パンが無ければ本を読めば良いじゃない!
水無月せきな
福智「パンが無ければ本を読めば良いのよ!」
立花「すまん、まったくもって意味がわからん」
「パンが無ければ本を読めば良いのよ!」
「……はぁ?」
県立築南高校のコの字型の校舎に囲まれた中庭の端。ベンチから立ち上がった福智瑠璃子は突然そんなことを叫んだ。
「だ・か・ら! パンが無ければ本を読めば良いのよ! 立花くん!」
「すまん、まったくもって意味がわからん」
ビシィッと俺を指差す福智に対して、はっきりと言ってやった。
話を少し前に戻そう。
昼休みの開始を告げるチャイムが鳴り、校舎南棟1階の食堂と購買が戦場と化す時間が始まった。購買派である俺はいつも通り購買のパンとジュースで昼食を済ませるため、即座に購買に急行する気でいた。
しかし授業が長引いたおかげで開始から10分ほど遅れて行く羽目になり、その結果俺が目にしたのは他の生徒に食料を持って行かれた「敗北」という現実だった。
ガックリと項垂れた俺がちらりと隣の食堂を見ると、多くの生徒でごった返していた。
……ちょっと待てば人も少なくなるはずだから、今行ってもみくちゃにされる意味はあまりない。
ということで俺は食堂の人の出入りを見れる中庭のベンチに腰掛けたんだが――
そこで俺は同じく購買での戦争に負けた福智と遭遇し、冒頭に至るわけだ。
「わからないってどういうことよ! これほど明快な真理は無いわ!」
「どこが明快なんだよ……」
鼻息荒くまくしたてる福智に、俺は若干気圧されている。
福智瑠璃子。同じ2年1組で、学級委員だ。赤みがかった茶髪を短いツインテールにしている。少し丸みを帯びた顔にぱっちりとして大きい目。印象としては多少ふくよかで可愛い女の子だ。実際、学年内で1、2位を争う可愛さだと(男子の中で)噂されているらしい。らしい、というのは俺自身はあまりそういう話をしないからだ。
まあ普段の福智は品行方正な学級委員、ということで俺の中では真面目なイメージなんだが……
「不服そうな顔ですね、立花くん」
「言いがかりじゃないか、それ」
イメージチェンジでも図りだしたのだろうか、コイツは。突然おかしなことを言い始めたぞ。
「現に、立花くんは不服そうな顔をしています。これは言いがかりでも何でもありません」
「福智、『不服』の意味をわかりやすく教えてくれ」
「それは、納得がいかないこ……」
俺がじっと見つめていると福智の声は尻すぼみになり、両手で「タイム」の合図を示すとくるりと背を向けてスマホを弄り始めた。
しばらくして、
「『不服』とは、納得できないこと、よ!」
ドヤッとしながらそう言い放った。
「うん、そうか」
スマホで調べていたことはツッコまないでやろう。
「む、またもや『不服』そうな顔を……」
「してねえよ!」
福智が冷たい視線を向けてくるが、俺に恨みでもあるのか? 身に覚えが無いぞ。
俺の困惑は完全に無視して、福智の暴走は続く。
「ふむ、立花くんもこの世の真理を理解できたようで何よりです」
「いや、その点については一歩たりとも前に進んでないが」
「む」
福智が眉をひそめた。うん、ことわざにあるごとく、その様子も美しい……ハッ、そんなことを言ってる場合じゃない。何を考えているんだ俺。
俺の一瞬の隙を福智は鋭く突いてくる。
「ここまでの一連の流れで理解できていないとは、立花くんはどこまで低能なのですか」
「いきなり低能呼ばわりとは失礼だな!」
俺の抗議にも、福智はお構いなしだ。腕を組んでしかめ面をしてやがる。本当に今の福智はおかしいと思うんだが、何がこうも変えてしまったのか。
「しょうがないですね、では低能の立花くんにもわかるように解説しましょう」
「超上から目線!」
「真理を教授するのですから当然でしょう」
「うわー」
腰に手を当て、偉そうに胸を張る。お前は新興宗教の教祖かよ。
「さて、私たちは売店での戦いに敗れ、飢えの中にいます」
「そもそも不戦敗に近いがな」
「ではその飢えを満たすためにどうするべきか!」
食堂が空くまで待ってればいいだろ――そう言う前に、福智が口を開いた。
「そこで本を読むのです!」
「その論理の飛躍を説明しろよ!」
何がどうすれば飢えと本が繋がるんだよ!
一番ツッコんでやりたいところというかもうツッコんだが、「言われなくても今から説明しますよ」という余裕に満ちた笑みを福智は浮かべている。クソ、何か腹立つぞ。
「読書とは想像力を行使するもの。つまり、食事のシーンを読むことによって自分も食事した気持ちになることが可能なのです!」
「すっげー眉唾じゃねーか」
げんなりとしながらも指摘してやるが、福智はまったく動じない。
「小麦粉を練ったものでも信じ込めば薬になるとか言うじゃないですか」
「プラシーボ効果か」
「そうそう、それです」
「そうか……って、そんなので良いのかよ」
「これぞ真理!」
「あ、そう……」
もう真面目に反応するのも疲れた。どうやら福智の頭のネジはどっかに飛んで行ってしまったらしい。
「そうよ! これぞ世の理!」
福智は自信たっぷりにそう告げる。俺はもう真面目に聞いちゃあいなかった。
もう食堂の人も減ったころだろうと思って見――
「ということで、何か探してきてください。立花くん」
「はぁ⁉」
――ようとしたら、思いっきりズッコケた。
「何で俺が探さなきゃいけねーんだよ?」
「当然でしょ?」
「どこがだ!」
福智は心底不思議そうに首を傾げながら俺を見ていた。コイツ……
「おい福智。冷静に考えて、俺がパシられる理由がわからん」
「レディファースト」
「使い方違うだろ⁉」
「お腹減ってるんです!」
「俺もだよ!」
ぜぇぜぇぜぇ、とお互いに息を切らして睨みあう。
……ただの待ち時間がどうしてこうなった。
一旦深呼吸しよう。このまま福智のペースに巻き込まれたらダメだ。スー、ハ―。スー、ハ―……
キーンコーンカーンコーン……
深呼吸して心を落ち着けている間に、予鈴が鳴り始めた。
「む、予鈴が鳴りましたね。教室に戻らねば。では!」
「おい!」
しゅたっ、と右手を垂直に挙げ、福智はすぐに校舎へと姿を消した。俺は1人、ポツンと中庭に取り残されてしまった。
不意の静寂が俺を襲う。
さっきまでのは一体何だったんだろうか。俺と同じようにベンチに座っていた福智が、突然叫びだしたかと思えばわけのわからないことを言い始めた。普段は優等生を絵に描いたようなヤツだけに、腑に落ちない。
ややもすると夢だったんじゃないかという感じもする。
あっと言う間に時間が過ぎて――
「って、昼飯食いそびれてんじゃねーか!」
重要なことに気付いた。気付いてしまった。
福智の突然の豹変よりも大事なことに。
「うわ、やらかしたー……」
ごろん、とベンチの上に仰向けに寝転がる。
校舎に区切られた空が、ことさらに青く感じられた。
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