第一章:運命の邂逅と聖痕の秘密

第01話 過去と現在と

 遥か昔、この世界は神聖メルトラーム帝国の支配下にあった。他国を圧倒する高度な文明と魔法技術、そして古代魔導器アーティファクトを継承する巨大帝国。天空に浮かぶ都市に住まう彼らは、自らを「天界の民」と称し、地上の人々を「下界の者」と蔑んでいた。


 メルトラームは地上の国々から資源を貪り、人々を拉致しては洗脳を施し、物言わぬ奴隷として酷使した。その傲慢な支配は、永遠に続くかと思われた。


 しかし、その繁栄は突如として終焉を迎える。


 ――魔導師ルベル。後にそう呼ばれることになる男は、帝国の王族に連なる貴族であった。ある事件を境に絶大な力を手に入れた彼は、たった一晩で王族を根絶やしにし、帝都を完全制圧したのである。逆らう者を冷徹に粛清し、わずか一ヶ月で帝国を掌握。一人の男が起こした叛逆が、大帝国を崩壊へと導いた。


 天上の争いは、地上の民にとって単なる支配者の交代に過ぎないと思われた。だが、新しき支配者となったルベルは、魔物を従えて世界を混沌へと突き落とし、自ら神を称して人類に君臨した。彼が生み出した魔軍と、狂信的な『ルベルの使徒』は強大無比。次々と国家を蹂躙し、人々を再び隷属させたのである。


 そして数年後。暴政を敷くルベルを討つべく、下界に一人の少女が立ち上がった。


 フィーア・レス・アルメート――後に『聖女アルメート』と語り継がれる少女である。彼女はルベルに滅ぼされたダムス王国の王家の血を引く最後の一人であり、わずか十八歳にして高いカリスマ性と強力な魔法を操る魔法剣士であった。彼女は元騎士たちを糾合して反乱軍を組織し、ついにルベルの支配下にあった一つの町を解放したのである。


 それは、魔導師ルベルが世界を統治して以来、初めて灯された反抗の火であった。


 当初、ルベルはその反乱を「羽虫の羽ばたき」程度にしか考えていなかった。人間の集まりなど自分を打倒し得るはずもなく、フィーアの魔法も彼に届くものではなかったからだ。辺境の小競り合いなど、いつでも握り潰せる。ルベルにとって、反乱軍との戦いはただの余興に過ぎず、彼はわざと軍勢の手を緩め、その足掻きを玉座から愉しんでいた。


 しかし、運命は一変する。ルベルの側近であり、唯一無二の親友でもあった剣聖ラドムスが、彼に剣を向けたのだ。ラドムスは人間たちに帝国の高度な文明、魔術、そして武器を授け、魔獣に対抗し得る力を与えた。知恵と力を得た人間たちは、ついにルベルと対等に渡り合う牙を持ったのである。


 多くの犠牲を払いながらも、彼らはルベルの居城へと突き進んだ。城の最上階、吹き荒れる魔力の中で、ルベルとラドムスは直接対決の時を迎える。


「なぜだ、ラドムス……。貴様だけは、私の理想を理解していると思っていたものを」


 ルベルは血の滲む唇を歪め、悲痛な眼差しで親友を睨みつけた。対するラドムスは、震える手で聖剣を握り直し、静かに告げる。


「お前の理想は、あまりに多くの涙を流させすぎた。……さらばだ、友よ」


 激闘の末、剣聖ラドムスの手によってルベルは封印された。


 だが、この物語はあまりに簡略化された、ただの英雄譚に過ぎない。


 ルベルを封印したラドムスは、そのまま静かに姿を消した。恋人として彼を慕っていたフィーアは、深い悲しみに打ちひしがれたという。それでも彼女は人々の指導者として再び立ち上がり、戦争の傷跡を癒やし、素晴らしい王国を築き上げた。その後、一人の男の子を産み、静かに息を引き取った。その子の父親がラドムスであるという噂は、今も真実を知らぬまま語り継がれている。


 フィーア亡き後、側近の騎士ラージネス・フォン・トラマティスが摂政として国を支え、その国は『アルメキア王国』と名付けられた。


 アルメキア王国は長きにわたり、正義と平和の象徴として栄華を極めた。しかし、血統による王政は、時代の流れと共に腐敗していく。血統を重んじる世襲制は、先代がどれほど偉大であっても、その子が同じ器であるとは限らない。


 やがて、国を牛耳る王侯貴族は、不正と惰眠に溺れる堕落の塊へと成り果てた。そしてついに、平和を謳歌した王国は、冷酷な軍事国家へと変貌を遂げる。


 十五代国王デュランの崩御後、わずか十四歳のレオンハルト王子が王位を継承した。


 実権を握った宰相ラージン・フォン・アルトカーシャ公爵は、圧倒的な軍事力で民の反感を圧殺し、異を唱える代表者を次々と処刑した。四大名門貴族の筆頭シグムンド・フォン・グナイティキは猛反発したが、他の三家が宰相側に回ったことで、家門を守るために沈黙を余儀なくされる。


 月日が流れ、成長したレオンハルト王が親政を開始した。即位当初は宰相の傀儡に見えた少年だったが、自らの地位が絶対的なものであると自覚すると、彼は野心を剥き出しにし始めた。


「私はこの世界の、唯一無二の王となる」


 レオンハルトは傲然と玉座に踏んぞり返り、目の前の地図を剣先で突き刺した。側近たちがその殺気に気圧される中、彼は冷たい笑みを浮かべる。


「宰相の小言などもう聞き飽きた。これからは我が剣が、我が意志がこの国の法だ。異論がある者は、今ここで首を跳ねてやろう」


 好戦的な性格を露わにした王は、重税をすべて軍事費へと注ぎ込んだ。かつての平和主義国家の面影はどこにもない。他国の傭兵が街に溢れ、治安は悪化。貴族による圧政が民を苦しめ、貧富の差は広がる一方であった。


 そして二年前。アルメキアは隣国エストゥーラ王国との同盟を一方的に破棄し、国境の町を強襲した。不意を突かれたエストゥーラは抵抗虚しく、わずか一年で陥落。王族は皆殺しにされ、その土地はアルメキアの植民地へと成り下がった。


 肥大化した野心は留まるところを知らず、次なる牙は、建国以来の盟友であるグランへと向けられようとしている。


 これは、そんな動乱の時代を駆け抜け、一人の少女を守るために数多の障害を切り裂く青年の英雄譚。そして、その背中を追い続け、恋慕の情を抱き続ける少女の恋物語――





 長々と世界の設定を書いてますが、次からストーリーの開始となります。

 バックしないで続きを見ていただけると嬉しいです。


 ★表紙イラストみたいなイメージイラストです。

 https://kakuyomu.jp/users/imohagi/news/16818792436518888274

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