第2話 旅立つまでの経緯
「まず、私は日本生まれですが、同じ国でも西暦2608年の日本。この時代以上に科学や魔法で発展を遂げましたが、一方で度重なる戦争で世界遺産のほとんどが焼失している世界…です」
私が話を切り出すために口にしたのが、生まれ故郷の現状だ。
それを大富豪の老人は、相槌を打ちながら聞いてくれていたのである。
「沙智。明日からいよいよ出発だな」
「うん!湯浅先生♪」
未来にある、国立考古学研究所。
そこの所員達の元で育った私は、湯浅庄之助という医療エンジニアと話していた。彼はエンジニアだけでなく、私の主治医も務めている研究所お抱えの医師だ。
「じゃあ、ちゃんと覚えているかチェック!俺らがいる世界と過去の世界は、何故か時間の流れが大きく異なる。故に、過去の世界での1日は
「えーっとー…確か、1時間?」
「あたり!」
小さな談話室の中で湯浅先生は、私に“時空を超えて旅するための知識”のテストをし始めたのである。
「君がこの最新の時空探索超越器を使えるのは、過去の世界で見聞きしたものをそのヴィンクラに保存し、研究所の人々に役に立ててもらう事。そのため、そのヴィンクラは寝る時と風呂入る時以外は、絶対に外すなよ?」
「うん!」
「ちなみに、ログインとログアウトの方法も覚えているよな?」
「もちろん!」
口ぐちに次の話をしていく先生だが、私はあまり苦ではなかった。
むしろ、楽しみながら教えられた事を思いだしていく。
「ワンタイムパスワードで設定された“言葉”を行く国ごとで決められたパターンに一番近い声帯を持つ人が発すれば、ログイン。…私が五感で感じ取った知識をヴィンクラにあるハードディスクに保存が可能となり、また、これまで蓄積してきた“知識”を活用する事ができる」
「上出来!…ログアウトは、また同じ言葉を言ってもらうから良いとして…。一つ、注意として言ってなかった事を伝える」
「注意…?」
大体の事は覚えたはずだったが、まだ自分に伝えていない事があるのかと私は首を傾げた。
「セキュリティの事もあるから、ログインログアウトは両方とも同じ人に頼まなくてはならない。…しかし、その相手が死亡してしまったら…わかるよな?」
「…再びログアウトできる声の人を探すか、ずっとログアウトできないって事…?」
その時、私は先生が真剣な表情をしている理由がわかった。
私がこれから得るであろう知識は、考古学研究に欠かせない材料だ。ログイン状態が続くという事は、図書館の本のように誰でも保存されている内容を閲覧できるようなもの。万が一、ログアウトしないで時空移動をしたら、中のデータに異常をきたすかもしれない。一方、自分が知識を蓄えている事を他人に知られ、それをよからぬ事に利用とする人間は少なくない。そういった輩に捕まってしまえば、二度と陽の目を拝むことはできないだろう。
「…ログイン相手が誰であれ、その人がもし危険にさらされる事があれば君が守らねばならない。…わかるかい?」
「う…ん。だから翠さんとかは、格闘技のような“体術”も知識として得なさいって言っていたんだよね」
先生の真剣な表情に、私は腕を組みながら答える。
「文献の内容が正しければ、沙智が行くであろう時代は何かしら戦のある時代だ。危険も伴うだろうが、サペンティアム…。いや、サティアと二人力を合わせて頑張ってくれ」
そう言いながら、湯浅先生は私の首の後ろに装着されているヴィンクラにソッと手で触れる。
『
すると、私の頭の中でサティアの声が響く。
そして、出発する当日――――――――――――――
「あ…翠さん!」
研究所の屋上に立っていた私の元に、所員である吉川翠が現れる。
「沙智ちゃん。…いろいろと大変な事は多いかもしれないけど、サティアと連携して上手くやってちょうだいね?ヴィンクラの機能は彼女が熟知しているだろうし…」
パーマのかかった茶髪の所員は、明るそうな表情でそう述べる。
彼女は結婚して姓は変わってしまったが、湯浅先生の実のお姉さん。私は詳しく知らないが、奇抜で所内でもずば抜けて優秀な人らしい。彼女が周りから認められている理由の一端を、私は1つだけ知っていた。
「沙智ちゃん。…ヴィンクラのスピーカー、ミュートを消してもらってもいい?」
「あ…はい!」
翠さんが何か言いたそうな
「サティア…聴こえる」
『ええ。よく聴こえるわ、翠』
翠さんが私の首筋に視線を映しながら声を出すと、スピーカーからサティアの声が響いてきた。
人工知能であり、量子型端末機に宿るサティアは本来、装着者である私でしか声を聴く事ができない。
しかし、こうしてヴィンクラの音を響かせるようにすれば、他人も彼女の声を聴くことができるという仕組みだ。しかし、何故か人間嫌いであるサティアは私以外の人とは話そうともせず、私が彼女の声を代弁する事も多い。
一方で、何故か翠さんとは気が合うらしく、私以外では彼女のみが、その生の声を聴けるといっても過言ではない。
また、サティアは“情報保存のハードディスク”の管理・把握だけでなく、あらゆる機械の掌握・支配ができるほど優秀なAI。なので、彼女と話せるという事は、所内における優秀な人材のスターテスのようだ。
「昨晩…私から貴女に言った事覚えているわよね?」
『…ええ』
「絶対に…絶対に、ためらっては駄目よ」
『…了解』
「??」
二人の会話を聞いていた私は、何の話だかわからず首を傾げる。
「このかんじだと…昨晩、私が寝ている時に何か話したの?」
私の台詞に、翠さんが瞳をパチクリさせる。
『…そうね。でも、これは来るべき時が来たら話すから…今は訊かないでおいて』
「わかっ…た…」
サティアが出す低めの声に、私は何か深刻そうな内容である事を悟る。
同時に、自分が関わっているのはほぼ確実だろうとも思った。でも、彼女は隠し事はしても後でちゃんと話してくれる性格なのは知っていたから、それ以上の追及はしない事にする。
「では…いってきます!」
「じゃあ…次会うのは、第一回定期メンテナンスで
そう言って、私は翠さんと挨拶をした。
『じゃあ、沙智。座標間違えないでよ?』
「う…うんっ!」
サティアに促された私は、慎重な手つきで腕時計の形をした時空探索超越機に触れる。
一番最初に行く時代だけはあらかじめ決められているが、二番目以降は時空の歪みを見ながら移動する事になるため、目的とする時代と多少ズレた頃に向かうよう設計されているらしい。最初に向かうであろう時代は、多くの“武将”が活躍し、世が戦乱に明け暮れていた“戦国時代の日本”。そこでは情報収集のために、“忍”なる集団がいると聞かされていた。
いろんな知識を得て…皆はもちろん、仕事で全く会えないお父さんの役にも立てればいいな…!!
超越機の座標の入力が終わり、私の身体が白い光のような防御フィールドに包まれる。そんな中で私は、5歳の頃からずっと会っていない父・
そんな心の声に、相棒であるサティアは何も答えない。AIである彼女の表情を見ることはまずないが、彼女に“顔”と“表情”があったのならば、おそらく深刻な
「そういった経緯を経て、私は“時代を超える旅”を始め…今に至ります」
今の下りを持って、私の話は幕を閉じた。
目の前には感慨深そうに聴いていた世界的大富豪であるジュリアラン・ホフテリウスの姿がある。彼は注いでいたワイングラスに手をつけないくらい、真剣に話を聞いてくれたようだ。
「成程…。そこまでせぬと知識を得られぬ…という事は、それだけ血を流す出来事がこれから先起こるというのじゃな?」
「っ…」
旦那様の台詞に、私は心揺れる。
『…“過去の人間”に、
この時、私の頭の中にはそう言って念を押すサティアの声が響いていた。
私は開きかけた口をそのままにして黙り込んでいたが、答えを考え付いた直後に声を絞り出す。
「一概にそうとも言えません…。ただ、それは一つの可能性ではありますが…人の行いによっては、変えられると思います。なので、その質問に白黒はっきりさせる事はできません」
少し緊張気味な声で、私は目の前にいる老人に伝える。
『もし、ちょっとした発言によって未来が変わってしまうようならば、貴女という存在が消えてしまうかもしれない…。それだけ過去の人間に未来を話すのは危険なの』
自分の脳裏にはこの時、出発前に言っていた翠さんの
そんな私を見たジュリアラン氏は納得をしたらしく、ため息交じりで口を開く。
「…わかった。これ以上は追及しないでおくよ。そして、今の話を生涯誰にも話さず、己だけの秘密とさせてもらうよ」
「…ありがとうございます」
ジュリアラン氏の心遣いに、私は深くお辞儀をして感謝の意を示した。
ここ数週間をこの老人と過ごしたおかげで、「約束を絶対に守ってくれる」人である事を理解できたので、今の言葉はとても嬉しいものだった。
「…では、“あの時”にわたし述べた言葉を言おう。…両手を出してくれるかね?」
「はい」
主に促され、私は両手を開いた状態で老人の前に突き出す。
その後、彼のしわだらけの両手が私の手を握る。
「…“平和”…」
「…!」
老人がある言葉を発すると、私の首に装着されているヴィンクラから振動が発生する。
この時代にもある携帯電話のバイブレーションのような振動が数秒続いた後、それは徐々に弱まってなくなった。この処理は“情報保存のハードディスク”をログアウトした事を指す。これによって、次にまたログインするまで蓄積された知識の利用。及び、新たな知識を得る事は不可能となる。
「では、元気で…。また、いつの日か会えるのを楽しみにしているよ」
「…ありがとうございました」
ジュリアラン氏は、そう述べながら穏やかな笑みを浮かべていた。
その微笑みで私の瞳は潤んだが、深くお辞儀をし、お礼を述べる事で何とか泣かずに済んだ。
次の時代へ行けば、ジュリアランさんの事も…この時代で会った人達の事も…忘れちゃうんだよね…
私は部屋を出て少し歩いた後、大富豪が握ってくれた腕を見つめる。そこにはまだ彼の感触が残っている。
『あんたは…あんたは、知識をたくさん集めて父親の役に立ちたいんでしょ?』
「!」
サティアの声を聴き、我に返る。
『つらいかもしれないけど…あんたにしかできない事なのよ。しっかりなさいな』
「う…ん…」
サティアが慰めなのかどういった理由でそう言ってくれたかはわからないが、私はそれを素直に受け取るしかなかった。
父と別れてからずっと、私と行動を共にしてきた相棒であり、姉のような存在。人間ではなくても、信じてあげなくてはという想いはある。こうして私は胸の痛みを感じつつも、この時代を去っていくのであった―――――――――――――――
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