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□ □ □ □



 なんだか鼻をくすぐるいい香りがする。


 なんだろう? 甘くて、美味おいしそうで。



「ほんまや」


 

 遠くから綾芽の声がした気がする。


 でも今は、この甘いいい香りのする方へ……


  ぱくっ



「ちょっ! おまっ! 食い意地張ってんなぁ!」

「海斗、昼寝の邪魔せんといてやらな、可哀想やん」

「だ、だってよぉ。劉からあんなこと聞いたら試さずにはいられないだろ」



 綾芽と沢山たくさんあるお仕事を分担してこなしてる海斗さんの声もする。


 初めて綾芽と会った時、綾芽を呼びに来たのが海斗さんだった。

 歳も綾芽と近く、二十代前半と聞いている。けれど、精神年齢はどちらかというと今の私寄りだと思う。ちょっと、というかだいぶお調子者で、面白い事やイベント事が大好き。このお屋敷で何かしら起きる時、そこには大体彼の影があるそうな。そのせいか、綾芽と同じくらいよく夏生さんに怒られている。


 その海斗さんが劉さんから何事かを聞いて、いつものごとくやってみた、と。


 それよりも、口にくわえたナニカがすごく甘い。口の中の温度でとろりと溶け出し、より一層濃厚な甘さが広がっていく。


 ――あぁ、これは。



「ちょこれぇと」



 目を開けると、布団のすぐ横で海斗さんが私の口元へ指を差し出している。その指に摘ままれているのは、彼の髪と同じ焦げ茶色の四角い……やっぱりチョコレートだった。


 むくりと身体を起こし、チョコを持っている手ごとガブッとくわえてやった。


 私で遊んだ罰だ! さぁ、その手に持っているチョコを箱ごともらおうか! 



「ちょ、保護者、こいつなんとかしてくれ!」

「うぅーっ」

うなり声あげるとか! ほんと小動物じゃねーか!」



 海斗さんはすぐ側の壁際で本を読んでいる綾芽に助けを求めた。けれど、口から出た言葉に反して笑顔のままだ。


 うん。これは全く、反省のはの字も見られない。続行です。



「そこらへんにしとき」

「うぇー?」

「あんまりくわえたままやったら、危ない菌がうつるで」

「……」



 よほど読んでいる本が興味深いものなのか、綾芽は一切顔を上げず、ただ私にそう言い放った。


 ぱち、ぱち、と。しっかり瞬き二回分ののち。ぎょっとしている海斗さんの指をそっと口から離した。



「こら、こらこらこら! ちょっと待て! 俺はなんの菌も持っちゃいねーよ!」

「かいと、ふけつー?」

「……あーやーめぇー」



 恨めしそうに綾芽を見る海斗さん。当然気付いているだろうに知らんぷりの綾芽。どちらの味方になった方が正解か、子供にだって分かる。


 ささささっと綾芽の横に移動し、ちょこんと座る。それからばっちぃものを見る目でじぃっと海斗さんを見てみた。



「な、なんだよ。その目は」

「……」



 子供っていうのは、時に世界で一番残酷な生き物にさえなってしまえるのだ。その恐ろしさが、海斗さん、貴方はまだまだ分かってない。


 さっきよりも目に見えて格段にショックを受けている海斗さんに、これは、と内心にやけてくる。


 食べ物を食べられた恨みも恐ろしいけど、食べ物で遊ばれた恨みも恐ろしいんだよ? むふん。以後、重々お気をつけあれ?



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