早高一年A組親睦会

アプローチ開始 - 第12話

 作戦は単純だ。


 山野を上月の友達ということにして、山野が上月に話しかける。そのついでに妹原と会話する。


 俺は山野の付属品みたいにくっついていって、上月と妹原に思いついたことを適当に話す。不自然にならないように、仕方ないから話してやってるんだぞという雰囲気をそれとなく出しながら。


 それをまずは繰り返して、妹原との親密度をあげていく。それが山野から教えられた作戦だ。


 これだと山野が上月を狙っているように見えるので、俺へのマークが外れやすくなる。だからきっと妹原が油断する。


 その隙に俺が仲良くなって妹原の恋人になる。――とのことだが、本当にうまくいくんだろうな。俺は朝から胃がもたれているが。


『最初からがっつり行くな。場は俺と上月で適当に盛り上げるから、八神は妹原に気を配りながら、横で話を聞いているだけでいい』


 電話越しの山野の声は至極冷静だが、お前はなんでこう次から次へと作戦を立てられるんだ? 俺にはもう何がなんだか、よくわからないな。


 でも山野は俺の大事な作戦参謀だから、今はあいつを信じるしかない。



  * * *



 そして週明け。月曜日の昼休み。


「よう、上月」


 俺を連れた山野が、作戦通りに上月・妹原のグループに突撃した。


 今日から午後までの本格的な授業がはじまったが、授業どころじゃないぜ。朝から緊張して飯が喉を通らないし。


 一方の山野はいつもの無表情野郎だが、こいつは常時顔の表情が変わらないな。喜怒哀楽の楽の感情まで欠落させると、サイボーグみたいな感じになるのか。


「何よ」


 声をかけられた上月も、いつもの微妙に不機嫌そうな感じを演出している。となりに座っている妹原は、山野の突然の襲来に驚いているみたいだ。


 でも……ああ。妹原は何度見ても、可愛い。こうして近くで眺めていられるだけでもう、幸せだ。


「お前、数学はCコースなんだってな」

「それがどうしたのよ」

「いや、なんとなく聞いてみただけだが。最初からそんな成績で平気なのか?」

「そういうあんただってCでしょ。人のこと言えないじゃない」


 山野と上月の会話は少し違和感があるが、すごいな。共通の話題である学校の話をネタにして普通に会話している。


 昨日の夜に山野が上月に電話して、今日の打ち合わせを少ししていたらしいが、それだけで初対面の女子と会話できるのか? 上月だってまあ、一応は女子なんだし。


 面と向かって会話するのはこれが初めてなはずなのに、山野も上月もすごいよな。


 山野が妹原の前の席にさりげなく腰かける。


「俺は、勉強は興味ないからな。成績については少しも気にしていない」

「ふーん。それなら別にいいけど」

「それより先週のサッカーは観たのか? たしかオーストラリア戦だったと思うが」

「あっ、あんたも観たの!? そうそう、あの試合ね」


 おっ、サッカーの話をした途端に上月が食いついたぞ。こいつのサッカー好きは俺が教えた情報だが、効果は抜群だ。


 上月が話している隙に、山野がそっと目で合図してきた。そこに座れという合図だと思うので、となりの席に座ってみる。


 妹原が、俺の右斜め前の席に座っている。こんな近くにいれるなんて、ああ! でも心臓の動きが最高潮に達しているから、まずい。好意があるのがばれてしまう。


 緊張でもう憤死しそうだ。


 それに比べて山野の顔は一ミリも変化がないな。そのまま何気ない感じで妹原の方を向いて、


「妹原はサッカー観たのか?」


 しかも初対面で呼び捨てにする程の余裕っぷりかよ。


「わ、わたしは、スポーツはあまり……」


 妹原はかなり緊張してるのかな。顔もほのかに赤い。


「なら、どんな番組なら観るんだ?」

「ええと、ドラマ、とか」

「ドラマ? たとえば?」

「え、えっと、その……」

「今日からはじまるSUNとかか?」

「あっ、うん」


 妹原はドラマ通なのか。今日から俺もドラマをチェックしなければ。


 その後も山野がドラマの話題をふると、妹原はか細く答えたり、うなずいたり――が二、三回繰り返された。


 その様子をとなりでじっくり見てたけど、妹原はなんというか、見た目通りのおとなしい女子なんだなと思った。内気というか、しゃべるのもあまり得意そうじゃない。


 どちらかというと、クラスではあまり目立たない方なんじゃないか。


 山野に対して緊張している姿を見ると、スーパー女子高生なんていうすごいレッテルを貼られている女子には全然見えない。異性とあまり会話したことのない、もの静かな普通の女子だった。


 でも、そんな等身大のきみが俺は好きさ。――と心の中で告白していると、山野が突然、


「ちなみに八神はどんなテレビを観てるんだ?」


 俺に不意打ちとばかりに話をふってきた。


「あっ、えっと」


 何も考えていなかったから、とっさの言葉が出てこない。


 妹原が好きなのはドラマだから、最近のドラマのタイトルを言えばいいのだが、俺が主に観てるのなんて、深夜の下らない萌え系のアニメしかないから、サンだかタンだかのおしゃれなドラマのタイトルなんて、いくら長考しても思いつくわけがない。


 そういえば昨日レースゲームをやっていたのを思い出した。


「俺は、エ、F1とか、かな」


 すると上月が「プッ」と手で口をおさえて失笑しやがった。この野郎……。


「F1か。……それは、また斬新な趣味だな」


 山野もメガネをずらして絶句したが、なら聞くなよ。さっそく失敗したじゃないか。


 でも妹原はバカにしないで、くすくすと微笑んでくれた。ああ、俺はやっぱり妹原が好きだな。

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