で行い、体格が割と細い20代くらいの者達は叢で跳躍の練習を。また、年端もいかない10代の子供たちは、大人たちから少し離れた場所で、投石の練習をしていたのである。

「ちなみに今、お父様と取っ組み合いしているのが、ウルドの父上・トルダリアフよ」

ヴェルディーはそう言って、黒髪褐色の肌でこめかみに傷がある中年男性を指さした。

 …ヴィンクラの百科事典によると、ウルドみたいな外見の男性は、ヴァイキングの中でも弱い部類に入る人達の特徴らしいけど…一概にそうとは言えなそうね

『…確かに。見た所、族長マッチョと互角なかんじだしね!』

心の中でそう考えていると、サティアが同調してきた。

「じゃあ、沙智。私は水泳組と子供たちに差し入れ渡してくるから、貴女は叢の方にいる彼らに渡してきてあげて」

「うん!わかったわ!」

ヴェルディーの指示で、叢で跳躍の練習をする若者たちの元へ足を動かした。

そうして彼らに近づくと、鍛錬している青年の一人が私の存在に気が付いて、口を開く。

「おっ!どうやら差し入れがあるようだー…って、持ってきたのがお前かよ」

一人の青年は、私が持ってきた差し入れには喜んでいたが、私の顔を見るなり軽く舌打ちをしていた。

「!」

気が付くと、自分の周りに跳躍の鍛錬をしていたと思われる青年が2・3人ほど現れていて、私を取り囲むような状態になっていた。

「…大体よぉ、勝手に村に入ってきたくせに、何いっちょまえに村の女みたいな事をしてんだぁ?」

私に最初近づいてきた青年が、辛辣な物言いで私に嫌味を言ってくる。

どうやらこの集団のリーダーが、今目の前にいる人物のようだ。しかし、この程度のいびりならば、私にとっては大した問題にならない。一方で、何が起きているのか気が付いたのか、喧噪の外側にはウルドの姿もある。

 そんな事よりも…こいつの口臭、臭い…

嫌味言われるのは慣れっこだったので、私はむしろ、相手の男性が放つ口臭を気にしていた。

「…あのさぁ」

相手が更に言い続けようとしたのを、遮るようにして私は口を開く。

「私に嫌味を言うのは別にいいけどさー…口からそんなくっさい臭いまきちらしていたら、女にもモテないんじゃない?」

「あ!?」

私の切り返しで相手の男性は頭に血がのぼり、少し離れた場所にいるウルドは、周りに聴こえないように笑っていた。

「…とにかく、はい!これ!!」

私は女性陣と一緒に作った差し入れのパンを、自分を取り囲む青年らに無理やり渡した。

そしてヴェルディーの言いつけ通り、他の男性陣にもパンを配らなくてはならないので、囲みを無理やり抜けようと、彼らを押しのけパン配りを続ける。

「沙智…お前、肝が座っているなぁ…!」

「…あはは。ああいう手合いには、慣れっこだし!」

ウルドにパンを渡した時、彼は私が男達を言い負かした事に感心していた。

一方で私は、苦笑いをしながら「何ともない」アピールをする。

「たかが異人の女が…」

「・・・っ・・・!」

この時、後ろの方から、か細い声と共に少しだけ殺気を感じる。

「!?沙智…後ろ…!!!」

ウルドは何が起こるか察したらしく、私に向かって声を張り上げる。

しかし、後ろを振り向かなくても、私には何が起こるか大体予想がついていた。

突如右肩を強く掴まれたが、相手に捕まる事はなかった。肩を掴まれた直後に自身の左手で相手の右手をつねるように持ち上げ向きなおった後、瞬時に右足の踵で、相手の脇腹に蹴りを入れた。

「ぐっ…!!」

一連の流れが瞬く間に進み、私の一撃を受けた青年はうめき声をあげながら、膝を曲げていた。

「…お見事」

少し離れた場所で冷や汗をかいていたウルドが、ポツリと呟いていた。

「このアマ…!」

「大勢で」

膝をつかされた青年が顔をしかめる一方、周りにいた取り巻き連中が苛立ちを見せたのとほぼ同時に、私は彼らの言葉を大声で遮る。

「…あまり大勢で襲いかかってくると、私とて防衛本能が働き、加減ができないと思います。…だから、これ以上の争いは無意味です」

脅すつもりはなかったが、彼らに怪我をさせたくないという想いから、私はそう口にした。

『…沙智このこは、風魔一族の元で“戦闘反射”を身につけたのだもの。確かに不意討ちばかり続いては、相手を殺しかねない…』

私が得た忍の体術をよく知っているからこその、サティアの台詞であった。


「…やるじゃねぇか」

「!!」

すると、後ろから図太い声が響く。

瞬時に振り返ると、そこには金髪碧眼で大きなマントをつけたヴェルディーの父親であり族長の、ヘムエランが立っていた。

「ぞ…族長…!!」

この村のリーダーともいえる人物を目にした青年達は、動揺が広がっていた。

「女のくせに戦えるというのも驚きだが…背後からという姑息な手段を使われても尚、簡単に押さえつける事ができたのだからな」

「お父様…」

その後ろには、ハラハラしながら事の成り行きを見守っていた、ヴェルディーの姿がある。

族長は、私に媚びへつらうわけでもなく純粋に私の戦い方を評価してくれたようで、なんだか少し嬉しかった。私に満足げな笑みを見せた族長は、私につっかかってきた青年達に視線を落とす。

「おい、お前ら!!こんな小娘一人に膝をつけられるなんざ、一族の風上にも置けやしねぇ!!…なぁ?トルダリアフ」

「…だな。しかし、女につっかかるくらい体力あり余っているのなら、今度はわしらが直に鍛錬を見てやろうか」

「!!!」

族長は、横にいたウルドの父・トルダリアフに同調を求めた。

そして、彼の台詞ことばを聞いた青年達は、完全にすくみあがっていたのである。

「…貴女が肩を掴まれた時、心臓が止まったかと思ったわ!」

「あはは…ごめんごめん!」

気がつくと、私の隣に挙動不審になったヴェルディーが立っていた。

 争いの場で挙動不審になるのは、普通の女性なら当然の事。…このまま、彼女に危険が及ばずに済めばいいけど…

私は、不意にそんな思いが芽生えていた。

「沙智姉ちゃん、すげー!!!」

「あ!スクルダも見ていたんだ…」

声の聞こえた方を見下ろすと、スクルダが率いていると思われる、投石の練習をしていた子供達が集まっていた。

「なー、さっきの技ってどうやってやるんだー?」

「もしかしたら、姉ちゃん。他の技も使えるのかー??」

「あー…えっとぉー…」

あっという間に子供たちに囲まれた私は、どう答えようか迷ってしまう。

『…少しくらい教えてあげるのは、別にいいんじゃない?どうせ子供達このこらは日本の事も、忍びの事すら知らないわけだし…』

 …まぁ、たまにはこんなのもいいかな

サティアの助言を得た私は、大きく深呼吸した後に口を開く。

「族長!この子達の投石の鍛錬を、間近で見ても大丈夫ですか?」

「ん…?おお、そんな事ならかまわねぇぜ!」

私が族長に進言すると、彼はあっさり認めてくれた。


その後、休憩を終えた子供たちがやる投石の鍛錬を見てあげた。というのも、投石の練習なんかは私も経験した事があり、それは手裏剣や苦無を投げられるようになるための鍛錬だったのである。子供らが言うには、ヴァイキングの場合、槍を投げるためにも投石の練習が欠かせないそうだ。

手本として、私が石を飛ばしたりすると思いのほか遠くまで飛ばせたので、子供達は大喜びしたのである。「自分がこれまで得た技術が他人ひとの役に立つ」事を嬉しく感じていた私は、その後も子供達と一緒に鍛練に励んだ。

「異民族ではあるが…これは、良い戦士を得られたようだな。ヘムエラン」

「ああ…そうだな」

子供らと戯れる私を、少し離れた場所でヘムエラン族長とトルダリアフが見守っていた。

「俺らが交易などで村を出ている間は、どうしても村の護りが手薄になっちまう。…だが、あの小娘みたいなのがいれば、女子供を守るのはたやすいだろう」

「ああ…最近、物騒な噂も聞くからな」

二人の大男はそんな話をしていたが、当の私は知る由もなかったのである。



そして、3日ほど平穏な日々が続いたある日の夕暮れ―――――――

「お!その身なりはお前、旅人だな?」

「あ…ああ…」

村の入り口で見張りをしていた男が、外から歩いてきた旅人らしき中年男性に声をかける。

ヴァイキングの間では旅人は丁重にもてなすのが習わしで、そういった者のために宴を開く事も珍しくはない。

「ここは…皆、“無事に”暮せている村なんだな?」

旅人の男は、震えた声で今の言葉を絞り出す。

「…どうした。どこか悪いのか?」

顔色が悪いために門番の男は心配するが、旅人は首を横に振る。

「俺は何ともねぇ…。だが、ここへ来る前に訪れるつもりだった村の惨劇を目の当たりにして…命からがら逃げだしてきたんだ」

「惨劇って…もしや…!!」

旅人の言葉に、門番の男は何か思い当る節があるようだった。

「何はともあれ、村の者の所へ行こう。…それと、詳しく話を聞かせてくれ」

深刻な顔つきになった門番は、旅人の男を連れて村の奥へと歩いていくのであった―――――――

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