方法39-4︰言うたあかんて言われてるて言うたやろ(詮索はやめましょう)

 大げさな感じを出してみたけど、誰かに聞けば教えてくれるだろうと思ってた。甘かった。


「ウワサ? さあ」

「知りません」

「聞いたことないですね」


 ギアの会に企画部、広報部、そのほか立ち話する悪魔たちにフレッシュゴーレム。カタツムリの爺さんやイカばあさん、ラズロフにまで尋ねてみたけど、誰も知らない。

 おかしい。たしかあの時、サロエは“みんなの噂”って言ってた。

 ひょっとしてあれか。“みんなって誰!? 言ってみなさい!”って詰めたら具体的には一人くらいしか名前が出てこないパターンか。

 しかたがないので、直接サロエに質問してみることにした。


 チャンスは意外とすぐにやってきた。ベルトラさんが第1厨房の若手と勉強会するとかで、部屋にいるのがワタシとサロエの二人だけになったのだ。


 ベルトラさんはサロエが来てからときどき、こんな感じで一人で出かけるようになった。もしワタシに危険が迫っても、サロエがいれば妖精魔法で時間稼ぎして、そのあいだにヘゲちゃんが迎撃態勢を取れるからだ。


 ベルトラさんは何も言わないけど、今まではそういう誘いってワタシのために全部断ってたみたいだ。そう思うとあらためてベルトラさんに申し訳なさと、感謝の気持ちが湧いてくる。



 ワタシはなにげない感じで、ゴロゴロしてるサロエに話しかけた。


「サロエ。なんかワタシとヘゲちゃん、ベルトラさんのことで変な噂があるらしいんだけど、知ってる?」

「さあ。どんな噂ですか?」


 ……おい。サロエが部分的に健忘症ぎみなのは知ってるけど、いくらなんでもそりゃないでしょ。


 ワタシはサロエのほっぺを両手で挟むとギリギリまで顔を寄せ、その目を覗きこんだ。


 それにしてもこの娘の肌、なんでこんないつもスベスベプリプリフワフワなんだ。三冠王じゃん。

 なんかもう、どうでもいいわ。ずっとこうしてサロエの頬をこねくり回してたい。そんな気分になってくる。


 それにしてもこの体勢、呪いのアクセが放つ負のオーラがモロに来るな。近いほど急激に濃度が増す感じ。だんだん気が滅入ってきた。


 そもそもワタシ、なんでこんなことしてるんだろ。その時間でもっと有意義なことができるんじゃないだろうか。ヘゲちゃんの好感度上げたり。

 あー、でも、ヘゲちゃんの好感度って上げようとするとなぜか下がるんだよなあ。

 そもそも、いい加減にヘゲちゃん固有ルートに入っててもおかしくないはずなんだけど。ひょっとして攻略不能キャラなんだろうか。


 もしそうだったらベッコベコにヘコむ。いやでもまさかね。攻略不能キャラとか、これは現実なんだからそんなふうになってるはずない。

 地道に好感度パラメータ上げてればそのうちきっと……。んでもってラストの手前くらいでどこかにハーレムエンドへの分岐だってあるはず。(だいぶ現実とゲームの区別が曖昧)


 あっ! いかん。呪いにすっかりヤラれてた。これは危ない。早く済ませないと。


「本当になにも知らない? 嘘じゃないってワタシの目を見て言える?」


 サロエは即答しない。なんか瞳孔をふわぁっと開いて、一生懸命ワタシの目をちゃんと見ないようにしてるみたいだけど、そういう問題ではない。


「どうなの? あなたの自由を護った恩人に、あなたはなんて答えるの?」


 真剣な顔で問い詰めてるのに、気がつけば無意識にサロエのほっぺをムニムニしてた。


「へっと、それはでふね。はの」


 虚ろな目になる努力をしながら追い詰められてたサロエの顔が、ふいにキリッとした。思わずムニムニする手が止まる。


「ある人が教えてくれました。主人のためになると思えるなら、従者は言うこと聞かず好きにしてもいいって」


 確かにベルトラさんそんなようなこと言ってたけど、ニュアンス全然違くないか? 脳内で誤変換されすぎでしょ。


「ガネ様。私はガネ様に信念を曲げてほしくないんです。だから、自分がそのきっかけを作るなんてことできません。けど、ガネ様にそこまで言われたら嘘もつけません。お願いですからもう聞かないでください」


 なんの話をしてるのか1ミリも理解できないけど、瞬間的にアホの娘じゃなくなったサロエが真面目に喋ってくれたのは伝わってきた。

 ワタシはサロエの頬から手を離すと、できるだけ距離を取る。負のオーラ浴びすぎて限界だったからね。


「解った。この話はもうしない」


 ホッとした様子のサロエ。けど、これでハッキリした。誰も噂を知らないんじゃない。知ってても隠してるんだ。でも、どうして? 


 なんだか違和感がある。噂話も、それが隠されてることも怪しいけど、そうじゃない別の何か。

 あ、サロエが飽きてきたっぽい。なんかソワソワしてる。


「ベルトラさん戻らないだろうし、もう寝ようか」


 明かりを消してベッドに入る。それでも頭の中はグルグル動いてる。

 誰が、何のために、どうやって口止めしてるのか。噂はワタシたち三人がときどき集まって何かやってることについてのハズなんだけど、それがどうして隠さなきゃいけないことに?

 最初は軽い気持ちでどんな噂なのか知りたいだけだった。けど、こうなってくると何か深刻なことが起きてるんじゃないかって心配になる。


 そこでワタシは違和感の正体に気づいた。ヘゲちゃんだ。さっきのサロエの話はヘゲちゃんも聞いてたはず。なのにどうして何も言ってこないんだろう。

 ワタシは念話してみる。


『へいへいよー』

『へいへいよー。どうしたの? もう寝るんじゃないの? いま忙しいから、緊急じゃなければ明日にして』

『さっきのサロエの話、聞いてたんでしょ?』

『私があなたの雑談を細かいとこまで全部拾ってると思う?』

『思う』


 ワタシは即答した。


『ヘゲちゃん完璧主義者でしょ。ずっと集中はしてないかもだけど、音声も映像もBGMみたいに流してて、少しでも気になったらすぐチェックできるようにしてるはず』

『つまりそういうことよ。それで、私の興味を引かなかったさっきのお喋りに、何かあったの?』


 ワタシはサロエから聞いたことを話そうとして、やめた。やっぱりおかしい。さっきのワタシたちが話してるとこをチラッとでも見たら、ヘゲちゃんは絶対気にするはずなのに。

 だってワタシがサロエの頬を挟んで、顔がくっつきそうな距離で真剣に話し込んでたんだもの。気楽に喋ってるようには見えなかったはず。


『それほどじゃないのね? じゃあ、また明日。おやすみなさい』


 念話が切れる。その後ワタシの頭にはいろいろな疑問が浮かんで、なかなか寝付けなかった。

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