第七章 願い
カセットボンベでお湯を沸かし、カップ麺を作って可奈子とふたりで食べた。
カップ麺を食べるのは、生まれて初めてという可奈子は「美味しい、美味しい」と喜んで食べていた。誘拐されて人質になっているくせに、のん気な可奈子が徹には不思議でならない。
たぶん、この子は苦しんだり悲しんだり絶望することなく育ってきたのだろう。
だから、本当に怖いということをまだ知らない。俺らとはまったく違う世界の人間なんだ、可奈子は温室育ちの花だから――。
「ねぇ、トオルくんは神様を信じる?」
ふいに可奈子が そんなことを訊いてきた。
「信じない!」
即座に徹はそう答えた。
「どうして?」
悲しそうな瞳で可奈子が問う。
「だって……神様なんか見たことないし、俺は助けて貰ったことない」
「そうなの? でもね、気づいていないだけで神様はちゃんとトオルくんのことを見てるのよ」
「んなことあるか! だったら、どうして母ちゃんと妹に会わせてくれないんだ。神様は俺にだけイジワルだ!」
「……たぶん、それは神様が与えた試練なのよ」
「しれん? 試練ってなんだよ。やっぱりイジメじゃんか」
やり場のない怒りを徹は可奈子にぶつけた。
今こうして、誘拐されている可奈子の方がよっぽど厳しい試練だと気づきもしないで……。
今夜九時に駅の構内で待っているように父に言われている。
「俺、もう行かないといけないから……」
父に言われた通り、可奈子の手をヒモで縛りながら言う。
「もうすぐ、可奈子のお父さんとお母さんが迎えにくるから……」
「…………」
「もう少しだけ我慢してくれよ」
「うん……」
悲しい顔で可奈子が
足も縛ろうとヒモをかけたが……もしも、何かあったら可奈子が自力で逃げ出せるようにヒモで足を縛るのは止めておいた。
「可奈子、ごめんな……」
最後に口をガムテープで塞いだ。
今にも泣き出しそうに、何度も目を
ふと、ダンボールに並べた四つ葉のクローバーに目をやった。それは放課後、徹が原っぱで見つけた四つ葉のクローバーである。
「これを……」
そのひとつを摘んで可奈子に見せた。
「四つ葉のクローバーに願いをかけると叶うんだ。」
徹は目を瞑って心の中で願い事を唱えた。
神様は信じないと自分でいっておきながら、やはり何かに
「可奈子が無事に家に帰れるように願いをかけたから、絶対に大丈夫!」
紙に包んで可奈子の服のポケットに入れた。押入れを閉めるとき、濡れた瞳で徹をじっと見つめていた。
「さよなら、可奈子」
今日で可奈子は家に帰れるんだ、良かったと思う反面、もう一生、可奈子と会うことは無いだろうという寂しさが、徹の胸を震えさせた。
普通なら出会うこともない、徹と可奈子だが……誘拐された少女と犯人の子供いう、
そして、ふたりの心にはいつしか“強い絆”が生まれていた。
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