第17話 レガシー

 冬晴れのある日、突然男が僕の家を訪ねて来た。

 男と言っても、小学生くらいの少年である。彼は片言の日本語で、自分の名前は『シンノスケ』だと言う。

 なるほどそう見れば、少年は日本人にしては肌の色が黒く、明らかにハーフだということが分かる。


 僕が尋ねる。

 「ご用は何ですか?」と・・・

 少年はその眼に涙を浮かべると、急に僕に抱きついて来た。

 「オトウサンニ、アイニキタ」

 (お父さんに、会いに来た?・・・)


 「とにかく、家の中に入って」

 このまま追い返すわけにもいかず、僕はその少年を家の中へと導いた。少年は少し戸惑いながらも、初めて見る日本の家屋に目を輝かせている。



 次の日の朝、玄関のチャイムが何回も連打される。

 (何だよ、こんな朝早くから。はいはい、今行きますよ・・・)

 僕は眠たい目をこすりながら、ドアーを開ける。


 「Доброе утро(ドーブラエ ウートラおはようございます)」

 「はっ? 何処の言葉?・・・」

 「オハヨウ、ゴザイマス」


 見ると、そこには青い眼をした美少女が立っている。肩に大きなバッグを二つも掛けて。

 年の頃ならちょうど中学生ぐらいであろうか、抜けるような白い肌とは対称的に、ほおにはうっすらとそばかすの跡が残っている。

 よく見ると、この少女もどうやらハーフのようだ。おそらくはロシア人か北欧の血が混じっているのであろう。


 僕は気を取り直して、その少女に尋ねる。

 「ご用件は何ですか?」と・・・

 少女はその青い眼から一筋の涙を流すと、急に僕の手を握って来た。

 「ワタシ、パパニ、アイニキマシタ」

 (パパって、やはりお父さんに会いに来たってこと?・・・)


 「まあとにかく、家の中に入りなさい」

 このまま追い返すわけにもいかず、僕はその少女を家の中へと導いた。少女は再び重いバッグを背負うと、僕に続いて玄関の中へと入った。


 家の中から、昨日の少年が挨拶を交わす。

 「ボクハ、シンノスケ」

 「ワタシハ、ニキータ・サクラ ヨ」

 こうして、僕たち三人の生活が始まった。



 それから一週間が経ったころ、またもや一人の鼻が高い男の人が尋ねて来た。

 彼の頭上には、小さな帽子が乗せられている。それは、よくテレビなどで見る、ユダヤ教徒がかぶるようなそれである。

 僕は咄嗟とっさに宗教の勧誘だと思い、「僕は結構ですので」と丁寧に断りを入れると、静かに玄関のドアーを閉めようとした。

 すると、その男が流暢りゅうちょうな日本語で僕に話し掛けてきた。


 「あなたは、高梨啓介さんですか?」

 「えっ、はい。僕は高梨啓介ですけど・・・」

 男は満面の笑みを浮かべる。


 「私の名はアブドル・シャミール・高梨です」

 「高梨?・・・」

 不思議そうに見つめる僕に、その男は右手を差し出す。

 「そう、高梨。高梨作次朗は私の父です・・・」


 人間、仰天するのにこれほどの言葉はないであろう。

 僕の目の前にいるこのハーフの男は、僕の父である高梨作二朗が、自分の父でもあると言っているのである。つまり僕たちは異母兄弟と言うことになるわけだ。


 「あなたは、お幾つですか?・・・」

 恐る恐るその男に聞いてみる。

 「23歳です」

 「23歳!・・・」

 (僕よりもひとつ年下じゃないか。ということは、義弟ということになるのか・・・)

 僕はその髭面ひげづらの風貌からはとても想像もつかない返答に、しばし呆然としてしまった。


 「に、日本には何をしに来たのですか?・・・」

 彼は一枚のコインを取り出すとそれを僕に見せる。

 「父が私の母にプレゼントしてくれたものです。珍しい穴のあいているコインです」

 見ると、それは日本の五円玉である。製造年は昭和四十一年となっている。

 (ということは、まさかあの二人の子供達の父親も、僕の父作二朗だということなのか?・・・)

 

 僕には少しずつ、一連の流れが見えてきた。

 つい先日退職するまで、外国船航路の副船長をやっていた僕の父。長いときには、一年以上も家を空けることもあった。その度に僕は寂しい思いをしたものだ。

 いっぽう母は、僕が大学生の時に事故で亡くなった。だから今この家には僕しか居ないのだ。


 そして先週からその僕の家へと次々にとやってくる、世界中からのハーフな義兄妹達。どう考えたって父親は作二朗ということになりそうである。

 (と言うことは、父は母が生きていたときから世界中に・・・)


 そう思案している僕のことを、小さな赤ん坊を抱いた女性がこちらを見ている。日本人に似てはいるが、どこか雰囲気が違うようだ。


 もちろん、こちらから声を掛ける。

 「こんにちは・・・」

 女性はニッコリと微笑むと、小さく頭を上げる。


 「|สวัสดี ครับ/ค่ะ (サワディー クラッ(プ) / カーこんにちは)」

 (へっ、これ何語だよ?・・・)

 すると、隣で聞いていた義弟が耳打ちをする。

 「タイ語のようですね」

 「タイ語?・・・」


 僕は必死で日本語と片言の英語を交えて話そうとするが、この女性には全く通じる気配すらない。それでもしきりに「サクジロウ、サクジロウ」と父の名前を口にしている。

 おそらくは、この赤ん坊も僕の義兄弟ということであり、目の前の女性は僕にとっては義理の母と言うことになるのだろう。

 

 (いったいこの後、何人ぐらいの義兄妹達が世界中からこの家へとやってくるんだろうか?・・・)

 しゃべる言葉に肌の色、そしてどこか5人は、互いの顔を見合わせる。

 

 (ふっ、それにしても父さん、やるもんだな・・・)


 僕はこの夏にがmmで他界した父の遺影に、一人苦笑した・・・



【語彙】

レガシー:ひとことで言うと、「遺産」という意味です。

「遺産」は故人または過去の団体が残した財産など所有物全般の他、業績・功績や仕組みなど、または成果(成果物)的なものも含みます。

 


 


 


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