Scene.36 散りし少女

 ある日の夜。


 乃亜のあ達3人は赤羽駅を挟んで向かい側の国道沿いに最近できたラーメン屋にいた。会社帰りのサラリーマンと一緒にカウンターでラーメンをすすっていた、その時だった。


 店の外から激しい大型トラックのクラクションの音、その直後にけたたましいブレーキ音、そして何か大きな物体と車がぶつかる鈍い音。

 3つの音が立て続けに店に飛び込んできた。


 店主と数人の客に混ざって乃亜が現場に駆け寄ると、制服を着た少女が路上にぐったりと倒れていた。トラックは走り去ったのかいなかった。

 すぐに店の店主が現場で仕切りだす。


「た、大変だ! とりあえず誰か警察と病院に電話してくれ! 俺は後続の車両を誘導するから誰か手伝ってくれ!」


 あわただしくなる現場の中、乃亜は少女にそっと近寄る。全身を強く打っているらしく既に息はしていなかった。

 乃亜は少女の額に触れ、≪魂読ソウル・リーティング≫を試みた。なぜこんなことをしたのかを探るために。




 私、一体何をしちゃったの? 私、何かみんなの気分を悪くすることしちゃったの?


「おはよう」


 そういってもみんなわざと視線を逸らしてみて見ぬふり。靴も隠されるし机に落書きされる。私が悪いの? 私がみんなを怒らせちゃったからこんな目にあうの?



 お昼になって、クラス1の人気者の真夜まやがにやけながら声をかけてきた。


「あれ~? 加奈子かなこったらお昼ご飯ひとりでたべるの~?」

「大変ね~。友達もいないで1人でご飯食べるのって。同情するわ~」

「じゃあ私と一緒に食べてよ」


 私は精一杯の勇気を振り絞って言い返す。


「私はやだ。他の人に頼んでね」

「私もやだな~」

「私もそんな気分じゃないし~。行こ行こ」


 いつもこの調子。私はただ、みんなとおしゃべりがしたい。何でもない事であれこれ言いたい。ただ、それだけなのに。



 そんなある日、クラスのSNSグループを紹介してもらった。やっとみんなとお話が出来る。うれしかった。やっとみんなと話が出来る。そう思うと天国に来たかのようだった。


「こんにちは」


 そう一言言った直後だった。


「坂木正信が退出しました」

「kasumiが退出しました」

「akitoが退出しました」


 次々と表示される退会表示。


 そして最後に自分も追い出された。後には「メンバーがいません」と書かれたグループがあるだけ。

 やっと気づいた。私はスクールカーストに入ってすらいなかった。


 私 に 居 場 所 な ん て 最 初 か ら な か っ た ん だ 。


 私は学校を出た。居場所のないところにいたって何にもならないから。

 そして……いつの間にか大きな道路の前にいた。カーブで先が見えないところで出来るだけスピードを出している大きなトラックを選んだ。


 もう疲れた。

 そして……さようなら。

 おやすみなさい。




 記憶を読み終わると同時に彼女の身体から魂が出てきた。それは墨汁ぼくじゅうを吸ったスポンジのように真っ黒だった。


「おおっ! かなり美味いなーこれ。あれ? どうした? 乃亜?」

「……ふざけやがって!!」


 魂の味に感心するミストをよそに乃亜は両の拳を固く、血が出そうな程、固く固く握りしめていた。

 青年は加奈子かなこのクラスメート全員、とりわけ真夜まやに対して激しい憎悪の炎を燃え上がらせた。




 翌日




 加奈子の記憶にある通り1年B組の教室には真夜と取り巻きの女どもがいた。


 ≪超常者の怪力パラノマル・フォース≫で異形の怪物となった刈リ取ル者と真理は朝のホームルームが開かれる時刻になったのを見計らい開いている窓から≪光迂回ライト・ディトゥーアル≫で透明になった状態で侵入する。

 難なく教室に侵入した彼は結界を壁や天井に沿う形で張り、教室を覆う。外部からの侵入をシャットアウトできたのを確認すると真夜の目の前に異形の怪物をした姿を現した。


「……お前が真夜だな? 今朝のニュースを見たか? テメェのせいで加奈子が死んだんだぞ。分かってんのか?」


 刈リ取ル者は首根っこを掴んで睨みつける。


「バ、バカ言わないでよ! 私は悪くないわよ! ただアイツが勝手に死んだだけで私は何もやってない!」


 こんな状態でもそんなことを言えるという事はどうやら本気でそう思っているらしい。罪悪感の薄さに気持ち悪すぎて殺意しか湧いてこない。


「お前たちもコイツと同罪だ。加奈子を無視してLINEいじめもやったんだろ?」

「俺は悪くねぇ! 真夜がやれって命令したから……!」

「ちょっと明人あきと! あたしを悪者にするつもり!?」

「だってそうじゃないか! お前が仕切ってたんだろ!?」

「明人! テメェ! ふざけんじゃねーぞ! オレが悪いってのか!?」

「俺だって本当はこんなことやりたくなかったんだけどお前がやれって言うから……!」


 ある事ないことベラベラとしゃべりだす。醜い責任のなすりつけあいだ。


「もういい。わかった。貴様ら全員同罪だ。処刑する」


 そう言い放ち乃亜は左手で真夜の頭を掴みながら右手で腹を殴る。殴られた衝撃で内臓が壊れた。何度も殴られ次第に動きが鈍くなった。乃亜は最後に両手で真夜の頭を掴み、膝蹴りを決める。顔がぶっ壊れる。


「あらひは……あらひはひゃるくなひ……あらひはひゃるくなひ……」


 あたしは悪くない。あたしは悪くない。ここまで追い詰められていても最期の最期まで自分は潔白であると思っているらしい。


「いじめは犯罪なんだよ。靴を隠せば窃盗罪だし傷つけたら器物損壊罪、暴言を吐いたら名誉棄損罪か侮辱罪、暴力を振るえば暴行罪あるいは傷害罪、金を脅し取れば恐喝罪、全部立派な犯罪行為だ。もちろん無視だって場合によっては罪になる。でもいじめなら何となく許される雰囲気がある。警察官も裁判官もその雰囲気にのまれてる。

 だから国に代わって、天に代わって、俺が貴様らの罪を裁く」


 刈リ取ル者は頭を鷲づかみにして首の可動範囲を大きく超える程一気にねじ回した。真夜はぶっ倒れて2度と動かなかった。




 パニックを起こしながら逃げようとする残りの連中の処分にかかる。

 まずは真夜の取り巻き達から。加奈子の記憶にあった顔を見つけると腕を全壊させる。あるいは真理の大斧で手足を切断、胴体部分を全壊させる。

 大量の血を噴きだしのた打ち回るそいつを手足の末端から踏みつぶし、壊していく。3人の怪物たちはその行動を取り巻きの数だけ繰り返す。


 それが終わると片っ端から生徒を全壊状態になるほどの激しい損壊を加える。本来関節の無い場所を暴力で曲げていく。あるいは胴体部分に致命傷と呼べる激しい破損を加える。生徒たちがかつて人間と呼ばれていた物体へと変換されていった。教室で暴れまわる黒い人型の物体は逃げ惑う生き物たちを無慈悲に破壊しつくす災害の化身ですらあった。



「待ってくれ! 待ってくれよ! 俺だって本当は助けたかったんだ!」


 削除対象物の内の1体が命乞いという名の言い訳をし始めた。


「じゃあ何故助けなかった? 本気で助けたければ警察に通報するなり裁判所に頼み込むなり出来る事はいくらでもあったはずじゃないか? なぜ指をくわえて黙って見てた? 口でキレイゴトを言うだけで厄介ごとに巻き込まれたくないし、火の粉が降りかかるのが怖いからと見て見ぬふりをしてた。違うのか?」

「い、いやいくらなんでも警察なんて大げさすぎるだろ!?」

「本気で助けたければ何だってできたはずだぞ? それこそ真夜をナイフで脅していじめを辞めさせることだって出来たはずだ。なぜやらなかった? 手を差し伸べなかったどころか真夜に加担した時点で貴様も同罪だ!」


 そう言い放ち刈リ取ル者は青年の頭をわしづかみにし胴体に鋭い蹴りを放つ。身体がぐにゃりと歪みミシミシ、メリメリという骨がきしむ音が聞こえる。何度も何度も蹴り続ける。血ベトを吐きぐったりしてもなお辞めない。最後に生徒の群れに投げつける。当たった衝撃で生徒の骨を折るとあとは力なく血だまりの床に転がった。



 他の駆逐対象物も皆「俺は悪くねえ。悪いのはアイツだ」「俺だって本当は助けたかった」等と責任逃れをする言い訳をほざいていたが黒い怪物にとっては助け舟を出さずに見て見ぬふりをした時点で全員断罪すべき犯罪者であった。

 怒りの鉄槌は止まることなく執行され、突入してから10分で生徒29名と教師1名を根絶させることが出来た。


 黒板にメッセージでも書こうとしたとき、天使の加護を受けた少女たちが教室に乱入した。




 かつての仲間たちが説得しようとする。


「姉ね……もう辞めてよ……」

「お姉様。こんな不毛な事、もう辞めてください!」

「あなたたちには分からないのよ! 虐げられた人間がどれだけ悲惨な目に合ってるかなんて! 誰かが止めなければならない、その誰かが私なのよ!」


 が、真理は拒絶する。それに続いて刈リ取ル者は吐き捨てるように叫ぶ。


「報われねえんだよ! 今の日本は! いじめをやった奴は青春を謳歌して! いい会社に就職して! 結婚して子供まで産む! その一方で! いじめられた奴は社会のレールから外れた脱落者の烙印を押されて! 日の目の無い人生を送らされる! こんな理不尽な事があっていいわけねえだろ!


 テメェらはニュース見てんのか!? いじめが起こったら学校も教育委員会も「いじめは無かった」って言うばかりで揉み消す事だけに必死になる!

 政治家ですら昔のいじめを公表して「あの頃はヤンチャだった」の一言で片づけるんだぞ!? いじめられてる奴がこれっぽちも報われねえ! そんな世の中もううんざりなんだよ!

 だから俺が世の中を浄化してやる! これはそのための聖戦だ!」


 刈リ取ル者が突っ込むと同時にミストがミニミ軽機関銃から弾幕を放つ。弾丸のシャワーを浴びて下位ランクの少女たちの結界が破れ、銃撃を喰らい倒れていく。

 比較的高位の少女たちも刈リ取ル者や真理との直接戦闘で敵わない。拳や大斧の一撃を喰らって一人、また一人と倒れていく。

このままでは天使たちは全滅かと思われた、その時だった。


「みんな! 下がって! 私がやるわ!」


 愛らしい少女の声が響く。その声に悪魔たちの顔がこわばる。声の主は天使 美歌だった。


「美歌さん、一人で大丈夫!? コイツラ強いよ!?」

「大丈夫よ舞ちゃん。私の事は気にしないで。みんなはもう引き上げていいわよ」


 そう言って少女たちを追い返してしまう。




 少女たちが去った後、彼女はその可憐な見た目からは想像すらできない声を浴びせる。


「相変わらずテメエらはいじめとかいうクッダラネエ事に執着してんだな」

「下らないだと!?」

「ああ。あんなの弱い奴が悪いに決まってんじゃん」


 いじめは弱い奴が悪い。そうバッサリと切り捨てる。


「何よその言い方!」

「テメェらはマジもんの馬鹿だな。一番強え奴が一番偉えって歴史の授業で教わんなかったのか? 世界大戦で日本は負けたから悪党で、アメリカが勝ったから今の世の中アメリカが正義になってんだろ? 知らねぇのか?

 オレは世界で一番強い。だから世界で一番偉くて、世界で一番正しい。正義とはオレだ。正しいか悪いかはオレが決めることだ。分かってんのか?」


「……悪魔の俺からしても傲慢だな。下手な悪魔よりよっぽど邪悪じゃねえか」

「ごめんなさいねー。オレ弱者の気持ちなんてこれっぽちも分かんねーんだ。だってオレは世界で一番! 強いからなー。キャハハハ!」


 耳を千切って捨てたくなるほど酷いセリフを吐いて美歌が襲い掛かってくる!

 ミストがミニミ軽機関銃をぶっ放す。美歌に当たってはいるが結界に完全に防ぎ切りかすり傷一つ負わない。

 銃撃をものともせずに突っ込んでくる彼女は怪物に蹴りを食らわせる。が、彼はそれを「受け流し」た。

 受け止める。のではなく受け流す。軌道をほんの少し変えて直撃を避ける守りの技法。これならまともに食らえば一撃で吹き飛ばされる攻撃でもいなせる。


「な!?」


 蹴りを受け流されてバランスを失った美歌がよろける。そこにミストが銃をしまい足払いをかけて転ばせる。地面に無様に倒れ込んだ彼女の両手首をミストが押さえつける。


「しばらく大人しくしてもらうぜ!」


 時間稼ぎだ。乃亜達が隠匿用の結界に穴を開けるまでの。だが実際には時間稼ぎにすらならなかった。美歌が口をぱかっと開けるとそこから純白の光線が発射された。それはミストの頭部を跡形も無く吹き飛ばす。

 彼女の身体がぐらりと揺れ、地面に倒れる。と同時に身体が崩れて紅い霧となって刈リ取ル者の元へと向かう。


「調子に乗るなよカス共が!」


 美歌が突っ込んでくる!

 だがそれを予知して悪魔たちは「何か」を地面に自分たちの足元に転がす。直後、小さい何かから勢いよく煙が噴き出した。

 「うう! ごほっ! げほっ! がはっ! て、テメェ! また!」

煙を吸い込みせき込む。「何か」は催涙ガスをまき散らすスモークグレネードだった。目を閉じ息を止めて煙を吸わないようにしていた2人は煙幕から抜け出し、美歌が張った結界に向かってRPG-7をぶっ放し、また大斧を振るう。何とか人が通れる隙間を作ると逃げ去って行った。


「ごほっ! げほっ! 畜生! あの野郎舐めた真似しやがって!」


 何とかのどの痛みが引いてきた美歌が愚痴をこぼす。


(逃しちまったしとりあえず今日の所は引き上げるか)


 彼女もまた引き上げることにした。

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