猶予


来週火曜にこの村に赴任する牧師夫妻の息子は今年5つで、彼らを招く日に私の妻は隣家の犬を借りてくるつもりだった。どうかしらね。あらかじめ家に慣らそうと預かった犬を撫でながら妻がいう。その子は喜んでくれるかしら。きっと喜ぶ、大きな犬だと私は答える。妻は背越しに聞いてくる。どうするの。


まだ決めないのと妻がいう。私は黙って妻を見る。妻は犬を撫で続ける。背を向けた妻の手だけが動く。犬はおとなしく寝そべっている。大きな犬だ、子供は怖がらないだろうか。やるなら今しかないでしょう、牧師夫妻は墓地を整備する、駅長さんの奥さんもお隣さんのお父さんも、みんなお墓に帰される。


それは私もわかっている、あの子をもう一度生かすのならば、今すぐ墓地に行くべきだろう。そしてそれを実行し、あの子を連れて帰るべきだろう。けれどもその先はどうだろう、どのみち火曜までの命なのに。許されない、この村の罪を許すためにこそ、牧師夫妻はここに来るのだよ。私の唇はのろのろ動く。借り物の犬を撫でる妻の手が止まる。妻が私に振り返る。


静かな声で私にいう。いいえ、あなたはわかっていない、私はあなたを待っていた、あの日あの子が死んでいくときあなた一人を待っていた。そして今も同じように、あなたの決断を待っている。あなたはお墓には行かないの? 私はあの子を生かしたいわけじゃない、私はあなたを許したい。私はあの子にもう一度死んでほしい、今度こそあなたの目の前で死んでほしいの。


爛々と光る妻の眼でわかった。彼女は息子の死に目に間に合わなかった夫を、おそらく自分自身を除いた誰よりも強く憎んでおり、それで私は火曜が来るまでに誰に許しを請うのかを決めなくてはならない。

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