66話 「家族」


 「はぁ………僕はとても悲しいよ、どこで教育を間違えてしまったんだろう……この……このバカ娘!!」

 「ひぃっ、お父様!?」

 

 古家さんは目を真っ赤にして涙をこらえながら言葉を発している。ヒガンバナはそんな古家さんの姿を見て驚き、そして怯えた。

 

 「久我君、うちのバカ娘達がすまなかった」 

 「……っ」

 

 古家さんが俺に頭を下げて謝る。それに対し俺はなんて言葉をかけていいのか分からなかった。

 

 「それと山木君、娘を離してくれないか? 警察としての仕事があるかもしれないがここはどうか僕に任してほしい……親としてその娘達にきっちりとけじめをつける」

 「爺さんそれは無理だ……それにあんた何する気だ?」

 「……頼むよ、山木君」 

 

 ゾワッ。

 

 「うっ!? わ、わかった爺さん」

 

 古家さんは鬼の形相をしながら場を威圧する。それにただならぬ気配を感じた山木さんはヒガンバナを離す。

 

 「……あなた達なんて事を」

 

 横で心春さんが悲しそうに目を伏せている。怒らせてはいけない人を怒らせた。尋常じゃない雰囲気を感じ胡蝶が俺にしがみつく。

 

 「繭、怖い!」

 「夢見鳥私の後ろにいて」

 

 繭さんは危険を感じたようで夢見鳥ちゃんを自分の後ろ移動させて守ろうとする。そしてその側でボタンとバラがお互いに怯えて抱き合っていた。

 

 「いや……お父様許して」

 

 ヒガンバナちゃんがこの世の終わりのような顔をして古家さんに許しを請うが古家さんは全く取り入らなかった。

 

 「さて、君達が何をやったのか確認するよ」

 

 古家さんはそう言って何かを掴む素振りをして手を伸ばす。

 

 「……うっ!? うわああぁあ!」

 「えっ、何どうしたのスイカズラ!?」

 

 突然気絶していたはずのスイカズラちゃんが身体を仰け反らせて苦しそうな声を上げる。

 

 「嫌あああっ! 助けてヒガンバナお姉様! 身体から何かが拔けちゃう!」

 

 スイカズラちゃんは自分の身体に何が起こっているのか確かめようとして上着のボタンを開け始める。

 

 「なっ……何これ、ヒガンバナお姉様助けて……うっ!」

 

 スイカズラちゃんの胸に紅い蝶の模様が浮かび上がる。

 

 ヒガンバナちゃんは助けを求められてもどうすることもできずに呆然と見ている。

 

 「嫌ぁあああああ!!」

 

 やがてスイカズラちゃんの絶叫とともに蝶の模様は身体から剥がれると、まるで生きているかのように羽を羽ばたかせて古家さんの伸ばした手へ向かって行く。

 

 何だあれ、俺は夢を見ているのか? 現実にあんなファンタジーみたいな現象が起きてる!

 

 この現象を見て改めて古家さんが魔法使いだと言うことを認識した。

 

 もしかして、あの蝶々が前に古家さんが言っていた『印』か?

 

 「…………ふむ……そうか、お前達妹になんて事を……う、うううっ……仕方ない……罰を与える」

 「えっ……お父様?」 

 

 古家さんは手の平に乗った蝶から何かを読み取ると、それを易しく包み込むようにした。すると蝶は古家さんの手の上でさなぎの形になった。

 

 蛹は心春さんに手渡された。

 

 古家さん……まさかっ!?

 

 俺は古家さんがとても恐ろしい事をしたと直感した。

 

 「えっ……どういうこと? スイカズラ……スイカズラ起きて!」

 

 ヒガンバナちゃんが必死に呼びかけるがスイカズラちゃんは仰向けに倒れたままで反応しなかった。スイカズラちゃんは命のない人形に戻った。

 

 「古家さん、もしかしてスイカズラちゃんを……殺したんですか?」

 「そうだよ久我君」

 「なんで……あなたの娘ですよ!?」

 「久我君、僕は人を傷つける為に人形を作った訳ではない、僕は人々から愛されて尚且つ人を幸せにできる人形を作りたいんだ……けど彼女達はその逆をしてしまった」 


 古家さんはヒガンバナちゃんを睨みつける。

 

 「僕の娘達は人を傷つける危険な人形だ、だから……殺すしかない」

 

 ゾッとするほど冷たい声で古家さんは喋り終わると再び手を伸ばす。

 

 「うっ……きゃあああ! お、お父様ぁ許してぇ!」

 

 ヒガンバナちゃんが片腕で胸を押さえて苦しそうに転がりながら絶叫を上げる。

 

 「……中庭が騒がしいから来た、お父さん達何してるの? ……………え?」

 「お父さんやめてっ! ヒガンバナが苦しんでる!」

 

 騒ぎを聞きつけ家にいたガマズミちゃんとキンセンカちゃんが来た。その後遅れて外から急いて帰って来たであろうヒマワリとツキミソウが息を切らせながら来た。

 

 「ハァハァ…………嘘、なんで?」

 「ハァハァ…………お父さん……ヒガンバナ姉ちゃんを殺すの?」

 

 「あなた達、来たらダメ! 早く部屋へ戻りなさいっ!」

 

 心春さんが慌てて四人をこの場から出て行かせようとする。

 

 「なんで、やめてよ! また姉妹がいなくなるのは嫌だよ!」

 

 ヒマワリが叫ぶが古家さんは無視をして、ヒガンバナちゃんの生命を奪おうとする。

 

 確かにヒガンバナとスイカズラはしてはいけない事をしたから罰を受けるのは当然だ、けど……こんなの間違ってる。

 

 俺は心の中でそう思ったが何をどうしたらいいのか分からなかった。

 

 「親父、いい加減にしろぉ!」

 「うわっ!」

 

 その光景を見かねた胡蝶が古家さんの胸に掴みかかった。その瞬間古家さんの魔法が解けたのかヒガンバナは苦しまなくなった。

 

 「親父はなんでそんなに過激なんだ……悪い事をしたら叱ればいいだろ!? 何故殺そうとする? 私達が人間じゃなくて人形だからか?」

 

 胡蝶の訴えに古家さんはギョッとした。

 

 「うううっ……ぐすっ、なんでだよ、親父は本当は私達姉妹を愛していないのか?」

 「違う!」

 「ならなんで姉貴達の事を無視するんだ、話を聞いてやれよ! また同じ過ちを繰り返すのか!?」

 「っ!?」

 

 古家さんは何かを思い出したようで呆然とする。

 

 「…………そうだった、僕はまた同じ過ちを繰り返そうとしている、あの時もこの子達の言うことを無視して失ってしまったんだ……あ、あああっ僕は何て事を」

 

 泣き崩れる古家さんを胡蝶は上から易しく包み込み語りかける。

 

 ……。

 

 「親父、今回起こった事の原因は私達家族の中の誤解や隠し事のせいだと思う……だから話合って解決しよう、そうして再び幸せな家族になろう」

 「うううっ……そうだね、僕は君達を作ったけど確かに知らない事もある……そんな事に気付かなかったなんて僕は……父親っ……うわあああ!」

 

 ……。

 

 古家さんはしばらくして泣き止むと立ち上がり心春さんから蛹を受け取る。

 

 蛹は古家さんの手の上で蝶に変化するとスイカズラちゃんの身体へ戻って行き消えた。

 

 「う、うう……ヒガンバナお姉様」

 「スイカズラっ!」

 

 復活したスイカズラに心配そうにヒガンバナが寄り添う。そこへ古家さんが近づいて行くと二人は身体を震わせて怯える。

 

 「さて、お前達……先ずは改めて名前を教えてくれないか? 名前が分からないと叱れないからね」

 「……えっ、お父様?」

 

 俺は以前古家さんが理由は分からないが娘達がお互いを古家さんが知らない名前で呼び合っていると言う話をしていたのを思い出した。

 

 「……私は……ヒガンバナです」 

 「……スイカズラです」

 「そうか、ヒガンバナ、スイカズラ……この馬鹿娘! 悪い事をして家族と久我君を傷つけるなんてダメじゃないか!」

 

 バチン、バチン。

 

 「うっ」 

 「きゃ」

 

 ヒガンバナとスイカズラはビンタされた。

 

 「お前達もこんなにボロボロになって、痛かっただろ? でも君達はこれを他人にやったんだ、だからしっかり反省させるからね……うううっ」

 「ごめん……なさい、ボタン、バラ……ごめん、なさい久我様、胡蝶、夢見鳥……ごめんなさいお父様ぁ!」

 「うわあああん!! ごめんなさい!」

 

 二人は古家さんに易しく抱きしめられると何度も泣きながら謝る。

 

 「……お父さん、私達も謝る、ごめんなさい」

 「……私達も悪い子」

 「……ぐすっ、突然どうしたんだお前達?」

 

 ガマズミちゃんとキンセンカちゃんが古家さん達の側に駆け寄り謝りだした。

 

 「……私はガマズミ」

 「……私はキンセンカ」

 

 突然の自己紹介に古家さんは戸惑った。

 

 「私の名前はヒマワリ!」

 「私はツキミソウ!」

 

 ヒマワリ達まで古家さんの側に行き自己紹介をし始めた。

 

 「えっ? すまないお前達、僕にはいったいなんのことやら」

 「聞いてよ父さん、私達隠し事をしていたの! それは私達姉妹は姿形が同じだから個性を持ちたいと思って父さんが付けてくれた『胡蝶』と『夢見鳥』という名前を捨てたの!」

 「それでさっき言った言葉が私達姉妹の名前……ごめんなさい私達父さんが考えてくれた名前を捨てたことが申し訳なくて今まで隠してた、悪い子だから叱って!」

 「……そうか、お前達はそう思っていたのか、たまにお前達が僕の前でその事を隠そうとするのを見て僕は娘達から信頼されていないと思っていたよ」

 

 古家さんは説明を聞いて納得した顔をした。

 

 「ガマズミ、キンセンカ、ヒマワリ、ツキミソウ……よく聞きなさい、君達を叱る、もう家族の中で隠し事は無しだ、わかったかい!」

 

 人形達は古家さんの言葉に頷く。

 

 どうやら胡蝶が言っていた誤解と隠し事とはこの事だったようだ。まだまだ他にもあるだろうがきっと大丈夫だろう。

 

 「お父様、私はボタンです!」

 「バラです!」

 

 「お、お前達に関しては今後はもっと慎みを持って露出を抑えなさい!」

 

 古家さんは最後にボタンとバラを叱りつけると皆ひとまずこの場所を出るように言った。

 

 ……。

 

 「はぁ、報告書にはなんて書こうかね、まさか人形が事件を起こしただの古家の爺さんが魔法を使ったりしたなんて正直に書けねぇしな……はぁ、どうしよう」

 

 山木さんは頭を悩ませながらパトカーで帰って行った。

 

 古家さんはボロボロになったボタンとヒガンバナ、後はスイカズラの三人を修理する為に今日の仕事を全て休み自宅の人形工房へ向かった。その他の人形達は古家さんの手伝いだ。

 

 「うわああん、繭ぅ」

 「よしよしもう大丈夫だから……あっ、大我さんすみませんどうしても夢見鳥が離れたくないらしくて」

 

 「いいですよ、それに心配しないでください、俺はちょっと病院に行って傷口を縫って来るだけですから」

 

 俺は今回腕を怪我してしまったのでこれから心春さんの運転する車で病院に治療しに行くことになった。

 

 「うふふ、繭様心配しないでください、わたくしがちゃあんとお兄様……ごほん、大我様を無事に病院へお届けいたしますからぁ、えへへ」 

 

 「ちょっ、痛ててててっ! 心春さん腕を組まないで、傷口が痛いです!」

 

 繭さんが俺と心春さんの事をスゥっと目を細めて見る。

 

 「へぇー、そうですか、心春さん運転には気をつけてこれ以上大我さんが怪我しないようにしてくださいね!」

 

 棘がある言い方で繭さんは心春さんを注意すると夢見鳥ちゃんを連れて部屋へ戻って行く。

 

 心春さんは顔をヒクヒクさせると車を取りに向かった。

 

 やべえ繭さんを怒らせちゃった……どうしよう。

 

 「おい大我!」

 

 今後の事に頭を悩ませていると胡蝶に呼ばれた。

 

 「お前さっき繭を嫉妬させて怒らせたな? ったく気をつけろよ、お前は女にだらしなさすぎる」 

 「ごめん」

 「私に謝ってどうする……それより繭はお前の彼女になったって事で良いのか?」

 「……あぁ」

 「そうか、おめでとう」

 

 胡蝶は笑顔で祝福してくれる。それを見ると身勝手ながら心が締め付けられる。

 

 胡蝶、本当にすまない……俺はお前を捨てて繭さんと……。

 

 「なぁ大我、家族っていいもんだと思わないか?」

 

 俺の気持ちを知ってか知らずか胡蝶がそう質問してくる。

 

 「私は良い親父と良い沢山の姉妹が居て幸せだ」

 「そうだな、あんなに愛に溢れた家族は見たことない、正直お前が羨ましいよ」

 

 「そうか羨ましいか、でもお前も繭と一緒に私のような家族を作るんだよな」

 「えっ?」

 「んっどうした? 私は何かおかしな事を言ったか?」 

 

 俺は繭さんと付き合っている、ということは将来お互いに何も問題なく好きあっていれば結婚して胡蝶が言うような家庭を築くことがあるかもしれない。

 

 しかしだ、もし俺と繭さんがそんな事になったら胡蝶と夢見鳥ちゃんはどうするんだ?

 

 未来の事を想像してみたが何故かこの二体の人形が俺達の家庭にいるところを想像することができなかった。

 

 「大我、なにしけた顔してんだよ」

 「いや、別にそんな顔してねぇよ、それより胡蝶ありがとな、帰ったら新しい服を買ってやるよ」

 

 胡蝶は俺が腕を怪我した時に自分の着物を破いて止血をしてくれた。

 

 「それは嬉しい提案だな、けど遠慮するよ、彼女の繭を差し置いて私の服なんか買ったら繭が嫌な思いをするだろ?」

 「おいおい、いくらなんでも繭さんはそんなこと思わないと思うぞ」 

 「はぁ、大我……お前は本当に分からない奴だな、いいから私の言うことを聞いておけ、それに服は親父に買わせるよ……ふふ、久しぶりに帰って来た可愛い娘のお願いなら聞いてくれくだろ」

 

 胡蝶はまるでいたずらをするような笑顔を俺に向ける。その笑顔にドキッとした。

 

 ダメだ、俺はもう胡蝶と付き合うことはできない、俺は繭さんを守るって決めたんだ!

 

 「大我様ぁ!」

 

 心春さんが車を持って来て窓を開けて俺を呼ぶ。

 

 「大我早く行って怪我を直して来い」

 

 そう言って胡蝶は俺の背中を押す。

 

 俺は車に乗り込みサイドミラーから胡蝶の様子を眺める。胡蝶は立って腕を組みずっと俺を見ていた。そうして車が道を曲がって見えなくなるまで俺を見送っていた。

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