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◇ ◇ ◇ ◇



「持てますか?」

「あい」



 病室に戻ってくるなりかえるの合唱ならぬお腹の虫の大合唱を聞かせた私に、橘さんが病院の中に入っているコンビニでおにぎりを買ってきてくれた。


 ちなみに、ラインナップはしゃけに昆布、梅におかか、ツナマヨ、チキン南蛮、炭火焼肉にいくら。取りこぼしなくそろえられている。


 橘さんから袋ごと受け取り、まずは鮭のおにぎりを手に取って、ふうを開けていく。

 たったの三ステップしかないはずなのに、かーなーりお腹が空いてる時の三ステップだから、すぐによだれとの戦いになってきた。



「手はきましたか?」

「あっ」



 遠ざかっていくおにぎり。待ってておにぎり。



「ちゃんと手を拭かないとダメですよ」

「あ、あい」



 橘さんから渡されたウエットティッシュで手を拭きつつも、目は橘さんの手の中にある鮭のおにぎりに釘付け。

 橘さんのオッケーがすぐ出るように、今までにない早さで手を動かした。



「はい、もういいですよ。さぁどうぞ」

「いただきましゅ!」



 とてもじゃないけど待ちきれず、橘さんの手にあるうちにパクリと行かせていただいた。


 うーん。し、あ、わ、せー。


 口が小さいせいで、鮭の具はほんのちょっとしか口に入らなかったけど、それでもご飯と混ざる鮭の塩味加減が口の中にぶわぁっと広がっていく。パリッとした海苔のりもおにぎりの美味おいしさに一役買ってて、もうっ!って感じ。



「本当に餌付えづけされている小動物みたいだなぁ」

「陛下」



 一口食べた後も持っていてくれているのをいいことに、橘さんの手から食べる私を見て、帝様がクスクスと笑っている。


 いい仕事してきた後のお酒ならぬご飯ほど美味しいものはない。

 あっという間に食べ終えた私は、次の一個を選ぶべく袋の中身を物色し始めた。



「お父上方はまだ霊安室に?」

「ん。おとなのだいじなおはなしなんだって」



 千早様もってのがなんか不思議な気分だけど、見かけは子供でも、実際私達よりずーっと年取ってるからなぁ。

 本人は物凄ものすごく嫌そうにしてたけど。



「その話、気になりますね」

「えぇ。陛下、私、少し行って」


「その必要ならないわよ」



 突然聞き覚えのない声がしたもんだから、橘さんはとっさに帝様を背にかばった。



「大丈夫だよ。元老院から派遣されてきた奴だから。変態ではあるけど、あやしい奴ではない。……たぶん」



 千早さま。

 たぶんって、小さくつぶやいたつもりだろうけど、その実やけに大きく聞こえたのは気のせいかな?



「変態でもないわよ。失礼しちゃうわね。……元老院第三課武器管理担当の都槻よ。ツッキーって呼んでちょーだいね?」

「つ、ツッキー?」

「はぁい?」



 橘さんのワイシャツの胸元にツーっと指をわせた都槻さんは橘さんと帝様、それから鳳さんへニコニコしながら視線を移していく。


 ご機嫌そうでなにより……って言って安心していていいの、かな?



「わ、私はそういう趣味しゅみはないので」

「あら、意外とはまるかもしれないわよ?」

「と、とりあえずっ! 話を聞かせていただけませんか?」

「仕方ないわね。……雅ちゃん」



 ちょいちょいと手招きされたので、都槻さんの方へ袋を抱えたまま急いだ。


 一体なんでございましょう?

 いい子に外で待っててってことなら、おにぎり持って外に出てるよ?


 ストンと腰を落としてしゃがむ都槻さんと目が合った。



「どんな悪事も元凶を絶たなきゃ意味がないっていうのは分かるわよね?」



 それはそうだ。

 東で見てた時代劇に出てくる源五郎親分も言ってた。


 コクコクとうなずく私を見て、都槻さんは満足そうに笑っている。



「それじゃあ、残っててもいいわ」

「ん?」



 ココにいてもいいの?

 ……そういえば、アノ人とオネェさんは?



「何をするつもり……ですか?」



 鳳さんがしきりに汗を拭いている橘さんの代わりに都槻さんに尋ねた。

 帝様はただ黙って事の成り行きを見守ることにしたらしい。



「フフッ。人外を裁くのが元老院第四課の役目なら、この国の人間を裁くのはこの国の長の役目でしょう?」

「おや。そうだったか」

「陛下。それは裁判所の役目です」

「普通の事件ならそれでいいでしょうけど、ね。この子から聞いたでしょう? 霊安室で何があったのか。そこで何が行われていたのか。……うん。いいタイミングね」



 都槻さんが視線を別に逸らすと、そこにアノ人とオネェさんがいた。


 そして、もう一人。



「むーっ!」



 この病院の院長先生がオネェさん達の足元に転がされていた。身体を縄で雁字搦がんじがらめにされ、口には猿轡さるぐつわまでさせられている。バタバタと飛び跳ねてこの場から逃れようとしているけれど、そんな状態で身体の自由がきくわけがない。オネェさんが容赦ようしゃなく足蹴あしげにしていた。



「私達を前に逃げようだなんて無駄なコト、考えない方がいいわよ? ……この」



 千早様に耳をふさがれ、おまけに上から声がれ聞こえないようにされた。


 都槻さんの顔は背を向けているから分からないけれど、かもし出している空気は怒りのソレだ。


 そして、私も、誰も、かれたのだろう都槻さんの暴言を止めるつもりはない。

 だって、この状況でこんな形で連れてこられた院長先生は、間違いようもなく今回の出来事の犯人でしかないんだもの。


 私も怒っているんだ。とっても。


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