Vampire and Exorcist 17

 

   *

 

 歩いている――どこかを歩いている。繁華街なのは間違い無い――どこなのかはわからなかったが、日本なのは確かだ。そこらじゅうに設置された派手に装飾された看板に、カタカナや漢字が書かれている。

 ああ、そうか――

 これは自分の意識ではない。視線を転じた先のショーウィンドウに映りこんでいる自分の姿を目にしてフィオレンティーナは納得した。

 露出度の高いぴっちりした、誤解を恐れず言えばまるで娼婦の様な衣装。街を歩いている連中の大部分は男女ふたり連れだったが、男のほうが振り返らずにはおれない様な扇情的な姿だった。

 のたうつ蛇の様にも見える波打った金髪を背中まで伸ばし、唇には真っ赤なルージュを薄く引いている。

 顔もはっきりと映っていた――憎たらしいくらいにはっきりと。今の自分の苦痛をもたらしてくれた女の顔。

 窮地に陥れられるその瞬間まで疑いもせず、まるで気づかなかった自分の間抜けさ加減に腹が立つ――だが唇を噛んでもなんの感触も無かった。

 ふと女が足を止める――ふたりの男が馴れ馴れしい笑みを浮かべながら、彼女の前に立っていた。

 ふたりとも――言葉を選ばずに言えば軽薄そうな顔をしていた。もしも自分が声をかけられたなら、相手にもしない類の連中だ。

 男たちが何事か女に話しかける――なにを言っているのかは聞き取れなかった。

 女が彼らの誘い文句に、笑みを浮かべる――にこりとではない。にたりと――そんな表現がぴったりくる。あえて言うならば蛇の様な笑顔だった。

 その笑みをどう取ったのか、男のひとりが女の肩に手を回した。促されるままに、女が男の歩みに従って歩き出す。

 歩いていった先に止まっていたのは、黒いトヨタのバンだった――路側帯に入り込んで駐車している。男たちの誰かの姿を認めたのか内側からスライドドアが引き開けられ、室内燈の消された車内から誰かが手招きする。

 肩に回された男の腕に若干力がこもるのがわかった――もしも女が怖気づいて逃げ出そうとしたときに抑え込める様にするためだろう。だが女は男たちが拍子抜けした表情を浮かべるほどにあっさりと、自分から車に乗り込み、シートのひとつに腰を落ち着けた。

 彼女をここまで連れてきた男のひとりが運転席に回り、車が動き出す――そのときにはすでに気の早い男のひとりが、荒い息を吐きながらシートの後ろから女の体に手を回していた。

 ブラジャーをつけていない衣装の上から、胸のふくらみを乱暴に捏ね回す――男の欲情を煽らずにはおかない様な甘い吐息が、紅を引かれた唇から漏れた。それで抑えが効かなくなったのか、男が首筋に顔を近づけてきた。歯を磨いていないのか、息が臭い。男はそのまま女の首筋に唇を当てると、蛞蝓の様な舌で白磁を思わせる白い肌をべろりと舐めた。

 その感覚がじかに伝わってきて、フィオレンティーナは総毛立つ様な悪寒を味わった――だが女はなんとも思っていないらしく、執拗に豊かな胸のふくらみを撫で回す男の掌にほっそりとした指を絡め、もっと強くする様にと促している。

 隣に座っていた男が左手を丈の短いスカートの中に捩じ込み、内股をまさぐってくる――女は男の興奮を誘う様に切なげな吐息を吐き出しながら、男が弄りやすい様に脚を広げた。

 それに勢いづいたのか、隣に腰を降ろしていた男が乱暴にスカートを捲り上げる。すでにじっとりと湿り気を帯びた股布の脇から捩じ込まれてきた男の節くれ立った指に、女は秘裂の隙間から滲み出る蜜で応えた。

 いつの間にか車が止まっている――まるで地面に落ちた飴玉に集る蟻の様に自分に群がる男たちの肩越しに、切れかけてちかちかと瞬く蛍光燈に照らし出された寂しげな地下駐車場の亀裂防止目地が見えた。

 運転していた男も女を蹂躙するのに加わりたいのだろう、すでに後部座席に移ってきている――全部で三人。女の座っている中央の座席を倒しても、女の数を勘定に入れると複数での秘め事に及ぶにはそれが限界なのだろう。

 これから始まるであろうめくるめく恍惚の時間を想像して、女はさらなる興奮に肺の奥から甘い息を吐き出した。

 女の体はすでに獣欲をあらわにした男たちによって後部座席に押し倒されている――肌に纏わりつく衣装は乱暴に剥ぎ取られて、豊かな胸が中途半端に暖房の効いた室内の空気に触れていた。

 扇情的な濃い紫色の下着もまた両脚から引き抜かれて、薄い繁みと右の太股のつけ根あたりの黒子が露にされる。男のひとりが彼女の内股に顔を埋め、繁みの中に隠された秘裂に舌をねじ込み始めた。

「あ、は……ふぅんっ……」 甘い吐息を吐き出した唇に、グロテスクに膨張した生臭い塊が押しつけられる――女は躊躇無くそれを口腔に迎え入れ、唇を擦りつけ舌を絡みつかせて愛撫した。

 男たちのひとりが我慢し切れなくなったのだろう、何事かささやきながら彼女の体内に自分自身を押し込んでくる――だがすでに潤いきった彼女はそれを簡単に受け入れた。

 嬌声をあげようとしたが、彼女の口に捩じ込んだ男がいったん抜き出そうとした女の頭を掴んで、乱暴に腰を動かし始めたため、それもかなわない。

 最後に残ったひとりが別のところに自分を押し込んで、まったく潤っていない場所で抽送を始めたため、彼女の喘ぎ声に苦痛が混じった。

 四つん這いの姿勢のまま、男たちの欲望に任せてまったくリズムの揃わないリズムで体を揺らす。たゆたっていた胸のふくらみを、下になっていた男が乱暴に捏ね回してきた。

 直腸を掻き回す男の抽送はどんどん激しくなってきている――女の喘ぎ声に混じる苦悶の響きは徐々に薄れつつあった。

 聞き取れない声をあげて、男たちのひとりが果てる。体内の奥深くに噴出した精が子宮に衝突するのを感じて、女は弓なりに背中を反らした。

 次いで口で愛撫していた男が果てる――生臭い液体が喉の奥に衝突し、男が出し切る前にそれを口の中から引き抜いたために白濁した液体が顔に振り撒かれた。

 最後に果てたのは、肛門に挿入していた男だった――直腸の奥深くに熱い液体をばら撒かれて腕の力が抜け、女は下になっていた男の胸の上にがくりと崩れ落ちた。

「たまんなかったぜ、あんた――なあおい、この女しばらく俺らのペットにしねえか?」

 下になっていた男が尻を揉み回しながら仲間に声を掛ける。だが女はそれを気にせずに男の胸の上で体の位置を直し、自分の胸を男の胸板にこすりつける様にしながら男の首元に頭を近づけて――

 ぶしゃり。

 下になっていた男の首元が噴き出した鮮血によって真っ赤に染まり、次の瞬間には男の絶叫が車内に響き渡った。

 男の首にかぶりついたまま、女がのそりと身を起こす――サイドウィンドウの硝子に映り込んだ光景の中で、女の口が吸血蛭の様に男の首筋に吸いついている――その唇の隙間から覗く異様に長く伸びた犬歯が、男の頚動脈に深々と喰い込んでいた。

「おい、なにしてやがるてめえ!」

「離せ、離さねえか、この――!」

 男たちが口々に言いながら女の腕に手をかけ――女が振るった細腕の一撃に易々と弾き飛ばされてひとりは運転席のシートバックに背中から叩きつけられ、もうひとりはバックゲートに激突して、後頭部がぶつかった衝撃でリアウィンドウが砕け散った。

「な……!?」

 男たちの口から驚愕のうめきが漏れる――それはそうだろう、彼らがつるんで行動しているのは、たとえ連れてきた女性の合意を得ずにことに及んで抵抗に遭ったとしても抵抗する女性を易々と抑えつけられるからに違い無い。たいして鍛えているわけでもないとはいえ、まさか大の男が女ひとりの細腕に吹き飛ばされるなどと、どうして想像が及ぼう。

 男たちの考えは正しい。道義的にはともかく判断としては間違っていない。だが、それはあくまで相手が人間であった場合の話だ。

「あ。あ……」 女が噛みついた男がうつろなうめきを漏らした。もはやそれが断末魔か――男の指がだらりと垂れる。

 男の体を放り出し、女はゆっくりと振り返った。車の窓硝子に視線が触れ、顔の下半分からたわわな胸元までを真っ赤に染めた自分の姿が映り込む。

 とろりと溢れ出した液体が太股を伝う――女はにたりと笑い、口を開いた。

「なかなか楽しませてもらったわよ、坊やたち――やっぱり意識のある連中のほうが面白いわね」

「な、な……」 男たちの口から言葉にならないうめきが漏れる――その表情に背筋が高校で粟立つのを感じながら、女は手を伸ばしてバックゲートに叩きつけられた男の両肩を掴んで自分のほうへと引き寄せた。

「最期の時間は楽しんでいただけて? さあ、貴方たちはわたしを食べたんだから、今度は貴方たちがわたしに食べられないと――ご存知かしら? 吸血鬼にとっては快楽物質やアドレナリンが血中に流れている状態の血が一番美味しいのよ。吸血鬼が獲物を犯したり嬲り殺しにしてから吸うのは、そのほうが血が美味しくなるから――言ってみれば、人間の猟師が獲物を捌くみたいなものかしらね?」 言いながら、女は頭部への衝撃で満足に身動きが取れないらしい男の首筋に舌を這わせた。

「気持ちよかったでしょう? わたしにとって性交これは食材の下拵えみたいなもの――快楽物質とアドレナリンの混じりあった血が、一番美味しいから」

 そう言って、女は男の首筋に牙を立てた。首筋から血が噴出し、男の咽喉から悲痛な絶叫があがる。

 じゅるじゅるという音とともに男の肌がどんどん土気色に変わり、手足が細かい痙攣を始める。表情から見る間に生気が失せ、眼球が反転して口の端から泡を吹き始めた。

 やがて――

 男の体をごとりとシートの上に放り出し、血塗れの顔で女は淫蕩に笑った。心底の恍惚を感じているときのうっとりとした表情でほうと息を吐き出し、

「ああ、美味しいわ――ちょっと煙草を吸い過ぎの様だけれど。あと大麻は感心出来ないわよ――血が不味くなるから。さあ、貴方の血はどんな味がするのかしら?」

 言いながら、女はシートバックにへばりついて少しでも距離を取ろうと無駄な努力を続けていた最後のひとりに近づいて――

 男の絶叫が、誰にも届かぬまま車内から漏れて消えた。

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