第2話 マーミオンの血脈
古来、決闘により紛争の解決を図る仕組みは、洋の東西を問わず存在した。
フランク族などゲルマン諸族にもその風習があり、部族同士の揉め事の際に代表者が決闘を行うことで決着をつけることがあった。
この決闘の代表者が、『チャンピオン』である。
部族の代表として戦うのであるから、当然チャンピオンとなるのは部族で最強の人物であった。
ノルマン征服以前のイングランドにも、この風習は存在した。
特に王の即位に際して、チャンピオンが異議のある者の挑戦(決闘)を呼びかけ、挑戦する者なければよし。例え挑戦があったとしても、決闘の末にチャンピオンが勝利すれば、それにより即位の正統性の拠り所とした。
こうしてチャンピオンは王の権力を守る『国王の剣』守護闘士として象徴性を帯び、即位の儀式と密接に結び付く。
その儀式の中に痕跡を残すのみであった守護闘士の象徴性は、無政府時代(ブロワ朝スティーブン王の治世期間に、前王ヘンリー一世の娘マティルダと甥のスティーブンとの間でイングランドは長い内乱状態となった)に一人の英雄が現れたことで再び脚光を浴びた。
その男の名を、フォントネ卿ロベール・マルミオン(ロバート・マーミオン)という。
武勇知略に優れた騎士であったマルミオン卿は、スティーブン王によりファレーズ城代として抜擢された。
ファレーズというのはウィリアム征服王が生まれた城であり、征服王がその勃興期に居城とした後、代々ノルマンディー公家の居城とされた由緒ある城で、ノルマンディー南西部の防衛の要であった。
ファレーズ城代になるということは、名誉もさることながら、敵対する女帝マティルダの夫アンジュー伯ジョフロワとの戦いの最前線を任される、ということでもある。
実際一一四○年、ファレーズはアンジュー伯の猛攻を受け止めることとなるのだが、ここでマルミオンは期待に違わぬ活躍を見せ、アンジュー伯からファレーズ城を防衛してみせた。
アンジュー伯はマルミオン憎さのあまり、腹いせに無防備になっていた彼の領地フォントネを略奪・破壊する。
土地は失われなくとも、領民や建物・設備が失われていては収入を得られず、領地の意味をなさない。この頃はまだ人口が希薄な時代であり、土地よりも人や設備・町の方に価値があった。
そういう意味でマルミオンは領地を失い、その代償としてスティーブン王によりイングランド内に新たな領地を与えられることとなった。
ノッティンガムシャーのタムワース荘である。
さらに、王国防衛の英雄には守護闘士の世襲職も与えられ、併せてリンカシャーのスクリーヴズビー荘が与えられた。
以後、タムワースのマーミオン(マルミオンの英語読み)男爵家は、
ところで封建制度においては、封地の授与は軍役の義務との相互関係が基本であったが、それが全てではない。
公的な職務に就くことの対価として封地が与えられる
『大役務』と『小役務』とに区別され、大雑把にいうと前者は国王の閣僚や高級官僚などの上級職、後者は下級役人の現業役務の奉仕に対するものである。
これら『役務』は役職への奉仕に対する対価であるため、軍役は課されない。
そして、
領地が与えらえていても軍役の義務がない、という点でこれら役目に就くものには『特権』という言い方がされることがあった。
さて、国王の守護闘士の世襲職を授けられたマーミオン男爵家には、ウェールズのスランステファン、ウィンターインガムなど分流が派生したものの、いずれも十四世紀半ばまでには直系が全て途絶えてしまう。
マーミオンの血筋と領地はそれぞれ女系を通じて継承された。
だが。
国王の守護闘士の地位を誰が継承するのか。
爵位の継承については、
だが、そもそも対象となる職も、係争例も少ない世襲職の継承については一般的な原則がなく、裁判で継承権を争うことが度々あった。
そして、十三世紀には守護闘士の世襲が、そうした係争の対象となったのだ。
争ったのは、タムワース荘を相続したド・フレビル家とダイモーク家、いずれも五代タムワースのマーミオン男爵の女系子孫である。
この案件において
以来、十七世紀に至るまで国王の守護闘士の地位は、『突き立つ剣』の徽章とともにダイモーク家に伝えられてきたのだ。
このように伝承されてきた世襲の名誉職である国王の守護闘士の地位であるが、実際のところ何をその役目として為していたのだろうか。
英国王の戴冠式の後には
そしてこの時代、国王の守護闘士はこの大祝宴のために存在していた。
戴冠式のあと、参列者は会場であるホワイトミンスター・ホールへと移動し、盛大な祝宴に臨む。
祝宴の会場はコの字型に席が設けられ、国王夫妻の席は入り口の正面奥中央に置かれた。
この祝宴において国王の守護闘士は、完全武装のうえ飾り立てられた馬に騎乗し、左手に
そして、
この振る舞いを、入り口、ホール中央、そして上座の国王の眼前足元の三か所で行うのだ。
籠手は投げる都度、上席筆頭紋章官が回収して守護闘士に返す。
国王の眼前で最後の挑戦を行った後、守護闘士には国王より乾杯の際に使用した金杯が与えられる。
古式に則った儀式であるが、戴冠式の式次第の中ではなく祝宴で行われるのを見ても分かる通り、余興である。
マールバラ伯ジョン・チャーチルが道化と指弾した所以である。
実際にこの挑戦で勝利して即位が覆された例など存在しない。
そして、もし挑戦者が勝利したとしても、それだけでは何も変わらないのだ。
余興、である。
余興でしかない。
だが、代々の守護闘士はそう思っていなかった。
ロバート・マーミオン卿が任じられて以来六○○年弱、国王の守護闘士たるマーミオン男爵家の、そしてその女系子孫にして守護闘士の世襲職を継承したダイモーク家の当主は、常に国王の決闘代理人として覚悟と鍛錬を積んできたのだ。
現当主チャールズも例外ではない。
幼少より、先代守護闘士である父から厳しい指導を受けて育ち、先代亡きあともこれはと思う名人の噂を聞けば赴き教えを乞うてきた。
その国王の守護闘士にとって、戴冠式は人生究極の目標となる舞台である。性質上、一生の間に一度もその舞台に立てなかった者もいたし、複数の機会を務めた者もいた。
生涯一度、あるかないか確かならぬ決闘の場に備え己を研ぎ澄ます。それがダイモークの名の下に生まれた男の生き様であった。
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