最低野郎に怒りの鉄槌 - 第67話

「な……ど、どうなってるんだよっ!」


 六人いた雑魚のヤンキーどもの最後のひとりが床に横臥する。この場に立ち尽くしているのは、俺たち三人と、中越だけだ。


「なんで……なんで、やられてるんだよ。おいぃっ! 意味がわかんねえよ!」


 中越が股間の痛みも忘れて絶叫する。こいつにとっては想定外の光景が目の前に広がっているみたいだが、意味なんて再考する必要すらないだろ。


 さっきまでの調子に乗っていた顔が嘘のようだな……とか、描写したいことは山ほどありそうだけど、とりあえず目につくのは、お前。唇がプールに入った直後みたいに真っ青だぞ。


「こっちは、六人もいるんだぞ? なのに、なんでだよ!?」


 なんでって、お前らが想定以上に雑魚だったからだよ。


 その後も往生際の悪い中越は、「あり得ねえ!」とか「ふざけんなよ!」と無意味な罵声を発していたが、こいつの遠吠えを聞くのもそろそろ飽きてきたな。


 心底呆れ果てた目で中越を見やる。上月と山野が俺の後ろに集まってきた。


「年貢の納め時だな」


 ピシャリと言ってやると、中越がはたと言葉を止める。愕然と蒼くなっている顔が恐怖を物語っている。


 こいつの恐怖で引きつった顔なんて見ても、何も面白くない。ただ胸くそが悪くなるだけだ。


「上月と宮代を拉致して、こんなところで何をしようと思っていたのか、俺にはまるで検討がつかないが、お前の負けだ。おとなしく観念するんだな」


 こいつの浅ましい考えなんて当然わかっているけど、そんな腐った犯罪行為を俺の口からわざわざ言いたくない。


「あと悪いけど、お前が学校の裏で今までどんな悪事をしてきたのか、全部調べさせてもらった。……俺はお前を許さない。然るべきところで裁きを受けてもらうぜ」


 こいつの被害に遭っているのは、上月と宮代だけじゃないんだ。


 サッカー部で不当にレギュラーを奪われたやつ。大好きな彼女を横からむざむざとられたやつら。


 そして、横暴なこいつに反抗して、今日の上月みたいに集団リンチに遭ったやつだって、きっとひとりやふたりだけじゃないんだ。


 そういう悲しい被害者たちの無念を晴らすためにも、このふざけた野郎にきっちりと制裁を下してやらなければいけないのだ。これ以上被害者を出さないために。


 だが俺の壮烈な決意を耳にしたはずなのに、中越は反省するどころか、逆に腹に手を当てて笑い出した。


「はあ? 然るべきところだぁ? それってどこだよ。学校? それとも警察かよ?」


 反省する気など、どうやらさらさらないらしい。この期に及んでなめくさった態度をとってくる。


 中越は余裕ある手つきで前髪を掻き上げる。そういえば、最初に会ったときもそんな気障きざったらしい態度で俺を見ていたな。


「俺のこと調べたんだろ? なら、わかってるんだよな。俺に楯突いたらどうなるか。ええ? ヒーロー気どりのお坊ちゃんがよ」


 そんなことは言われなくてもわかっている。俺が結局手を出すことができないと高を括っているから、こいつは絶体絶命のこの状況でもヘラヘラしていられるのだ。


 俺が口を噤んでいると、中越は「ふふん」と鼻で笑って俺に近づいてくる。そして小ばかにするような顔を俺の間近に寄せて、


「この俺を殴ったりしたら、親父が許しておかねえぞ。お前、知ってるんだろ? 俺の親父が政界にも影響力を持ってるってことをよぉ。親父に逆らったら、お前みたいなカスなんざ、鶴の一声で退学させられちまうんだぜ」


 いつも使っているであろう脅し文句を俺に浴びせてくる。バカのひとつ覚えのように。


 中越がまたげらげらと腹を抑えて哄笑する。勝ち誇ったうざい顔で、俺に頬を近づけてきた。


「ほら。殴れるもんなら殴ってみろ。俺を許さねえんだろ? ほら、ほら! 殴ってみろ――」


 その醜い言葉が言い終わるより早く、中越の身体がぐいっと俺に引き寄せられた。


 気づいたときには、俺の左手が中越の胸倉を縛り上げていた。拳の血管が千切れそうなほどの握力で、やつの長身を片腕で持ち上げながら。


「ふざけんなよ。てめえ、何人の人間をそうやって傷つけてきたんだ。てめえの身勝手のせいで、今までの努力を棒に振っちまったやつや、大好きな彼女と別れたやつが大勢いるんだぞ」

「八神。やめろ」


 山野が俺の震える肩を抑える。上月は、一言も発していない。


 俺自身、なんでこんなに怒っているのか、わからない。だがこいつのふざけた言動に、腹の底から沸き上がる激情を抑えることができなかった。


「ひっ……」

「親父が許しておかねえ、だと? だったら、てめえは何者なんだよ。ろくに努力もしないで、毎日違う女と遊び呆けて。だけどサッカー部じゃ10番のユニフォームを着れて、ピンチになったら親父がなんでも解決してくれて、羨ましいかぎりだな」


 ああ、そうだ。親父という言葉が出たから、俺は切れているんだ。


 俺は、親父が嫌いだ。日本に帰らず、母さんが死んでも葬儀に顔すら出さない。あのなめ腐った野郎を心の底から嫌悪しているんだ。


 だから俺と正反対に、親父に頼りきっているこいつの言動がこの上なく許せないのだ。


「お前みたいなやつを、なんて言うか知ってるか? クズって言うんだよ。独りじゃ何もしねえ。何もできねえ、人間の風上にもおけない最低のゴミ虫野郎だ」


 中越は俺を見て、震え上がっていた。俺ですら、きっと鏡で見たことのないような鬼の形相でこいつを睨みつけているのだろう。


「お前、上月を口説こうとしてたんだろ? それなのに、こいつの前で親父のことばっか口に出して、かっこ悪いと思わねえのかよ。ああ?」

「く、くるしい……」

「俺だったら、そんな言葉、口が裂けても言わねえぞ」


 憤怒で右手が震える。体温の上昇で汗ばむ手の平を、爪の先が割れるくらいに握りしめる。


「俺はなあ、お前みたいなっ、親にしがみついていないと何もできないやつが、大っ嫌いなんだよ!」

「八神っ!」


 容赦なく振り上げられた右拳が、中越の左の頬を打ち砕く。山野の制止も虚しく、中越はフロアの向こうまで殴り飛ばされた。

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