20話 「魔法使いの父」


 古家さんに案内され和風のお屋敷の中へ入る。

 

 玄関は広く整理されていてまるで昨日宿泊した旅館の玄関のようだった。

 

 広いなあ。

 

 只それだけしか思えないほど広い。

 

 玄関から奥は和室が広がっていて、風遠しをよくするためか全ての障子が開いた状態でそれにより広さを感じる。

 

 見たところクーラーはついてはいるようだが作動しておらず自然の風だけで涼しさを感じる造りになっている。

 

 「みなさんご案内しますねぇ、しゃちょー! お連れしましたぁ!」

 

 古家さんが叫ぶが反応は返ってこない。それでもかまわず古家さんが案内してくれる。その際屋敷の全体を観察すると木造で建築されており木のぬくもりを感じた。


 客間に案内されると座布団が人数分置いてあり、そこへ座って待った。その間古家さんはお茶を持って来ると言って立ち去って行った。

 

 「大我さんここすごいですね、私緊張しちゃいます」

 「繭さん俺もですよ、まさか人生でこんなお屋敷に来ることがあるとは思わなかったですよ」

 

 ふと隣を見る。俺の隣には胡蝶がいたが表情は固い。胡蝶はここに来るまで一言も喋っていない。余程緊張しているようだ。

 

 「胡蝶大丈夫だよ、心配するな」

 

 俺は胡蝶の手を握ると胡蝶は何も言わずに握り返して来た。

 

 「うー、夢見鳥つまんなーい繭とくっつくー!」

 

 夢見鳥ちゃんはじっとするのが耐えれないようで繭さんに抱きついた。

 

 「ちょっと夢見鳥やめなさい!」

 

 繭さんは夢見鳥ちゃんを叱っているその時客間に老人が入って来た。

 

 「おやおやずいぶんと仲が良いねえ、夢見鳥を大切にしてくれているようで嬉しいよ」

 

 この人が社長で尚且つ胡蝶達の父親なのか?

 

 老人は白のシャツに普通ごくありふれたズボンを履いて落ち着いた雰囲気をしており顔は人の良さそうで髪は全部白髪でオールバックにしている。

 

 「す、すみません……こら夢見鳥離れなさい」

 

 夢見鳥ちゃんは離れるように言われても繭さんから離れず、背中に隠れるようにして老人に尋ねる。

 

 「……お父さん、夢見鳥のこと覚えてる?」

 「もちろん娘のことは全員覚えてるよ良さそうな人に嫁げてよかったねえ、まさか相手が女性だとは思わなかったけど」

 「そうなのー! 繭は夢見鳥の旦那さん……じゃなくて繭は女の子だからお嫁さん? わかんなーい」

 

 そう言って夢見鳥ちゃんははしゃいだが繭さんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

 俺は始めて会うので自己紹介をする事にした。

 

 「始めまして、俺は久我大我です」

 

 俺に続いて繭さんも自己紹介する。

 

 「おぉ君が久我君だね、僕は古家亮太郎ふるやりょうたろうです、話しは聞いてると思うけど僕が幻想的人形工業の社長で胡蝶と夢見鳥の制作者兼父親だ」

 

 古家さんはそう言って俺に微笑みかける。古家亮太郎さんは見た感じ紳士だ。


 「お茶をお持ち致しましたぁ」

 

 女性の方の古家さんがお茶を持ってくる。

 

 「ありがとうございます古家さん」

 「ふふふ、久我様それじゃあどちらにいってるのかわかりませんよぉ?」

 「え、あぁそうですね」

 「そうですわぁ、わたくしのことは心春とお呼びください」

 「ええとそんな行きなり恥ずかしいですよ」

 「そんなことないですわ、でしたらわたくしも久我様ではなく大我様とお呼びしてもよろしいですかぁ?」

 「それは構わないですけど古家さん」

 「こ、は、る、ですぅ」

 「う、……心春……さん」

 

 心春さんおっとりとしているが押しが強い。こうして俺は心春さんの言葉に従わざるをえなかった。

 

 「こら心春、久我君が困っているからやめなさい、それと胡蝶そんなに怖い顔をしてたら久我君に嫌われるよ?」

 

 胡蝶を見ると、この浮気者と小声で言って俺を睨みつけている。

 

 「久我君は確か胡蝶に乱暴されてるんだったね、もしかして胡蝶を僕に引き取ってもらいたくてここへ来たのかい?」

 

 胡蝶がぎょっとして俺を見る。俺は慌ててここまで来ようと思ったいきさつを話した。

 

 「…………あははは! 久我君、君は本当に面白いね、実はあの時電話で話したのは僕なんだよ」

 

 そうだったのか、まさかあの時の担当者の男性が社長さんだったなんて。

 

 「それにしても久我君は胡蝶を大切にしてくれているようだね、今胡蝶がきている服と髪飾りは君があげたものだろう、父親として嬉しいよ」

 

 古家さんは慈しむような目をしている。

 

 「……親父」 

 「なんだい?」

 

 胡蝶が意を決したかのように切り出した。

 

 「……あんたが本当にわたしの親父なんだな?」

 「そうだよ胡蝶」

 「……そうか」

 

 すると胡蝶は古家さんの側へ行き抱きついた。

 

 「親父ぃ、会いたかったよぉ親父ぃ!」

 「お姉ちゃんずるい! 夢見鳥もする!」

 

 夢見鳥ちゃんも胡蝶と同じように古家さんに抱きついた。

 

 「はは、娘にこんなに好かれるなんていいもんだねえ」

 

 古家さんは胡蝶達を優しく抱き締める。俺と繭さんはそれを優しく見守った。

 

 「……お父さんを取らないで!」

 

 突然目の前にいる筈の胡蝶が別の障子の戸から部屋に入ってきて言った。

 

 「え、胡蝶? でも今そこで古家さんに抱きついてるよな?」

 

 すると先程の戸から来た胡蝶の後ろにもう一人夢見鳥ちゃんが現れて言う。

 

 「……お父さんはみんなのもの!」

 

 俺と繭さんは驚いて顔を見合わせた。

 

 「なんだお前ら!? って、私と同じ顔だと?」

 

 そう言って古家さんに抱きついている胡蝶は混乱しいる。

 

 「あぁ驚かせて悪かったね、この娘達も僕が造った人形なんだ、みんなおいで」

 

 部屋に先程の二人の他に六人入ってくる。どの子も胡蝶と夢見鳥ちゃんと同じ顔をしているがよく見ると一人一人髪型が違う。

 

 「僕は球体関節シリーズを全部で十体造ってね君たちが連れて来てくれた二人の娘達を合わせて今ここで全姉妹が集合したことになる」

 

 古家さんは人形に囲まれながら俺達に言う。

 

 「あ、あのどうして夢見鳥達みたいな人形を造ったんですか? それとどういった仕組みで動いてるんですか?」

 

 繭さんが質問する。

 

 「それは俺も気になります、むしろそういったことを知りたくて俺達は来ました」

 

 そうすると古家さんは一息ついて語り始めた。

 

 「どこから話し始めればいいか……そうだなまずは僕の家系から話そうか私の家は昔は豪商だったんだけど先祖にカラクリ人形が趣味の人がいてね」

 

 ……。

 

 古家さんの家系は豪商で代々商売をしていた。


 そしてこの地域の名家らしい。その中にカラクリ人形を趣味にする人がいたらしく代々そういった人形を扱うことが家業とは別に引き継がれていたのだ。

 

 ……。


 「僕は人形が好きでね家業を継がずに人形作家になろうと美術学校に通ったよ、もちろんその時は親に反対されたなぁ」

 

 古家さんは懐かしむように言う。

 

 「学生時代は熱心に人形造りに励んだよ、でも一つ悩みがあってね……僕は女性にモテなかったんだよ」

 

 ……俺はそれを聞いてどう反応すればいいんだ?

 

 「あの時は寂しかったなあ、でも家へ帰れば僕が造った人形達が迎えてくれて支えてくれたよ、でも結局最後まで恋人は出来なかったけどね」

 「それでどうなったんですか?」

 

 俺が尋ねると古家さんは真面目な表情をして答える。

 

 「僕は大学を卒業後人形作家として活動していたよ……三十歳を迎えた辺りかな急に僕が造る人形に人間味がまして来たんだよ、それは歳をとるに連れて洗練されていった」

 

 一旦古家さんはお茶を飲んで一息つき続きを話す。

 

 「僕が造る人形は次第に本物と見間違えるくらいになった、調度その時僕の両親が亡くなって同時に家業が上手くいかずこの屋敷を手放さなくちゃならなくなったんだ」

 

 俺は続きが気になりごくりとつばを飲み込む、気がつけばここにいる全員が古家さんの話しに静かに耳を傾けていた。

 

 「僕はなんとかこの屋敷を残したいと思ったんだ、それは最期まで僕が人形作家になることを反対した両親に対する償いと親孝行になると思ったからね」

 

 古家さんはふぅと溜め息をつくと元の人の良さそうな顔に戻った。

 

 「まぁ後は簡単だよ、僕は屋敷を維持する資金を稼ぐ為に人形造りの技術を活かした会社を設立して今に至るんだよ」

 

 俺達は古家さんが人形を造ろうとした理由はわかった、しかし肝心の胡蝶達がどうやって動いているかまだ分からない。

 

 「あの、古家さんまだ胡蝶達がどうやって動いているのか教えてもらってないです……もしかして企業秘密ですか?」

 

 そう尋ねると古家さんは急に俺を睨みつけてきた。

 

 「……久我君、一つ聞くが君は『童貞』かね?」

 「…………はい?」

 「どうなんだね!?」

 

 古家さんは凄い剣幕で問いかけてくる。

 

 俺は回りを見渡した。

 

 他の人形たちは興味なさそうにしているがそのなかで俺の胡蝶だけが不安な表情をしている。

 

 「ねえ繭、『童貞』って何?」

 「夢見鳥は知らなくていいの!」

 

 繭さんも夢見鳥ちゃんとそんなやり取りをしたあと不安そうに俺を見てくる。 

 

 心春さんは妖しい視線を送ってくる。

 

 俺は覚悟して答える。

 

 「……童貞ですけどそれが何か?」

 

 俺の答えに女性陣はほっとした表情になる。

 

 「……そうかね、実は僕ももう歳だがまだ童貞なんだよ」

 

 古家さんは先程と表情を変えぬまま俺にカミングアウトする。

 

 なんだこれ? 古家さんはともかく俺が童貞だってみんなにばらす必要性あったのか?

 

 「あの古家さん、それと人形が動くことになんの関係者が有るんですか?」

 「大有りだよ久我君、良く聞きたまえ……どうやら我々男性は三十歳まで童貞で過ごすと……」

 「過ごすと?」

 「……魔法が使えるみたいなんだよ!」

 

 …………。

 

 「……ふぅ」

 

 俺は溜め息をついた。

 

 「おーい胡蝶帰るぞ、さあ繭さんも帰りましょう」

 

 俺はバカバカしくなって立ち上がり帰る支度をした。

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