1話 「美少女が家にやって来た」

 

 「うをおおぉ!」


 俺は思わず雄叫びを上げてしまった。何故なら俺の目の前で箱に詰められた裸の格好の美少女の人形が横たわっているからだ

 

 そんな見る人が見たら一発で通報されるような事をしている俺の名前は『久我大我くがたいが

 

 彼女居ない歴、二十四年=年齢、もちろん童貞だ。経歴は少々変わっているがつい最近まで。高校を卒業してから入隊し青春を猛者だらけの自衛隊で過ごしていた。

 

 趣味は、サバイバルゲームと格闘技。そんな暑苦しい趣味を持った俺に残念ながら女性は興味を持ってくれなかった。

 

 そんな事が続いて最後にこんな女っ気のない生活は嫌だと感じて俺はこともあろうに自衛隊を退職してしまった。

 

 崇高な国防任務をなんだと思ってるんだか。もちろんそんな生活を抜け出したからといってすぐに彼女ができるわけでなく後悔した。そんな女性に免疫のない俺が手を出したの物が『ラブドール』だ。

 

 「あぁ、こいつのせいで今月はピンチだ」

 

 つい頭を抱えてしまう。今回俺は退職金の半分を使いラブドールを購入した。ちなみにその界隈で有名な『幻想的人形工業』製だ。

 

 「まぁ悩んでもしょうがねえ、今はじっくりと拝見するか……うひひっ」

 

 今の俺の顔を見たら百人中百人が変態と答えるだろう。そうして変態は箱に横たわる美少女の人形を観察した。


 心が晴れ渡るようなBGMが流れると同時に謎のナレーションが始まる。


 ___


 その少女はこの世の者ではないように見える。顔はとても美しい。ちょっと下の方を見てみよう。


 まずは首筋だ。肌は白く綺麗だ。その下の胸は彼女の長い髪で隠れていて完璧に見ることができないが形状から小ぶりであることが確認できる。

 

 体のスタイルは細くしなやかで品が有る、もし仮に大きくてゴツい体の男が抱っこすれば壊れてしまうのではないかと思うほど華奢だ。

 

 一見すると完璧な美少女だが実は人形、しかも種類は球体関節人形だ。その為美少女は人間と見間違えそうな程に精巧に造られているが残念な事にその特徴的な関節により美少女は人間ではなく人形だと分かってしまう。


 以上わたくし、謎のナレーションが感想を申し上げました。

 ___


 「……って誰だよ俺の頭の中で勝手にナレーションする奴は!?」

 

 自分一人でツッコミを入れる。もうこれは端から見たらとてつもない変質者だ。ふざけるのをやめて改めて顔を見る。その瞬間俺は後悔してしまった。

 

 美少女の人形の髪は腰まで伸びて前髪は綺麗に整えられている。まるで平安時代の貴族の娘みたいだ。

 

 次に俺を後悔させる事になったのは人形の顔。彼女の顔は業者のサービスなのか知らないが化粧が施されている。

 

 唇は小さく、口紅を塗ってあるので真っ赤で少し口を開いた状態でいる。鼻も小さくかわいらしいしもう何もかも全部が全部小さく整っていてたまらない……しかし問題なのは『目』だ。

 

 目は口ほどにものを言うという言葉があるが今の彼女はにピッタリその言葉が合う。

 

 彼女は目の周りを薄い紫で化粧をして、そして気だるそうに目を半分閉じている。いわゆるジト目と言われるものだ。

 

 全体的に彼女は化粧と相まって妖艶な雰囲気を醸し出しているてその雰囲気がまるで俺を拒絶しているように感じた。

 

 「うわーやばいやばい、こんな女の子は俺の手に負えねー!」

 

 顔を両手で隠し悶ながら叫んだ。


 ダメだ、今までこんな女の子に会ったことねぇよ。

 

 「おいっ! さっきからうるせぇんだよ、ぶっとばすぞ!」

 

 あまりに俺の叫び声がうるさかったので隣に住むおっさんが壁を叩きながら怒鳴ってきた。

 

 「はいっ、すみませーん!」

 

 俺は飛び上がり反射的に壁に向かって気を付けをしながら叫んだ。

 

 「……ったくこれだから壁の薄いボロアパートは」

 

 そう悪態をつきながら俺は箱の前に腰をかけた。

 

 「はぁテンションを上げすぎたな」

 

 改めて箱に目を向ける。

 

 「そうだ、何が手に負えないだ、たかが人形だろう?」

 

 そう自分に言い聞かせて人形……彼女を箱から抱き上げた。

 

 「うわぁ柔けぇ……」

 

 シリコンで作られた体なので柔らかくこの暑さのせいか少し温もりを感じた。

 

 まるで本物に触っているようだ……と本物に触ったこともない俺が錯覚するほど精巧に作られていた。

 

 「こっ、これからこの美少女と一緒に暮らせるんだな……」

 

 ゴクリとのどがなる。

 

 「……そうだ! 服、服を着せなきゃなこのままじゃかわいそうだからな」

 

 緊張し震える手で服を着せた、オプションで付いてきた赤い着物だ。

 

 「雰囲気出しすぎだろっ!」

 

 あまりに彼女が着物と似合っていたので思わずツッコミを入れてしまう。

 

 「……ん? なんだ? 」

 

 ふと箱を見ると中に説明書があったので目を通した。

 

 ___


本日は弊社の商品をご購入いただき誠にありがとうございます。彼女についてご説明させて頂きます。

 

 彼女の名前は『胡蝶こちょう』十六歳です。親の借金で遊郭に売られて誰とも知らない男に処女を散らすのかと絶望し憂いていました。

 

 そんな中現れたのはあなた、彼女の背負っていた借金を払い彼女を連れて帰りました。

 

 彼女はあなたに嫌われるとまた遊郭に戻されると思い不安を抱えています、また非常に寂しがり屋です。

 

 ですからあなたが末永く彼女を可愛がり彼女の不安を取り除いてくれることを望んでいます。


___

 

「ほぉ、良くできた設定だな」


俺は彼女の設定の細かさに関心した。

 

 説明書には設定の他に手入れの仕方やアフターサービス等が書いてあった。

 

 「これからよろしくな……胡蝶」

 

 いきなり呼び捨てもどうかと思ったが臆するなと自分に言い聞かせて名前を呼んだ。


 ……。

 

 胡蝶が入っていた箱を片付ていると夕方になっていた。

 

 「もう夕方か、飯でも食べるか」

 

 俺は立ち上がり冷蔵庫からコンビニ弁当を出しレンジで温め始めた。

 

 「あー、胡蝶の手料理が食べたいなー!」

 

 俺は独り言を言いながら弁当を机に置き胡蝶の隣に腰をかける。

 

 「……」

 「胡蝶は何か好きな食べ物はあるか?」

 「……」

 

 当然彼女は人形なので話しかけても反応せず何もないところをじっと見ている。

 

 わかりきっていたが寂しさが溢れてきた。気を紛らわすため俺はテレビを着ける。すると心霊番組を放送していた。


 内容は生き人形と呼ばれる髪が自然に伸びる人形だった。さらにその人形は持ち主を不幸にするという呪われた人形でもあった。

 

 「怖ぇな……でも胡蝶がもし生き人形だったら」

 

 胡蝶の髪が部屋の床全体にまで伸びているのを想像した。


 やべぇ、超怖ぇな……胡蝶は呪いの人形じゃないよな?


 隣の胡蝶をチラリと横目でみる。


 「………」


 胡蝶は相変わらず何もないところを無言で見つめている。少し不気味さを感じ寒気がしてきた。

 

 「さっさと風呂に入って寝るか」

 

 俺は変な想像をしたせいで怖くなりさっさとシャワーを浴びてベッドで寝ることにした。

 

 今夜は胡蝶と寝ようと思ったが先ほどの怖い想像が頭から離れず彼女を座らせたまま俺は眠りについた。


 ……。


 その日の夜外の虫の鳴き声と暑さで俺は目が覚めた。体中汗で濡れている、時計を見ると午前二時だ。

 

 「なんだよ、まだ深夜かよ」

 

 俺は辺りを見回すと気がついた、今日届いた人形の胡蝶が寝る前と変わらずテレビの方を向いて座っている事に。しかも窓から射し込んだ月明かりによりその後ろ姿が輝いて見える。

 

 まるでこの世のものでない美しいものがそこにあるように感じた。

 

 「……なんだよこれ?」

 

 なんだか分からない魅力に誘われて俺は胡蝶に手を伸ばす。寝る前に感じた恐怖はいつの間にか忘れていた。

 

 俺は後ろから彼女の着物を脱がせる。


 こんな美しい人形を夜に見ることができるのならもう孤独を感じることはない。


 俺は前の仕事をしていた時は感じなかったが退職してから孤独や寂しさを感じるようになっていた。

 

 そうした感情を埋めるため彼女を作ろうとしたがうまく行かず最終的に俺が手を出したのがラブドールの『胡蝶』たっだ。

 

 俺は肌をさらけ出した彼女の肩に手をかけたその時だ。

 

 グルンっ。

 

 突然胡蝶の頭が真後ろに回転し俺と目が会った。

 

 「えっ、何?」

 

 俺は呆気に取られてそう呟いた。

 

 「きゃああああああ!!」

 

 急に叫びだした人形……胡蝶は頭を真後ろにしたままで立ち上がり両腕で背中を隠した。

 

 「うわああああああ!! 」

 

 頭が真後ろなのとしゃべるはずのない人形の胡蝶が声を出しているのに驚いて俺も叫んだ。

 

 グルンと胡蝶の頭が正常な位置まで回転して元に戻った。

 

 「きゃああああああ!! 」

 

 胡蝶は再び叫びだすと今度は両腕で自分の胸を隠しながらうずくまった。

 

 「うわああああああ!! 」

 

 その光景に俺も再び驚いて叫んだ。

 

 「おいっ! 今何時だと思ってるんだくそボケぇっ! ぶっ殺すぞ!」

 

 叫び声がうるさかったのか隣の部屋のおっさんが壁を叩きながら怒鳴る。


 「はいっ、すみませーん! 」


 俺は反射的に気を付けをしながら謝る。

 

 「ひっく……ひっく……ぐすっ」

 

 誰かが泣いている。見ると胡蝶はうずくまったまま泣いていた。

 

 「……どうなってるんだ? 」

 

 俺はそう呟くのが精一杯だった。

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