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◆ ◆ ◆ ◆



 なに!? なんなの!?

 この間はあんなの見せつけてくれたくせに、まだ私に言いたいことでもあるっていうの!?


 あの時のことを思い出したらまたさらにムカついてきて、つかまれた腕をブンブンと振り回した。



「……っ!」



 何度か繰り返していると、黒木が僅かに顔をゆがませた。


 ……あ、怪我けがっ!


 思い当たり、すぐに振り回すのをやめた。

 奏様のおかげで思い出すことができたあの事件の時に負った怪我。そのせいで料理長の職をしてしまったほどの。



「……ご、ごめん。大じょ……っ!」



 腕を引かれ、黒木の胸元にぶつかった。

 一瞬何が起きたか分からずボケッとしてしまうけれど、段々頭が認識していく。



だましたわねっ!?」

「騙してなんかいませんよ。貴女が勝手にいつも勘違かんちがいしてるんです」

「勘違いさせるようなこと言ったりするからでしょ!?」

「責任転嫁てんかはいけませんよ?」



 なんですって!?

 あぁ言えばこう言うやつ



「子供に心配されるなんて、大人としてどうかと思いませんか?」

「じゃあ、この手を今すぐ離しなさいよ」

「ダメです。それに、まだ教えてもらってませんから」

「何をよ。貴方に教えることは何もないわ」

「あるじゃないですか。貴女が一目惚れしたという相手ですよ。誰ですか?」

「それこそ貴方に教える筋合いはないわ!」



 それに、言えるわけないじゃない。

 ……くやしくて口から出たうそだもの。


 知ってか知らずか、黒木は逃げないように強い力で囲い込んでくる。



「早く言わないとキスしますよ?」

「はぁっ!?」



 ちょっと! なに本当に顔近づけてきてんの!?



いて楽になってしまいなさい」

「い、いやっ!」



 嘘を自分から認めるのもイヤだけど、キスもイヤっ!


 第一、この間の女はどうしたのよ!?

 二股ふたまたかけるよーな男だったなんてサイテー!



「……誤解が酷いようだから先に言いますが、私が好きなのは貴女だけですよ? 二股なんてありえません」

「思ったことを読み取るのはやめてよねっ!」

「読み取ってません。前から言ってるでしょう? 貴女、興奮すると思ったことがそのまま口から出てるんですよ」



 ムカつくけど……他人がつく嘘は嫌いだと言うワガママな私に合わせ、黒木が私に嘘をついたことはない。上手くだまされているだけかもしれないけど。


 でも、だからこそ私は私の次に黒木を信頼できると思ってる。


 ということは、本当に二股はしていない?



「で? 嘘って?」



 ……あ、まずい。


 黒木の目が獲物えものを見つけた時の肉食獣のソレと同じに見えてきた。

 代わりに今までただよっていた不穏ふおんな雰囲気は若干失せたけれど、まだ色濃く残っている。主に……私の身の危険として。



「嘘は嫌いだといつもおっしゃってるのに、嘘ですか?」

「……ちょ、ちょっと近いっ」

「南の蒼さんや茜さんから聞きましたよ? この間、無意識に私の名前を出そうとしていたみたいじゃないですか」

「あれはっ! ……言い間違えただけよ」

「へぇー。つまり、名前を言い間違えるほど私のことを考えていてくれていた、と」

「ち、違うわよっ! ……ただ」

「ただ?」

「……いい荷物持ちがいなくなったと思っただけっ!」

「じゃあ、言い間違えたわけではないじゃないですか。嘘に嘘を重ねるのは感心しませんよ?」



 黒木はニコニコと満足そうに笑っている。



「タイムリミットです」

「ぎゃっ!」



 黒木のくちびるが私のソレから僅かにずれ、頬に当たった。



「っ!」

「次は本当に口にしますからね」

「あっ、……ん、んーっ! あんたなんか大っ嫌いよっ!」



 大嫌いだと言っているはずなのに気にせず笑っている黒木。


 帰ったらとんでもなくこき使ってやる!

 それに、次なんて絶対あるもんですかっ!



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