消えた妹原を探し出せ - 第31話
だが次の日も、妹原は体調不良を理由に学校を休んだ。
絶句するとは、このことを指すのだろうか。本当に驚いて言葉が出なかった。
「これは、いよいよマジでやばい……のか?」
「そうだな」
一方、朝のホームルームで妹原の欠席を聞いていた山野は、眉毛一本すら動かしていなかったが、本心はかなりどよめいているのだろう。休み時間では無言のまましばらく会話がなかった。
「これは、どうしたらいいんだ?」
「いや、俺たちではどうもできないだろう」
山野は思案するように腕組みをして、
「本当に体調が悪くて学校を休んでるんだとしたら、俺たちにはどうしようもないだろう」
「そうだよなあ」
今回ばかりは作戦参謀もお手上げのようだ。
「まさか、二日もつづけて休むとは思っていなかったからな。平穏無事でいてくれればいいんだが」
そうだな。俺もそこだけが気がかりだ。
「遊園地の件は残念だったが、それはまた日を改めればいいだけだから、とりあえず妹原には体調をととのえてもらおう」
「そうだな」
山野の後ろに目を向けると、弓坂のこれ以上なく落ちこんでいる姿が見えた。感情がよみとりやすいやつだな。
「弓坂、だいじょうぶか?」
「うん……」
弓坂は力なくうなずく。だいじょうぶにはあまり見えないぞ。
「弓坂も妹原のことは気がかりだと思うが、あんまり思いつめない方がいいぞ」
「そうだぞ。弓坂は何も悪くないからな」
山野も見兼ねてフォローするが、彼女の愁眉はなかなか晴れない。
「うん。……でも、心配だよぅ」
山野も弓坂も、同じように妹原を心配してるんだよな。俺も、心配だ。
一時間目の授業開始のチャイムが鳴るのと同時に、ズボンのポケットからブルブルと振動が伝わってきた。何かと思ってスマートフォンをとり出すと、俺にメールが来ていた。
授業がはじまったので、先生に見つからないように画面の受信トレイを開けると、送信者の箇所に『上月麻友』と書かれていた。表題とメールの文面には何も書かれていない。
なんだこれは? そう思って上月に視線を向けると、上月は俺の方に真剣そうな顔を向けて、腕組みしていた。黒板を一切見ずに。
そして人形みたいに整った顎を、くいっと廊下に向けた。
* * *
「なんだよ。一時間目から廊下に呼び出して」
上月と一分違いで、トイレに行くことを理由にして教室を抜け出す。そのまま近くの階段に向かうと、上月が神妙な面持ちで待っていた。
上月は決然と俺を見上げると、
「ねえ、先生に話を聞きに行ってみない?」
話を聞く……?
「妹原がなんで学校を休んでるかをか?」
「そう。あんただって、このままじゃ納得できないでしょ?」
もちろんだ。何より妹原のことが心配なんだ。
「でも聞きにいっても、どうせ体調不良だからって言われるだけなんじゃねえの?」
「だからっ、本当にそうなのか詳しく聞きに行くんでしょ!」
消極的な俺に上月が腹を立てて詰め寄るが、授業中だからあんまり大きな声を出すな。
「ホームルームだと体調不良って言ってたけど、土曜日まで雫は元気だったし、それにあの雫が、いくら体調が悪いからって、あたしたちに何も言ってくれないなんて変よ。絶対に何かあったのよ」
お前も山野と同じことを考えていたのか。
「だから、今日の帰りに職員室に行くわよ」
「お、俺も行くのか!?」
あまりにいきなりの提案だったから、変な声が口から出てしまった。
「あたり前でしょ! 何おじいちゃんみたいなこと言ってんのよ。まだ寝ぼけてんの?」
「寝ぼけてねえよ。お前の提案がいきなり過ぎたから、ちょっと引いただけじゃねえか」
お前は重大なことをいつも唐突に言い出すから、ついていくのがやっとなんだ。俺のペース配分も少しは考慮してくれ。
「けど、担任の松山さんを尋問しても、空振りするのが落ちだと思うけどな」
ぽろっとそんな言葉を口走ると、上月の表情が険しくなった。
「あんた、雫のことが好きなんでしょ! 心配じゃないの!?」
「うわっ、バカ! やめろ!」
廊下に響きわたってしまいそうな悲鳴だったので、俺は慌てて上月の口を抑えた。
「わかったよ。今日の放課後に、松山に話を聞きに行けばいいんだろ? わかったよ、付き合うよ」
「……あんたのその毛虫みたいなのんびりさ加減には、ほとほと愛想が尽きるわ」
俺がのんびりしすぎているというか、お前がいつも性急すぎているだけだと思うけどな。
でもそんな反論をしたら、今度は校庭のど真ん中で俺の愛を叫ばれそうだから、素直に教室に戻ることにしよう。
* * *
そして、放課後――。
クラスメイトが教室からいなくなってきた頃を見計らって、俺たちは二階の職員室へと向かった。
山野と弓坂も呼ぼうと思ったが、四人でぞろぞろと職員室に行くと不必要に目立ってしまう。それに弓坂はかなり落ち込んでいるみたいだから、ふたりには別の用事を告げて帰ってもらった。
「未玖とエロメガネにはちゃんと言ってあるんでしょうね」
「言ってあるよ。ふたりが帰ったのも確認済みだ」
「そう」
校内で上月とふたりで行動するのはご法度なのだが、今は緊急事態だから仕方ない。
「こんちはー、っす」
入学して初めて職員室に入るから、ほんの少しだけビビりながらドアを開ける。だが諸先生方は部活に出ているのか、室内にはほとんど人がいない。
担任の松山はたしか部活を受け持っていないから、職員室にいるはずだが。
「松山さんはどの辺にいるんだ?」
「知らないわよ。早く探しなさいよ」
上月は後ろに引っついているだけで探す気はないみたいなので、俺ひとりで探し出すしかない。
だが職員室にいるのは、おばさんの古典の教師っぽい人と、奥の窓際の席に座っている白髪のじいさんしかいない。
松山さんはもう帰っちまったのか? そう思っていた矢先、
「あらぁ、ふたりそろって、どうしたのぉ?」
後ろから、いい年したおっさんの猫なで声が聞こえてきた。
……最初の頃に概要だけ説明したが、担任の松山は、性別の境目がかなりあやしくなっている人だ。さらに風の便りによると、三度の飯より年頃の男子が好きらしい。
「八神くんと上月さんから職員室に来てくれるなんて、先生うれしいわぁ。もう、いっぱいご褒美しちゃう!」
「あっ、先生。その、ご相談したい、ことが――」
「あらっ、八神くんって、よく見ると、なかなかかっこいいわねぇ。ちょっと先生のタイプかも!」
松山が調子に乗って抱きついてきそうだったので、俺はすかさず上月を盾にした。
それを見かねた上月が苦笑いして、
「先生、少し聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「ええ、いいわよぉ。なんでも聞いてちょうだい」
……気持ち悪いのを除けば、なかなか生徒想いの先生なんだけどな。まあ、そこが唯一無二の欠点なんだが。
松山が自分の席に戻るので、俺と上月も後につづく。
「そこ、先生まだ来ないから、座ってもいいわよ」
「あ、はい」
近くの椅子に座ってもいいみたいなので――って、そんな描写を事細かに説明しなくてもいいか。
「それで、話って何かしら?」
「はい。……その、妹原のことなんだけど」
「妹原さんが、どうかしたの?」
松山がわざとらしく目を丸くする。
「はい。あの、妹原は体調不良で学校を休んでるみたいですけど」
「そうよ。ホームルームでそう伝えてるわよね?」
松山はさも不思議そうな顔を向けて聞き返してくる。これだけだと、松山が事実を隠しているのか、まだ判断することはできない。
おネエ疑惑が濃厚な人とはいえ、大学を出て教員免許をちゃんと取得しているのが先生だ。生徒が少し探りを入れてきた程度で、内情なんて全て話してくれるわけがない。
だが、俺は人を尋問するのは得意ではない。それなのに松山をどう尋問していけばいいのか。
上月が「しっかりしてよ」と言わんばかりに横で肘を当ててくるから、思い切って切り込むしかない。
「先生。あの、ぶっちゃけ聞きたいんだけど、妹原は本当に体調不良で休んでるんスか?」
すると松山の眉間が、わずかに曇った。
「そうよ。なんで、そんなことを聞くの?」
これは何か裏があるな。そういうかすかな間があった。
上月にアイコンタクトを送ると、上月はちょこんとうなずいた。
「いや、それが、上月の話だと妹原は月曜までピンピンしてたみたいなんだけど、次の日に急に体調不良で休んだから、なんか変だなと思いまして」
上月が妹原と最後に会ったのは土曜日だが、あえて前日にしておいた方がいいだろう。
「妹原は同じクラスの生徒だから、なんで急に休んだのか、不安なんですよ。……先生、もし何かわかってることがあったら、俺たちに教えてくれませんか? クラスメイトとして、力になりたいんですよ」
こんなので尋問になっているのかよくわからないが、とりあえず友情を全面に押し出してみた。松山の心に響けばいいんだが。
松山は顎に手をあてて、押し黙ってしまった。表情はかなり険しく、いつもホームルームで見る、おネエキャラ全開の姿とは正反対で、かなり真剣に考え込んでいる。
俺たちに真実を告白すべきか迷っているのだろうか。
そのまま一、二分間くらい松山から応答がないので、俺が次の言葉を畳みかけようかと思っていたときだった。松山がその薄くメイクしている顔をあげた。
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