上月を追え! 妹原と、弓坂も? - 第46話
学校の昇降口を飛び出して、校門の方へと振り返る。
数十メートル先の校門は、下校する生徒たちであふれている。うちの高校は部活への入部が任意なので、帰宅部の生徒はかなり多い。
すぐ手前を談笑しながら歩く女子ふたり組。その向こうには耳にイヤホンを差しながら、右手でスマートフォンを操作する男子生徒がいる。
そのさらに奥にはカップルと思わしき男女が手をつないでいて、仲睦まじく帰路についている。――けっ、と思わず舌打ちしたくなるが、彼らの近くには、俺、木田、桂のアホ三人衆を完全コピーさせたようなアホ男子四人組が、何やらゲームの話題で夢中になっていた。
いやいや。うちの高校の下校の様子を事細かに実況している場合じゃないだろ。
中越が前に上月を待ち伏せしたときは、校門の脇の花壇に腰を降ろしていた。今日の待ち合わせ場所もきっと同じなはずだ。
だが校門の花壇に目を向けても、そこに上月と中越の姿はない。念のために花壇の周辺と校門の裏をチェックしてみるが、ふたりの姿はやはりなかった。
待ち合わせが済んだから、もう先に行っちまったのか。
校門近くの小道を飛び出して、桜の木が立つ川沿いの通学路に出る。桜の花は一ヶ月も前に散って、今は青々と茂る葉桜が通学路を彩っている。
そんな桜と下校中の生徒たちであふれる道を若干焦りながら突き進んでいくと、
「でさー。そいつがさあ――」
いた。中越とふたりで楽しそうに歩く上月の後ろ姿が数メートル先にあった。
ふたりに見つからないように、女子生徒三人組の陰に隠れるように歩きながら、ふたりの様子を注視してみる。聞こえてくる話に聞き耳を立てていると、どうやら小学校のリトルリーグの頃の話を中越がしているようだ。
「田原もうちの高校にいるんだぜ」
「えっ、田原先輩もうちの高校にいるの?」
「そうそう。まあ、サッカー部には入っていないけどな」
中越は共通の話題を持ち出して、さっそく上月に取り入っているようだ。けっ、女子の気を引くのがお上手なことで、羨ましい限りだよ。
俺なんて、妹原と会話するのがいまだにぎこちないっていうのに、このレベルの違いは一体なんなのだろうか。中越のあの饒舌をラジオペンチで抜き取ってやりたい気分だ。
それにしても、俺が今していることはストーキング以外の何者でもないが、こんなストーカー紛いのことをしてもいいのだろうか。どうしようもないほどの罪悪感が俺の心に広がって、胸がすごくむかむかする。
黒絵の具をつけた筆の先を透明な水に浸したような、
中越のことを散々悪く言っておいて、そいつの後をこそこそと隠れながら追跡している俺こそどうなんだ。俺の方がよっぽど最低なのではないか。
あのふたりが今後どんな関係になろうとも、俺が邪魔する権利なんてどこにもないんだ。それなのに、俺は何をしているんだ。
「そうだ。あいつがだれと付き合おうが、俺には関係ないんだ。だから――」
「だめだよ!」
突然の強い言葉に、心臓が胸から飛び出しそうになった。
背後からいきなり声をかけられたが、一体だれだ? その女子の声は、最近になってよく聞くようになった声だったような気がするが。
どきどきする鼓動を抑えながら振り返ると、
「せ、妹原!?」
妹原が両手をにぎりしめながらそこに立っていたのだ。
なんで妹原が……いや、その前に、妹原は今日も自宅で音楽のレッスンがあるから、とっくに下校したんじゃないのか?
しかし妹原は、俺のそんな疑問など意も返さずに、
「早く麻友ちゃんを止めなきゃ!」
焦りと困惑をにじませた面持ちで、ぐいっと一歩を踏み出してきた。
「麻友ちゃん、小学校のときの先輩に会って、少し迷ってるのかもしれないから、八神くんから言って麻友ちゃんを止めなきゃ! じゃないと、先輩に麻友ちゃんをとられちゃう!」
ええと、これは……どう返答したらいいんだ?
おそらくだが、妹原は、俺が上月のことを好きだと勘違いをしているから、俺と上月の仲を考えて気遣いしているんだろうな。
それは事実とかなり
それはともかく、妹原がどうして上月と中越のことを知っているんだ? 妹原にはひと言も伝えていないはずだぞ。
そんなことを思っていると、妹原の後ろから弓坂がひょっこりと姿をあらわした。
「あ、弓坂。お前、まさか」
「ごめんねぇ、ヤガミン」
弓坂はさほど悪びれた様子でもなく、両手を合わせて形式的に謝罪する。ごめんということは、お前が全部しゃべったんだな。
「雫ちゃんとメールしてたらぁ、麻友ちゃんの話になってね。それでぇ……」
やはりか。しかし元をたどると、最初にうっかり弓坂に話したのは俺だから、こいつを責める権利は俺にはないな。
弓坂がいるということは、山野もついてきているのだろうか。そう思って弓坂の後ろに目を向けてみるが、どうやら山野の姿はないようだ。
「山野は来ていないのか?」
「うん。ヤマノンはぁ、今日はアルバイトに行ったよぉ」
そういえば、山野はゴールデンウィーク明けの頃から美容室のアルバイトをはじめたんだったな。
美容室のアルバイトといっても、髪を切ったりはしていないらしいが、タオルの洗濯とか雑用が多くて仕事はなかなか大変なようだ。
「ああ! 早くしないと麻友ちゃんが行っちゃう!」
妹原が俺の右腕をつかんで上下に揺らしてくれる。恋人のそれとは全然レベルが違うけど、ああ。妹原から俺にボディタッチしてくれたよ――なんて浮かれている場合では断じてないぞ。
「八神くん。早くっ」
「いや、でも、俺にあいつを止める権利なんてないし、あいつだってまだ付き合うと決まったわけじゃないし」
「えっ、でも、麻友ちゃんも八神くんのことを待ってるはずだから、早く止めに行かなきゃ! 麻友ちゃんだって、八神くんのことが好きなんだから!」
妹原ぁ……。
好きな子に勘違いをされているこの悲しさといったら、どうだろうか。
妹原は、俺が上月のことを好きだと勘違いしているから、きっと善意のつもりで心配してくれているのだが、心配されればされるほど悲しさが倍増してくる。
妹原のこの勘違いは、どうやれば払拭させることができるんだろうな。俺が今真剣に考えなければならない問題は、こっちなのではないかと思うが、間違っているのだろうか。
「とりあえずぅ、麻友ちゃんと、中越先輩の後を、追ってみよっか?」
弓坂は俺の困り果てた顔を見てぷくくと笑っている。こいつ、今の状況を確実に楽しんでやがるな。
でもしかし、「ヤガミンはぁ、陰で麻友ちゃんをストーキングする、こわぁい人だったんだぁ」と蔑まれるよりよっぽどマシだし、上月を追いかけることに異論はない。
俺は焦る妹原と浮かれる弓坂を連れて、上月を追いかけることにした。
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