番外21-3︰エンド・オブ・ヘゲちゃんの憂鬱

 アシェトからの難題で頭がいっぱいだったが、昨日のことを気にしてると思われたくないばっかりに、ヘゲはアガネアの様子を見に行った。

 会いたくはなかった。どうせここぞとばかりにからかわれるか、ふざけたことを言われるに決まっているからだ。

 それにヘゲ自身、いったいどういう態度でアガネアと顔を合わせればいいのか解らなかった。


 イタズラを叱ればいいのか、自分の行動を弁解すればいいのか。たとえば“あれは着けるたびランダムに性格が切り替わるのよ”だとか。

 しかしヘゲは、アガネアが本当の効果をアシェトから聞かされているのでないかと疑っていた。アシェトなら面白がってやりかねない。


 だとしたら、うかつなことは言えない。説得力のある理由を語った後でアガネアから間違いを指摘されれば、立場がない。


 ところがヘゲの様々な心配をよそに、アガネアは昨日のことについて、何も言わなかった。それどころか、みょうにおとなしい。

 ヘゲは不安になった。アガネアはなにか企んでいるのか。


 それとも、昨日のことが触れたくないくらい──嫌だったのか。


 嫌がられた? そう思うとヘゲは今までに味わったことのない感覚に捕らわれた。それは重くのしかかるような苦しさ。胸の奥が痛み、落ち着いていられない。


 当たり障りのない会話をしながら、ヘゲはアガネアの様子をうかがう。けれど、自分に対する怯えや嫌悪感みたいなものは見えない。少し鼓動が早いくらいか。どうもわずかに緊張してる様子だが、その理由が絞り込めない。


 ヘゲは真面目で不器用で、頭が良かった。解らないことは放っておけず、いくつもの可能性を考えてしまい、身動きが取れなくなる。


 けっきょくヘゲも昨日のことには触れられないまま仕事に戻った。

 就業後、リレドから呼び出されて術式の解読と契約受諾の返事を聞いたときは嬉しかったが、それでも憂鬱な気分は晴れなかった。


「そもそもあなたたちは、あの術式の解読がどれほどの偉業か解ってるの?」


 帰り道、ついガラにもなく言ってしまった。


「スゴイとは思うけど」


 アガネアの気のない返事につい熱くなり、ヘゲはそれがいかに困難で、労力とひらめきが必要なのかを語ったものの、あまり伝わらなかったようだった。


 アガネアの質問に答えたり、買収の契約内容について嘘のない範囲で答えてやったりしてるあいだも、ヘゲは自分とアガネアの様子に意識を集中していた。

 質問だとか説明だとか、言うべきことが明確な話題であれば普通に話せる。むしろお互いにあまり余計なことを言わないだけ、いつもよりスムーズだ。

 アガネアと話していて脱線の多いことが、ヘゲには不満だった。だからこれは望ましいはずなのだが。


 ──なにかしら、この物足りない感じ。


 アガネアを馬鹿にするのはヘゲにとってちょうどいい息抜きだ。けれど、それが失われたという以上の何かがあった。


 そもそもヘゲはアガネアが来るまで、必要のない会話というものをした経験がほとんどなかった。いったい今まで自分はアガネアとどうやって話していたのか。


 ヘゲはあらためて考えてみて困惑した。自分がどうしていたのか、全然わからない。ただ自然と言葉が出てきていたような気がする。

 意識しだすと、ますます言葉が出なくなった。どうにか喋ってみても酷くぎこちなく、不自然に感じられて、続けられなくなる。


 それは普通にもあるような事態だが、対人関係の極端に乏しいヘゲにとっては“原因不明の深刻な不具合”としか思えなかった。

 どうにかしようとすればするだけ、どうにもできなくなっていく。しかたなくヘゲは、アガネアとも必要なこと、明確なことだけを話すことにした。


 アガネアの様子は、やっぱりおかしかった。ヘゲに対しておとなしく、ふざけたこともほとんど言わない。そして少なくともヘゲを避けたり、嫌ったりしているようには見えなかった。

 そのことになぜか安心してしまい、ヘゲはさらに混乱した。なぜこんなふうに感じるのか。嫌がってないならどうしてアガネアはいつもと様子が違うのか。

 一つ一つのことがヘゲにとってはあまりにも謎で、自分が狂いかけているのではないかと、少し怖くなった。


 ヘゲの感じていること、悩まされていることはどれもこれも他人からすれば、いつかどこかで経験したり、目にしたようなことばかりだ。

 けれどもヘゲにとってそれは、どれもこれも新しく、未知で、どう扱えばいいのか解らない、そんなことばかりだった。

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