黒狼将軍の願い


「しかし、珍しいですね。赤竜姫将や白翼将軍は元気ですか?」

「ああ、元気っすよ。でも、最近はモンスターの動きも落ち着いてるんでヒマそうっすけどね」

「まあ、軍がヒマなのはいいことですからね」

「それもそうっすね」


 魔王軍には陸・海・空の三つの組織と彼が隊長を務める偵察など専門にこなす部隊がある。


「さて、じゃあ、本題に入りましょう。なぜ、偵察部門のトップであるあなたがわざわざ来たんですか?」

「たまたま遊びに来た……って、言ったら信じるっすか?」

「いえ、信じませんよ」


 そう、そんなわけがない。将軍たちは基本的には外出はしない。いや、正確に言うと休暇をとる場合は事前の調整や予定はかなり先まで組んであるし、その予定表はボクの手元にもある。

 しかし、黒狼将軍の長期休暇の予定はなかったはずだ。


「あー、まあ、そうっすよね。でも、その割には驚かないっすね」

「まあ、これでもあなたたちの上司で魔王ですからね」


 ボクは椅子に座りながら言う。


「あー、そうっすね。でも、その前に、上にいる女の人を紹介してもらっていいっすか?」


 鼻で臭いを嗅ぎながら彼は言う。


「ああ、彼女は報告書にも書いたともいますが護衛の……」


 言い終わる前に彼は大声で笑う。


「いやいや、申し訳ないっす。あんまりにも魔王様の嘘が下手だったもので、つい笑ってしまたっす」


 ボクは黙り込む。できれば女勇者さんを呼びたくはない。しかし、ここで下手に隠せば面倒なことになる可能性もある。


「魔王様、俺の鼻は特別だって知ってるっすよね? ここに来るまでもかなりやばかったんすけど、さすがにこれは無理っす。魔王様の直属の部下としてさすがにこの状況を見逃せないっすよ」


 彼は眼帯を触りながら笑う。


「じゃあ、仕方ないわね」


 女勇者さんがそう言いながら降りてくる。もちろん服はきちんと着ている。


「どうもっす。そちらが魔王様のメイド兼護衛の方っすか?」

「こんにちは。ええ、そうよ。よろしく」


 女勇者さんは言うが、黒狼将軍は眼帯を触りながら彼女を観察している。かなり警戒しているようだ。


「うーん、確かに強そうっすけどメイドって感じはしないっすね。戦闘経験は確かにありそうっすけど」

「まあ、そりゃそうよね。あたし勇者だし」


 彼女はそう言いながらボクの隣に座る。


「ちょ! なに言ってるんですか!」


 思わずボクは大声を出してしまう、二人とも特に動じる様子もなく、普通にしている。


「まったく。落ち着きなさいって。彼は偵察部隊のトップなんでしょ? あたしの事なんてとっくにバレてるわよ」

「いやいや、さすが勇者っすね。いや、傭兵団時代の経験すかね?」

「まあ、それもあるけど、勇者になってからも貴族としての色々な陰謀やらなんやらはあったからね」

「あー、確かに貴族の陰謀やらなんやらめんどくさいっすからねぇ。うちは魔王様がこんな感じだからあんまりそう言うのはないっすけど」


 二人は笑いながら楽しそうに話をしている。

 なんだろ、この入り込めない雰囲気……嫉妬しているのかもしれない。


「ちょっと、なんて顔してるのよ」

「あっ」


 そう言いながら彼女がボクの肩を抱いてくる。思っていることが顔に出てたらしい。


「まったく、子どもなんだから」

「部下の前なんですよ。やめてください」

「なに、冷静なふりしてるのよ」


 どうやらボクに気を使ってくれているらしいけど、さすがに恥ずかしい。


「仲がいいっすね」

「そうでしょ? みんなには内緒にしてね」


 女勇者さんは口に指を当てながらいう。


「あー……まあ、人の恋路を邪魔する気はないんで、大丈夫っすよ。あ、でも、赤竜の姉さんには絶対に隠した方がいいっすよ」


 赤竜姫将……たしかに、彼女は誇り高い魔族の武人一家の生まれだし、魔王と勇者がこういう関係だと知れば……


「あの人、潔癖症だから男女が結婚前に一緒に住んでるとか激怒するっすよ」


 あ、そっちか。うん、そうだね。部下の恋愛まで口出して大問題になったもんね。


「さて、じゃ、冗談はこれくらいにして、なんの用なの?」


 彼女はボクを離しながら言う。


「いや、この問題はボクたち魔王軍の……」

「あ、できれば勇者の姉さんに聞いてもらえればありがたいっす。ちょい面倒な事なんで」


 黒狼将軍は姿勢を正しながら、先までの軽い口調とはうって変わった真面目な口調になる。


「実はうちの部隊がこの近くの森で行方不明になってしまったんすよ。で、ちょっとお力を貸していただけるとありがたいと思ってきたんす」


 彼は眼帯を触りながら申し訳なさそうに言う。


「行方不明ですか……ですが、なぜ、あなたがこんな場所まで? 部下が消えたとしても偵察部隊のトップであるあなたがくる必要はないのでは?」

「それがっすね。なんといえばいいのか。実はあんまり事を大きくはしなくないんすよ」


 彼は言いにくそうにしている。


「あー! もう! めんどくさいわねぇ」


 女勇者さんは頭をかきながら言う。


「あんたはこいつに助けを求めに来たんでしょ?なら、さっさと全部話しなさいよ」

「……わかりました。全部お話しするっす」


 覚悟を決めたのか、大きく深呼吸をすると黒狼将軍は話しはじめる。


「実は、城の宝物庫に盗賊が入ったんす。それで警備していたのが俺の幼馴染だったんすよ」

「で、部隊を私的に動かしたというわけですか?」

「面目ないっす」


 彼は申し訳なさそうにうつ向いている。

 まあ、仲間思いなのはいいんだけど、さすがにやりすぎな気もする。


「それで、さすがに部隊一つを失ったとなると、オレだけでどうにかなる問題でもないんでこうしてご相談させてもらいに来たんっす」

「相談って言っても、ボクになにができるんですか?」

「ああ、それはこれを使ってもらいたいんす」


 そう言うと黒狼将軍は一つのペンダントを取り出して、テーブルの上に置く。


「これは?」

「王家の秘宝の一つ、探知のペンダントっす」

「え? 秘宝? 待ってください? 秘宝を持ち出したんですか!?」


 ボクは思わず立ち上がってしまう。


「いや、もう、手段を選んでいられなかったんすよ」

「それにしたって秘宝を持ち出すとか! バレたら首どころか、下手したら牢獄行きですよ!」

「それはわかってたんですけどね」

「あー! もう!」


 頭を抱えながらボクは椅子に座る。

 どうすするべきか……ただ、魔王としては見過ごすわけには……


「ねえ、あんた。そんなのをこいつに持ち込んだら、あんたがどうなるかわかってたんでしょ?」

「……そうっすね。最悪、捕まるのは覚悟の上っす。卑怯かもしれないっすけど、まあ、俺の首をかければ魔王様なら動いてくれるだろうと思ったんすよね」

「で? ここまで部下に言わせてあんたはどうするの?」


 女勇者さんがボクに聞いてくる。

 どうすると言われても、部下にここまで言われたら断るわけにはいかない。


「わかりました。ただ、条件が一つあります」

「条件っすか?」

「いいですか? ボクと彼女が一緒に暮らしてることがばれないように協力してください。バレそうになったらちゃんと隠す手伝いもしてもらいますからね」


 ボクは小さく笑う。黒狼将軍は一瞬、驚いた顔をしたがすぐにテーブルに頭をつける勢いで頭を下げる。


「ありがとうございます! このご恩は一生忘れないっす」

「まあ、部下に頼られたら嫌とは言えないっすからね。じゃあ、準備をしていくから城門のところで待ち合わせということで」

「了解っす! それじゃあ、これで。失礼するっす」


 そう言うと黒狼将軍は立ち上がり、頭を下げる。そして、次の瞬間には床に吸い込まれるように消えてしまった。


「へぇ、面白い技を使うのね」

「ええ、彼は潜入や追跡などの専門家ですから」


 ボクは言いながらペンダントを身に着ける。王家の秘宝……なんとなく身が引き締まる思いがする。


「さて、じゃあ、準備をしましょうか」


 ボクは立ち上がり二階に上がろうとする。


「あー、ちょっといい」

「はい?」


 女勇者さんに呼び止められて後ろを振り向く。


「あたしがあんまり過去のことを話さないことを気にしてるでしょ?」

「えーと、まあ、まったく気にしてないと言ったら嘘になりますけどね」

「あのね。何度も言うけど別に隠してるわけじゃなくて、その、あんまり面白くないというか……」


 普段のはっきりした口調とは対照的に女勇者さんは言いづらそうにしている。


「大丈夫ですよ。でも、いつかその気になったら話してくださいね」

「うん、ありがとう。さて、あたしも準備しますか。たまに町の外へデートに行くのもいいわよね」


 彼女は立ち上がり大きく伸びをしながら言う。


「デートって、気分で油断しないでくださいね」

「大丈夫よ。なにがあってもあんたくらいは守ってあげるわよ」

「ちょっと、ボクが守ってもらう前提なんですか?」


 笑いながら彼女は二階に上がってしまう。

 ボクも急いで二階に上がり、外に出る準備を始めた。

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