Vampire Killers 33

「先日女性の死体が発見されたそうです。場所は聞いていませんが、顔が潰されて指紋が焼き潰されていたとかで――数十人がかりでの性的暴行の形跡があったそうです。胸元に大きな火傷の痕があったとのことで、あまりにも異常だとの判断でこちらにも連絡がありました」

「あ」 フィオレンティーナのあげた声に、アルカードと柳田司祭が太陽を追う向日葵みたいにそろってこちらを振り返る。

「どうした?」

「立花警視は胸元に、吸血鬼信奉者の印がありました」

「あー、やっぱり殺られてるか――」 フィオレンティーナのその返事にがりがりと頭を掻いて、アルカードは席を立った。

「まあこっちに面が割れてる以上、今までの様なあの女でないと出来ない仕事ってのは無いからな。生かしててもたいして役に立たないだろうしな……」 嘆息して、アルカードは足元に寄ってきたソバを抱き上げた。

「そうですな――それでご質問の件ですが、今のところ対策課そのものは権限を奪われて、残る人員の身元や背後関係について詳しく調べられている最中です。今現在の進捗に関しては、渉外局に直接問い合わせたほうが詳しいことが聞けるかと」

神田セバかい? たしかにそうかもな」

「こちらからも、ひとつお聞きしても?」

「ん、どうぞ」 柳田司祭の言葉に、アルカードがそう返事を返す。柳田司祭はこちらに視線を向けて、

「彼女たちは、吸血鬼に通用するのですか?」

「まあ、レイルが送り込んできたんだから、素養はありと看做してるだろうな」 アルカードはそう答えて、自分のほうに視線を向けている三人の顔を順繰りに見遣った。

「まあまだ若いし、才能もある――十分伸び代はあるだろう。ここらで第五次の教室を開催するのもいいかもしれない。彼女たちは俺が稽古をつけるとして――問題は俺なんだよな」

 腕組みするアルカード――フィオレンティーナが視線を向けると、アルカードが腕組みしたまま答えてきた。

「俺自身が、今の状態じゃ到底カーミラには敵わん――カルカッタでセイルと殺りあったときにあいつに一度殺されかけて以来、俺、かなり魔力が弱まってるからなあ。お蔭であれも使えないし」

 あれってなんですか――そう尋ねようとしたとき、フィオレンティーナはエルウッドがずいぶん複雑そうな表情を浮かべているのに気づいた。

 それはそうだろう、アルカードの弱体化のそもそもの原因はエルウッドの祖父セイル・エルウッドがアルカードをカルカッタで殺しかけたからだ。

 今よりはるかに強大な力を持っていた――それこそ真祖であったカーミラを瞬殺するほどの力を持っていたこの吸血鬼を相手に人間の身で対抗したという彼の祖父がどれほどの怪物であったのかは想像するしか無いが、いずれにせよアルカードはそれが原因でいまだに全力を振るえないでいる……らしい。

 自分たちの実力が実際はどの程度のものなのかが、図らずもこれで証明されてしまった――それなりの自信はあったし、あのショッピングモールではろくに剣も交えなかったが、今日自分の実力の程度は証明された。

 全盛期の十分の一の力も振るえないらしいこの吸血鬼に、自分たちは手も足も出せずに負けたのだ。

「――どうした、お嬢さん。そんな人生に煮詰まった様な顔して」

 気がつくと、アルカードが不思議そうにこちらを見ていた――すでに話は終わったらしく、ジャケットを羽織りながらこちらに視線を向けている。

「……なんでもありません。もう行くって言っといて、いつまで話し込んでるのかと思っただけです」

 憮然とした表情でそう答えると、アルカードは適当に肩をすくめて、

「まあいいけどな。君が仏頂面なのはいつものことだし――それにまあ、言ってることは正しいか。それはともかく、せっかく教会内に問題無く入れたんだから、私物を持ってきたらどうだ――それと、そんな顔で子供らに会ってやるなよ? ちゃんと笑顔で挨拶してやりな」

 ラングラーのエンジンかけてくる、と言い残して、アルカードが談話室から出ていく――仔犬たちが主人の後を追って短い肢で走り始め、それに気づいてかアルカードが若干歩調を緩めた。

 仔犬たちに囲まれてちょっと歩きにくそうにしながら出ていく吸血鬼――その微笑ましい光景を見送ってくすくす笑いながら、アイリスが愛娘を呼び寄せる。

「アルマ、いらっしゃい。アルカードを見送りに行きましょう」

 出ていくアルカードと彼を見送るフィオレンティーナと見比べながら、パオラがどこか楽しそうに笑っていた。

 

   †

 

 左脚に寄りかかる様にして、ウドンが短い尻尾を振っている――ジープの運転席のドアを開けてかがみこみ、右手を車内に突っ込んでエンジンキーを回しながら、アルカードは片手間にウドンの頭を撫でてやった。

 彼の指が耳の後ろをくすぐるたびに目を細めながら、白い仔犬が彼の膝に頭をこすりつける――ステップのカバーに腰掛けて自分も撫でてくれとせっついてくる仔犬たちに向き直り、アルカードは三匹の仔犬たちの頭を順番に撫でてやった。

 低いアイドリング音を奏でる大排気量のエンジンが温まるには、まだ時間がかかる――アルカード自身は夏場の暖気運転になんの価値も認めていなかったが、まあやったから問題なわけでもない。体に伝わってくるエンジンの振動に目を細めたとき、教会側から続く駐車場の入り口から届く照明の光が不意に途絶えた。

 旅行用のトランクケースを引っ張って姿を見せたショートカットの少女が、照明のそばでこちらを見つめている――それに気づいたソバがきゃんと一声鳴いて、尻尾を振りながら彼女のほうに走っていった。

 足元にまとわりついてくる仔犬にちょっと困っている様子を見せているフィオレンティーナを、アルカードは止めるでもなく見遣った――踏んづけてしまうかもしれないから足を高く上げて仔犬から離れるわけにもいかず、かといって振りほどくことも出来そうにない。

「ちょ、ちょっと、ソバちゃん――駄目です、離れてください」

 黒い仔犬は前足で彼女の足首に抱きつく様にしてじゃれついている――おそらくソバが飽きるまで放してもらえないだろう。

「アルカード、貴方も見てないでソバちゃんをなんとかして――」

 珍しく少女がこちらに助けを求めてくる――まあ、飼い主に制止を求めるのは当然の流れだろうが。困っておろおろしている少女を見るのが面白かったので、アルカードは抱き上げていたテンプラとウドンをフィオレンティーナに向かって放してやった。

 アルカードが仔犬を追加したのに気づいて、少女が恨めしげにこちらを睨みつける――それはさらりと受け流し、アルカードは運転席のシートに腰掛けてカーオーディオのスイッチに手を伸ばした。

 

   †

 

 フィオレンティーナが駐車場入り口の照明のそばでなにやらおろおろしている――どうしたのかと思ってが近づいていくと、フィオレンティーナの足首に抱きつく様にしてしがみついている仔犬の姿が見えた。くるんと巻いた尻尾をものすごく元気に振っているから、フィオレンティーナの足にじゃれついているのだろう。

 その光景を見ながら、車のドアの枠に腰かけたアルカードがニヤニヤ笑っている。普通にシートに座らないのは、横向きだとバケットシートが座りにくいからだろう。

「アルカード、貴方も見てないでソバちゃんをなんとかして――」

 フィオレンティーナが珍しくアルカードに助けを求める――だが彼は気に留めず、あくまでも笑いながら抱いていた二匹の仔犬をフィオレンティーナのほうに向かって放してやった。

 仔犬たちが喜び勇んで、フィオレンティーナのほうへと走っていく――人懐こい仔犬たちはそのままフィオレンティーナの足元に駆け寄ると、最初の一匹同様足首にしがみついたり周りを走り回ったりしてじゃれつき始めた。

 あからさまな怨恨を込めたフィオレンティーナの視線をさらっと受け流し、アルカードが運転席に腰掛けてカーオーディオに手を伸ばす。

 重低音を効かせる設定になったスピーカーから、地の底から這い上がってくる様なイントロととともにMegadethのAlmost Honestが流れ出す――昼間彼の車に乗ってこの教会にやってくるときにSum41だのCelldwellerだのNightwishだのPapa RoachだのDark Tranquillityが流れていたところをみると、この吸血鬼はロックやパンクが好きらしい――まあ、いかにも男性の趣味という感じではある。

 その一方で好きな音楽の話になったときに、パオラがEnyaが好きだと言ったらそれにも賛同していたから、どうやら基本的に自分が気に入ればジャンルに対する節操は無い様だ。

 その点に関しては自分と一緒だったので、気が合いそうだ。

 そんなことを考えながら、パオラは短い階段を下りて駐車場へと近づいていった。今度こそあてになりそうな相手が来たからか表情を明るくしたフィオレンティーナの視線をとりあえず黙殺して、パオラはアルカードのかたわらに歩み寄った。

 その様子にあきれた表情を見せているアルカードに、声をかける。

「ご迷惑じゃありませんでしたか?」

「なにがだ?」 頭の後ろで腕を組んだ姿勢で視線だけをこちらに向けて、アルカードがそう答えてくる。

「わたしたちが貴方のお店のご厄介になりたいと申し出たことが、です」

「別に――正直俺としても助かる。俺が用事で店にいないときに、彼女を四六時中連れ回すわけにもいかんからな。それに、親しい相手がそばにいたほうが彼女も精神的に落ち着くだろうしな」 アルカードはそう答えてからフィオレンティーナのほうに視線を向けて、

「人手が足りないのは事実だし、女の子が増えれば華やかになるしな。今幽霊店員が多くて、ちょっと困ってるんだよ」

 アルカードがそう続けてくる。彼はそこでパオラに顔を向け、

「ところで、助けてやらなくていいのか?」

 その言葉に、パオラはフィオレンティーナに視線を向けた――子犬たちの扱いに困り果てていたフィオレンティーナを見かねてか、アイリスとアルマとリディアが子犬たちを捕まえている。ありゃ、つまらんな――少々不満そうな口調で、アルカードがそうこぼすのが聞こえた。

「アァぁルカァァドっ!」

 地獄の底から響く様な声音で吸血鬼の名を呼びながら、フィオレンティーナがのっしのっしとこちらに近づいてくる。

「おー、お疲れー」 アルカードの返答は極めて気楽なものだった――無論そのままだとその場で護剣聖典を構築しかねないフィオレンティーナの毒気を削ぐためにわざとやっているのだろうが、むしろ逆鱗に触れるだけだと思えなくもない。もっとも、もしも彼女が本気で暴れだしたところで、この吸血鬼は苦も無く抑え込むに違い無い。

「貴方って吸血鬼ひとはぁぁっ!」

 両手をわななかせながら、フィオレンティーナがアルカードに詰め寄る。

「楽しいですか!? そーやって他人ひとのやる気をいちいち削ぐのが!」 君のはやる気じゃなくて殺る気だろ――そう突っ込んでから、アルカードは返答を口にした。

「そりゃ楽し――否待て落ち着けクールになれ話し合おう」 アルカード本人ではなく車に擲剣聖典を投擲しようとしているフィオレンティーナを、吸血鬼があわてて制止した。

「待たないし落ち着かないしクールにもならないし話し合いませんっ! 貴方なんかとりあえず、車の修理代で今月追い詰められればいいんです!」

 刃をアルカードがつまんでいるために堕性に侵されてどんどん紫色に変わっていく護剣聖典を手放して、フィオレンティーナが手にした文庫本サイズの聖書のページを足元にばら撒く。

「そいつは困るな」 たいして困ってない様子でアルカードが肩をすくめてみせる――次の瞬間には、一度はフィオレンティーナの魔力に呼応して舞い上がった聖書のページが、力を失って地面に舞い落ちた。

「え?」 鳩が豆鉄砲を喰らったみたいな表情で、フィオレンティーナが微妙に間の抜けた声をあげる。それは無理も無いだろう――今のは誰がどうやったのか知らないが、護剣聖典の支配権を何者かに外部から奪い取られたのだ。

 フィオレンティーナが周囲をきょろきょろと見回す――エルウッドはフィオレンティーナが置いてきぼりにしたトラベルバッグをジープのラゲッジスペースに収めているし、アイリスは仔犬をあやしていてこちらを見ていない。リディアはアルマと一緒に子犬の相手をしていて、同じくこちらに注意を向けていない。

 柳田司祭の可能性は無い――彼はあくまで聖堂騎士のための便宜を政府機関や警察に要請したり、国内での活動の補佐をする、言ってみればサポート役でしかない。

 他者の聖典戦儀の支配権を奪い取るというのは、かなりの高等技術だ。

 普通の魔術式もそうなのだが、聖典戦儀を構成する術式も外部からの干渉を防ぐためのファイアーウォールが組み込まれている――無論難易度は異なるもののここらへんは魔術とほぼ同じだが、異なるのはファイアーウォールに意図的に組み入るための暗号鍵、セキュリティキーが設定してあることだ。

 これはいったん構築した聖典戦儀を本人以外の術者が別な形態に変更したり聖書のページに戻したりするために必要なもので、相手のセキュリティキーを事前に知らされていればファイアーウォールや術式自体を崩すことなく術式に組み入って改竄することが出来る。

 たとえば敵の体に深々と喰い込んだ槍の穂先が、いきなり体内で変形して大斧になったら、どうなるか? 

 自分のものであれば、簡単だ――だが仲間が敵の体に穂先を撃ち込んだものの反撃を喰らって意識を失えば、追撃を引き継ぐ者が必要になってくる。なにしろ撃ち込んだ穂先を変形させれば、容易に内側から相手の体を破壊することが出来るのだ。

 こういった理由から、聖堂騎士たちは互いに自分のセキュリティキーを仲間に教え合っていることが多い――これはアルカードがそうした様に聖典戦儀を敵に逆用されたときに、それを外部から解除するために必要なことでもある。アルカードの場合は速度が速すぎて、それどころではなかったが。

 逆に言えば、入り方さえわかれば簡単に聖典戦儀そのものを封じることの出来るバックドアが設定されているのだ。

 だが、今の聖典戦儀にセキュリティキーは設定されていなかった――術者本人が自分ひとりで使い、周りに制御を引き継ぐ必要が無いのなら、バックドアもセキュリティキーも必要無い。したがって、この状態でセキュリティキーを利用して聖典戦儀を解除することは出来ない――リディアにはバックドアの無い聖典戦儀を外部から強制解除するほどの技術は無いので、彼女の仕業ではない。パオラにもそこまでの技術は無いし、そもそも自分はやっていないから自分でもない。

 となると――アイリス・エルウッド教師だろうか? フィオレンティーナの術式にアクセスする様な気配は感じられなかったが。

 柳田司祭かシスター舞の仕業なのかとも思ったが、聖典戦儀を修めていない一般聖職者が、フィオレンティーナの魔力のファイアーウォールを破って護剣聖典の『式』を壊せるとは考えにくい――それにそもそも、ふたりはこの場にいない。

 あるいは――この金髪の吸血鬼がやったのだろうか。どうやったのかはわからないが、彼はパオラの獄炎尖鎗ゲヘナフレア・ランスを掻き消してみせた――吸血鬼アルカードが魔術に長じているという噂は聞いたことが無いが、別に噂を聞いたことが無いのが彼が魔術に明るくないという根拠にもなるまい。

 だが、術式の破壊と改竄は魔術の中でも特に難易度が高い――防御技能としては非常に優れている半面、あらゆる魔術に長じていなければあらゆる魔術に対応して適切な術式改竄を行うことが出来ないからだ。

 あれ? じゃあ今の誰?

 そもそもここにいないシスター舞の可能性は除外して、パオラは首をひねった。

 話の流れからすればアルカードが一番妥当なのだが、そもそも彼に聖典戦儀に組み入るほどの技術はおそらく無いだろう――なにがしかの妨害を行うとすれば、ただ単に一気に消し炭に変える程度だ。

 答えは出ない。答えは出ないまま、パオラは風に飛ばされていく聖書のページを追いかけてフィオレンティーナが走り去るのを見送った。

「いいのか? 手伝ってやらなくて」

 というかこれでまた帰るのが遅くなるな、そんな愚痴をこぼしつつ、アルカードがそう言ってくるのが、背後から彼女の耳に届いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る