仮面

「何か家族に伝えることはあるか。」


鈍い光沢を放つ剣の、

鋭い切っ先を私の喉元に突きつけた男が、

仮面の下のくぐもった声で私に問う。


「それがお前の流儀か。」


"家族へ"ではなく、"目の前の男"へ言葉を投げる。


「違う。」


「なら、何故、そのような事を、聞く。」


「これは、」


仮面の男が十数秒黙りこくった後、何かを決したかのように話始めた。


「これは贖罪しょくざいだ。」


「殺した者への罰か。」


「違う。」


「俺自身への、贖罪で、懺悔ざんげだ。

 どうせ自身も碌な死に方はしない。

 だから───」


突然、仮面の男の腹に鈍い衝撃が与えられ、言葉が途切れる。


仮面の男の腹には、ナイフの刃だけが、深々と突き刺ささっていた。


「父の仇。

 取らせてもらった。

 母の仇。

 取らせてもらった。

 兄弟姉妹の仇。

 取らせてもらった。」


経営不振で苦しくなった孤児院。

盗みを働き、人を殺し生計を立てた父。

目の前の仮面に胸を一突きされ死んだ。


罪を犯した父を、知っていながら幇助した母。

目の前の仮面に煩いと喉を裂かれ死んだ。


何の罪もない兄弟達。

悪徳夫妻の罪により、

永らえていたゴミだと、

目の前の仮面は叫び、施設に火を放ち、

兄弟達は焼け死んだ。


崩れ落ちる仮面の男。


仇討ちは為した。

やっと為した。

この時を待っていた、待ち望んでいた。


ナイフのだけ握った私が立ち上がり、父の形見の仮面を拾い上げる。


「此より、この時を以て、私がお前になる。」

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