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 食堂から夏生さんの部屋へ移動する間、私の視線は子瑛さんに抱きかかえられて移動する櫻宮様に釘付けになっていた。


 女の子の中でもすごく可愛い部類に入るのに、あれで男の子。いや、男の子でも可愛い子はいるけど、というか、小さい子は皆可愛いけど。


 ……反則級だよねぇ。宮様のは。


 櫻宮様の目は先程まで泣いていたせいで、ちょっぴり赤い。心なしか、頬も。それで余計に美少女感が増している。


 部屋に入ると、今いる面子めんつを見渡し、ふむと一考する。今回のお座布問題だ。


 別に畳の上に座ってもいいんだけど、なんかちょっと、誰かとくっついていたい気分。夏生さんがこの部屋にも炬燵こたつを置いてくれたら、喜んで一人で座るんだけどね。 


 ここに座れとばかりに手を広げるアノ人をさらっとかわし、奏様の元へいく。他はいつでも座れるけど、奏様はそうはいかないから。今のうち、今のうち。


 さぁ、お膝の上の手を退けて。

 

 奏様は膝に座ってきた私に目を丸くし、ふっと笑う。そして、私が退かした奏様の手を私の身体にぎゅっと巻きつけてきた。二人でじゃれている最中にも、私達に向けられる視線が次々と突き刺さる。


 ひとしきり楽しんだ後、奏様は私から視線を上げ、夏生さんの方を見た。



「その、ごめんなさい。知らせてないとは思っていなくて」

「いや、いい。気にするな」



 夏生さんはふっと鼻で笑う。

 むしろ、いつ気づくか、気づくならどのタイミングなのかと、自分達の口から言わないなりに気をんでいたらしい。

 奏様の爆弾発言は唐突であったものの、渡りに船だったわけだ。


 奏様の手を持って手遊びをしていた私は、すっと首を反らし、奏様の顔を振り仰いだ。



「どうしたの?」

「かなでさまはどうしてきづけたんですか?」

「あら。私は医薬をつかさどる課の副官代理だもの。人体の構造なんて、たとえ違いがとぼしい赤子であっても、ちょっと見ていれば分かるわ」



 ちょっと見れば分かるって、それ、天才が言う発言だよなぁ。むしろ、なんで分からないのかが分からないレベルの。


 さすがは奏様。副官代理っていう役職付きだからってわけじゃなくて、奏様だから。こっちの答えの方がしっくりくる。



「大丈夫よ。雅ちゃんだって、うちに来て経験を積めば、すぐこの域までいけるから」

「うーん……んー?」

「おい、勧誘すんなって言ってんだろうが」

「ほんま、ようりもせず続けはりますなぁ」



 やれやれといった具合に綾芽が首を振る。


 夏生さんと綾芽の言葉にのっかるわけじゃないけど、今のところ、将来的に元老院でお世話になるつもりはない。

 そりゃあ、ちょっとの間だけ前に修行させてもらった時みたいに、期間限定だったら話は別だ。何度も誘ってもらえているし、嬉しく思いこそすれ、嫌だと思うわけがない。むしろありがたいことだ。


 でも、私が見てないと、最近の綾芽はすーぐ怠惰たいだに走るから。一言で言っちゃうと、ダメダメなんです。


 ……まぁ、私も、ひいおばあちゃんもおかあさんも傍にいないから、一緒に怠惰生活しっかり満喫まんきつしてるんだけど、ね。



「あの、私からも一つ、よろしいでしょうか」



 巳鶴さんがすっと軽く挙手したかと思えば、そう話を切り出した。



「えぇ。何かしら?」

「何故、櫻宮様がねらわれたのでしょう。その……我々の普段の関係性からいって、人選にミスがあったとしか思えなくて」

「そうね。それは私も思っていたの。……あ、別にその子だと駄目ってわけでもないのよ。現に雅ちゃんはやる気になってるんだから。でも、もっと……それこそ、彼女、ほら、名前を何と言ったかしら。甘味処の」

「るいさん!」

「そう。彼女とか、もっと雅ちゃんに近しい者を選んだ方が効果的なのに」



 何がどう効果的なのかは考えたくないけど、瑠衣さんを巻き込まなくて良かった。


 あ、いや。櫻宮様で良かったというわけではないんだけどね?



「もし失敗しても、問題な……」

「あーっ!」

「うるっさいわぁ。なんなん?」

「……お前は黙っとけ」



 綾芽が何か言いかけたのを、海斗さんが大声を上げてさえぎった。


 言葉の続きが気になる気もするけど、綾芽は言葉を続ける気をすっかりなくしたらしい。ふいっと他所よそを向いてしまった。



「第一、何故身体を縮める必要があったのか、それもせません」

「身体を縮めることで、力の巡り方や必要な量が変わるってことはあるのか?」

「ない」



 アノ人に夏生さんが尋ねた質問は、アノ人によってすげなく返された。

 でも、その答えは簡潔ながらも不十分だったようで、奏様が苦笑する。



「多少は本人の性質によるものもあるけど、大抵の場合はおっしゃる通り、変わりないわ。見たところ、問題のその性質も当てはまらないようだし」

「まったく。あの野郎、ほんと厄介やっかいな奴だぜ」



 海斗さんの言葉に、まったくだと銘々めいめいに反応を見せる。

 どんどん考えを出していくけど、それでも煮詰につまっていく一方だ。



「とりあえず、にしゅうかんでもとにもどして、ちゃんとおうちにかえってもらえるよう、がん、ばり、ますっ!」



 頭を使って考えるのは得意じゃないから、私は私のやれることをするねって意味だったんだ。もっと言ってしまえば、後半ちょっとふざけてた。


 なのに、皆は私の言葉を聞いて、はっとした顔つきでお互いに目を見合わせた。


 なんだ、なんだ? また仲間外れですか。け者ですか。

 いいさいいさ。それで問題が解決するんなら。除け者にもなりましょうとも。


 ……すいません。嘘です。嫌です。ごめんなさい。

 だから! 仲間に! いーれてっ!



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