弾みで出た言葉(リリアナ編)
あんな事を言うつもりじゃなかった。それでも、どうやっても噛み合わない言葉のやり取りについ苛立って、思わず口をついて出てしまったのが「好き」と言う言葉だった。
その一言に相当な威力があるのは、言った本人も然り、言われた当人も言葉を失ってしまうほどだった。
これではまるで、リズリーに対して焼きもちを焼いているのと同じだ。相手を困らせるような事を言うつもりは微塵も無かった……。
言った側から、リリアナには後悔しかない。
おそるおそる相手の顔を窺い見れば、ペブリムの表情が驚きから徐々に険しい表情に変わっていくのが分かる。
あぁ、やはり機嫌が悪くなっても仕方がないよね……。
居た堪れなくなったリリアナは、ぎゅっと目を閉じる。
もう今、この場にはいられない。とにかく逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「ご、ごめんなさい! 気にしないで下さいっ!」
そう叫ぶように言い放って、薬箱を手に止めるペブリムの言葉に耳を貸さず部屋を飛び出す。
長い廊下を走って、自室への道を急ぐ。
兵士塔から自室までの道がこんなにも長く感じたのはこれが初めてかもしれない。
すれ違う召使達に見つからないよう顔を伏せて、知らず知らずに溢れ出る涙を拭いながら階段を駆け上がった。駆け上った先に見えた庭園に、転がり込むようにして駆け込むと、噴水の側でしゃがみ込む。
溢れ出す涙が止まらない。頭の中はぐちゃぐちゃだ。そして酷く自分を責め立てる言葉ばかりが胸の中を渦巻いた。
しかし、いつまでもこうして悩んでいるわけにも行かず、一日にこなさなければならない課題がある。否が応にも、村にいたときのように逃げられるものではないのだ。
「部屋に帰ろう……」
やらなければならない事に集中すれば、きっと一時でもこの悶々とした気持ちを忘れられるに違いない。
涙を拭い、リリアナはトボトボと自室へ帰り一日のレッスンに臨んだ。しかし、どんなに厳しいレッスン中でも、先ほどのことがどうしても頭を離れる事は無く、忘れるなどもってのほかだった。
どうにかしてこの状況を少しでも軽くしたい。そう考えた時思い浮かんだのは母、ポルカの顔だった。
「そうだ。お母さんに相談してみよう」
リリアナは一日のレッスンを終えると、そのままの足でポルカの部屋へと向かう。
「あら、どうしたの? 浮かない顔ね?」
「……実は、聞いてもらいたい事があって……」
しょんぼりと肩を落としたリリアナに、ポルカはソファに座るよう促した。
リリアナは先ほど自分が犯した過ちについてぽつぽつと語り、最後には盛大なため息を一つ吐いてうな垂れる。
「あたし、馬鹿だよね……。相手を困らせるなんて……。そんなつもり、全然なかったし好きだ何て言うつもりなかったのに」
「後悔しているの?」
ポルカの言葉に、リリアナはこくりと素直に頷いた。
「どうして?」
「だって、もし返事が貰えるとしても、向こうの返事はNO以外有り得ないし……」
「YESだったらどうするの?」
「……それはそれで嬉しいけど……違うし。YESの返事でも結局困る事に変わりないもの。でも、そんな返事が返ってくるわけないでしょ? だって、レルムさんだもん……」
完全にしょぼくれてそう答えるリリアナに、ポルカもまた言葉無く「確かにそれはそうね」と心の中で呟いた。
何度目かの大きなため息を吐いたリリアナは、完全にへこんでいる。
「明日からどんな顔して会えば良いのか全然分かんない」
恥ずかしさと後悔と、相手を怒らせてしまったかもしれない思いが渦巻いて、リリアナは近くにあったクッションを手元に引き寄せると、そこに思い切り顔を埋めた。
どうせなら、このまま無かった事にしてくれないか。夢だったと言うオチになったりしないか……。そんな思いばかりが頭の中を渦巻く。
あまりに落ち込んだ様子のリリアナを見て、ポルカはふっと笑みを浮かべる。
「そんなに落ち込まないで。大丈夫よ。あなたの悪いようにはきっとならないわ」
「……なんでそんな事言えるの?」
「あの子の事だもの。あなたを大切に思っていることに変わりは無いでしょう? だから、いずれにしてもあなたをこれ以上傷つけるような事はしないはずだわ」
「……そんなこと言われたって……」
何を言っても、今は後ろ向きにしか捉えられない。
ふてくされたようにクッションから顔を離さないリリアナに、ポルカは「仕方ないわね」とため息を一つ吐く。
「分かったわ。私からもあの子に話をしておきますから、元気を出しなさい。ね?」
「……」
母に慰められ、渋々ながら納得したリリアナは、ようやくクッションから顔を上げるのだった。
了
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