第4話

 この世界には魔法が存在する。


 いやまあ、魔法の存在は女神から聞かされていたことだけど、それでも俺は半信半疑だった。


「――ファイア」と言ってエレナは掌に炎を発生させる。何の前触れもなく、ただ彼女が「ファイア」と言っただけで掌に炎が現れた。


「――ウォーター」と言えば水球が現れ、「――ウィンド」と言えば空気の流れ/風が発生した。


 実際にエレナが実演してくれて、俺は魔法をこの目で見て、俺はこの魔法という存在を認めざるを得なくなった。


 この世界には魔法が存在する。


 これは紛れもない事実である。


「特殊な呼吸法によって魔力を精製し、魔法式を唱えることで発動するの」


「ファイアとかウォーターって言うのが魔法式?」


「そう。ま、厳密に言えば簡易魔法式に分類されるんだけど」


 首を傾げる。


「魔法式って言うのはね、その魔法を構成するもので、意味ある言葉を意味ある順に並べたものなの。簡易魔法式は本来複雑である魔法式を簡略化したもの。初級魔法とはいえその魔法式は複雑。だから、簡易魔法式が編み出された。それに魔法式は長いから、詠唱時間の短縮という意味合いもある」


 ちなみに、とエレナは続ける。


「ファイアの魔法式は《我、かの顕現を望む・触媒は魔力/現象は燃焼/その名は火炎》。

 ウォーターは《我、かの顕現を望む・触媒は魔力/現象は水素と酸素の化合/その名は水》。

 ウィンドは《我、かの顕現を望む・触媒は魔力/現象は気流/その名は風》。

 こんな感じかな。あとは、顕現させるものを想像させることが大事。火なら火、水なら水、風なら風を頭の中でしっかりとイメージすること。頭の中で思い描けないことは魔法で顕現させることはできない」


「つまり、顕現させるものの原理・構造を理解し、そのものの具象をイメージすることさえできれば何でも魔法で顕現させることができるってことか」


「そういうことになるね」


 意外と万能なのではないか、魔法。


「聞いた感じ簡単そうだな」


「魔法でいろんなものを顕現させるには、いろんなものを知らないといけないのよ。知識は勉強しないと身に付かない。魔法はある程度の知力が必要なの」


「勉強すれば済む話だろ」


「勉強にはお金がいるの。学校へ行くお金。教材を買うお金。私も独学で魔法の勉強をしてはいるけど、やっぱり独学には限度がある」


「学校に行けばいいんじゃないか」


「学校に行くっていうのは簡単なことじゃないのよ。うちは鍛冶屋だけど私を学校に行かせるほどお金はないし、お父さんは私に家業を継いでほしいと思っている。だから私を学校に行かせるつもりはない」


 日本みたいに義務教育があるわけではないらしい。どうやら学校で勉強するということはお金持ちに許された行為らしい。


 学校に行きたいのか? なんて野暮なことは訊けなかった。学校なんて怠いだけでしかないと思っていた俺は幸せだったのだ。学校に行きたいと願う、勉強がしたいと願う人を目の前にして、小学校から大学までしっかりと通った俺は彼女に何も言えなかった。


「というか、魔法が得意なんだな」


「え、それがなに?」


「いやだって、鍛冶屋の娘だろ。イメージ的には剣術の方が得意そう」


「まあ、確かにうちは剣を作って領主の護衛隊に納品してるけど、剣を作っている家の子だからって剣が使えるとは限らないわよ」


「剣が使えないのに剣が作れるのか」


「私はまだ鍛冶をさせてもらえないし、お父さんは私と違って剣が使える人だから」


 覚える気がないんだろ、と俺は思う。口にはしないが。


「まあ、とりあえず」


 エレナの家庭の事情についてはあまり深く関わらないようにしよう。俺なんかの赤の他人がああだこうだ言うことなんて何もないのだし。


 それよりも、俺はこれからこの世界で生活をする。この世界は魔法が当たり前のように存在し、基礎的なものであれば皆が扱えるもの。ならば、俺も使えるようにならなければいけないというものだ。


「俺に魔法を教えてくれ。ここにいる以上は覚えておかないと不便だろうし」


 あの女神は俺に魔法の才を授けているはずである。だから、魔法を覚えることに関しては、さほど苦難することもないだろう。


「うん、いいよ。もとより私はそのつもりだった。基礎的なものならそんなに難しくないしね」


 エレナはそう言った。

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