第6話 長い夜を経て
「“稀代の陰陽師”と謳われた貴様が、斯様な幻術を見破れぬとは…滑稽じゃのぉ…」
私の口を背後から塞ぎ拘束した隠れ陰陽師は、皮肉じみた声で頼光さん達に言い放つ。
この播磨って人…さっき、ヴィンクラって言った…?
私はつい先程、背後の人物が口にした言葉を思い返す。サティアが臓器補助機の調節をしてくれたせいか、動悸が激しくても座り込むほどにはなっていない。
「…呪詛をかける相手が病で出仕できぬのを知らずに、相手を違えた奴が何を申すか…」
「何じゃと!?」
晴明の呆れたような台詞に対し、播磨は眉間にしわを寄せる。
ちょ…何、敵を挑発しているのよー…!!
私はこの自分勝手な陰陽師を見ていて、ハラハラさせられていた。
「っ…!?」
その直後、私の首筋に冷たい感触を感じる。
鋭くて冷たい感触のする刃物――――――針だった。
『この細工…明らかに
サティア…?
私は首筋に刃物をあてがわれた事に意識が集中していたため、彼女の台詞の真意を考える余裕がなかった。
「女子を人質にするとは、卑怯な…!!」
前を見ると、剣の柄に手をかけつつも、斬りこめない事で悔しそうにしている頼光さんの姿があった。
「元に戻れぬとわかってはいるが…わしは、斯様な場所で捕まるわけにはいかんのでな…!」
播磨はそう言いながら、足を一歩ずつ後ろに動かしている。
このまま、私を連れて逃げだそうというのか。ログイン状態であれば、このくらいの中年男性が相手ならば、一発で逃れる事ができる。今はそれができないため、歯がゆくて仕方ない私であった。
「…莫迦は、何処までいっても莫迦という事だな」
「晴明…?」
すると、黙り込んでいた晴明の声があばら屋中に響く。
彼の思わぬ
「……」
こちらの方を見てフッと嗤った陰陽師は、途端に術の詠唱を始める。
この状況で、何を…?
私は彼が何をしようとしているかわからず、ただその場を見守るだけだった。
「…えっ…!?」
しかし、詠唱が続くにつれ、起きた異変に気がつく。
私が身につけている手甲や水干の襟の所に、蒼い文字らしきものが浮かび上がってくる。それらは、徐々に蒼い光を帯び始めていた。
「何っ…!!?」
播磨がその場で声を張り上げ、その後の展開はあっという間だった。
私の耳元に風を斬る音が響いたかと思うと、現れた蒼い光は帯のように動き出し、播磨の身体に巻きついていく。針が地面に落ちた事で拘束が解けたと悟った私は、瞬時に離れて後ろへと振り返る。
『…やるじゃない』
サティアの声が響く中で私が見たのは、現れた蒼い光の帯を全身に巻きつかれ、動きの取れない隠れ陰陽師だった。
「お怪我はないですか?沙智殿…」
「頼光さん…」
ふらついていた私の身体を後ろから支えてくれたのは、安堵した表情をする頼光さんだった。
「この安倍晴明が、幻術を見破れなかっただと…?笑わせる…!」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる晴明。
その立ち振る舞いは、不気味とも狂気に満ちているともとれる。
「姿形が見えた辺りで、当にわかっておったわ。それに、斯様な場所ゆえ、罠が何かしらあるのは明白。故に、わたしはそこの娘を囮にするため、装束に式神を潜ませておったのだからな!」
「式神…って…!」
晴明の台詞に対して、私は戸惑う。
「…そういえば、沙智殿の装束を用意したのは、晴明だったな。もしや、その際に…?」
「…左様だ」
私が感じた疑問の答えを、頼光さんが出してくれた。
“わかりきった事を申すな”と言わんばかりの表情で、陰陽師は頷く。
「くっ…!」
播磨は、悔しそうな表情でその場に立ち尽くしていた。
こうして、隠れ陰陽師を捕縛した私たちは、その日の内に
「では、ここから先は一人で行けるな?」
「はい…!見送りありがとうございました!」
それから2日後、私は安倍晴明や頼光さん。そして、浄蔵さんと共に、貴船山の麓を訪れていた。
この場所に来た理由は二つあり、一つは今から時空超越探索機で次の時代へ行くのに人気のない場所へ行きたかったから。二つ目は「この山の水を飲めば、穢れを払う事ができる」と、浄蔵さんが教えてくれたためであった。
「…全く、何故わたしが…」
「…複数の者を一度に運べる風の
ブツクサ文句を言う晴明の近くで、頼光さんが宥める。
というのも、陰陽師・安倍晴明は、十二神将と呼ばれる十二人の式神(神の眷族とも謂われている)を従えている。その中に、風を司る
『この山の水を飲めば、あの“呪詛”とやらの後遺症も消えるんじゃない?』
「そだね…」
サティアの台詞に、私はポツリと返事を返す。
「あ…!」
気がつくと、頼光さん達の視線が私に集中していた。
「…独り言です」
言い訳が思いつかなかった私は、冷汗かきながら今の言葉を述べたのであった。
「…では、沙智殿!お達者で…!!」
「はい!皆さんも…!!」
その後、一行に挨拶した私は、彼らと別れて山を登り始める。
後ろは振り返らなった。おそらく、振り返れば余計に別れが惜しくなってしまう―――――それがわかりきっていたからだ。
『…もし、あんたが
「…!!」
サティアのふとした台詞に、私の胸が痛む。
『最初にそなたと相まみえた際は、黄泉へと旅立った妹と瓜ふたつで、いと驚きましたよ』
この時私の脳裏には、少し寂しげな
その後、瞳を潤ませ、黙ったまま山道を歩く。最も、山道といっても道が整備されているわけではないので、通れそうな場所を何となく山道のように登っているだけだ。
今は兎に角…使命を果たして、お父さんに喜んでもらう事だけを考えなきゃ…!
迷いを振り払うかのように、私は足を進めていく。
「そういえば…」
父親の顔を想像していた私は、同時にある事を思い出す。
「ねぇ、サティア」
『…何?』
私の呼びかけに、彼女が答える。
ちなみに、今ここにいるのは、私とサティアだけだ。そのため、声に出して話しても誰にも怪しまれない絶好の場所だったのである。
「あの播磨って隠れ陰陽師の事…何か知っているんじゃないの?」
『!!』
思い出した事を口にすると、珍しくサティアが動揺の色を見せる。
その後、私も彼女も黙ってしまったため、周囲は風の音しか聴こえなくなっていた。
『
「サティア…?」
黙り込んでいた人工知能が口にしたのは、知ってはいるがあまり縁のない言葉であった。
「
『……』
気になった私は再び問いかけるが、彼女は黙ったまま何も答えない。
ちなみに、
時空流刑に処された人は無論、自身がどこの世界に飛ばされるかはわからない。当然、元の時代に帰る事はできないので、運良ければその時代で生きていけるが、生活感覚や文化もまるで異なる過去の世界。ましてや、戦の多い時代に飛ばされれば、すぐに命を落としてしまうだろう。
『私がいるヴィンクラを知っていたからもしかしてって思ったけど…また今度、メンテナンスの時にでも話すわ』
「ん…わかった…」
サティアの返事に納得した私は、一旦その話を終わりにすることとした。
こうして湧水がある場まで登ってきた私は、そこから手ですくい水を飲む。口にした水は、私の故郷がある現代で飲む物なんかよりも、ずっとすっきりしていて美味しかった。
「やっぱり、この大いなる自然の賜物なんだろうなぁ…!」
水を飲み終えた後、私は満足そうに湧水の方を見つめていた。
『…じゃあ、湧水飲んで休憩もできたし…出発しましょうか』
「うん!」
サティアに同意した私は、左腕にはめている時空超越探索機を起動する。
そして、軌道した探索機を、サティアが私越しで操作する…というのが二つ目以降の決まりである。その後、幾何かの時が過ぎる。サティアは探索機を通じて時空の歪み状態を調べ、転移できそうなタイミングを探してくれる。
『あった!…じゃあ、行くわよ?』
「よろしく!!」
私が首を縦に頷くと、私の周りに白い光の防御シールドが張られる。
こうして、私は
それは、まるで貴船山にも流れる水が如く―――――――
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