番外8-5:ヘゲちゃんの憂鬱ふたたび
※ヘゲちゃん視点メインの三人称です。番外扱いですが、ほぼほぼ本編です。
──────
アシェトの言葉に納得した悪魔たちがそれぞれに散っていった。
それを満足そうに眺めると、アシェトはふたたびアトラクション区画へ戻る。
「ああ、アシェト様。地下サーペントの方は問題ありません。軽い脳震盪ですな」
医者が言う。ティルも少し頭を持ち上げ、うなずいた。
「それよりヘゲさんが……」
医者の示す先、プールのふちに腰を下ろしたヘゲがいた。全身濡れているせいで、力なくうつむく姿が弱々しい。
「なあヘゲ。今のスピーチ、どうだった?」
ヘゲは力なく顔を上げる。
「最高でした」
「だろ?」
「あの、アシェト様」
「どうした?」
「信賞必罰がここの鉄則。私は副支配人にあるまじき失敗を犯しました。罰していただかなければ示しがつきません」
ヘゲの言葉にアシェトは笑みを浮かべた。
「失敗? あっち見てみろよ」
言われて一般営業区画を見ると、客たちが物売り屋台にむらがっている。どうやら飲み物や食べ物が飛ぶように売れているらしい。
「いくら一割引きでも、あれだけ売れりゃ充分すぎんだろ。アトラクションも悪かないが、正直、酒とか食い物売った方が儲かるんだよ。よほどの理由がなきゃこんなセールできねぇけどな。今日はもう、アトラクションはこのまま終わりにした方がいいだろ。で、この金儲けのチャンスはおまえが作ったんだ。これで失敗ってんなら、成功ってなんだ?」
「ですが」
「それでも気が済まねえってんなら、お前も副支配人らしくこのチャンスを最大化してみせろよ」
そこでヘゲはすぐさま物販部に連絡。商品を大急ぎでありったけ持ってくるよう指示した。
さらには手の空いているランク上位のホステスと接客スタッフを全員大プールへ招集。
それから館内放送で“ただいま地下プール無料開放中。プール内全品10パーセントオフ”の告知を流した。
そして仕上げに──。
「おおっ!」
客たちからどよめきが上がる。アトラクションエリアに先ほどのヘゲとティルの戦いが1分の1サイズで再生されたのだ。
「やるじゃねぇか。これで上の売り上げは減るだろうが、それでもお釣りがくる、だろ? おまえの言う失敗ってやつはチャラだ」
「アシェト様……」
ヘゲは思わず涙をこぼしそうになる。
「おいおい。泣くなんてやめとけ。悪魔らしくねぇ。それより、ブッちゃんがお前のこと探してたぞ」
「もうそんな時間ですか?」
企画部部長であるブッちゃんから、最新アトラクションのテストプレイを依頼されていたのだ。
「私はここに残って場を盛り上げる。ティル、おまえはどうする? 人型になって部屋で休むんなら、ヘゲに送らせるぞ」
ティルは頭を振ると、ゆっくり湖底に姿を消した。
「アシェト様、ありがとうございます」
頭を下げるヘゲ。
「いいっていいって。ブッちゃんとこ早く行ってやれ」
もう一度頭を下げると、ヘゲは指定されていた部屋へ転移した。体を乾かし、自分を探し回っていたブッちゃんを呼び戻す。
その部屋は店舗エリアの一室を改装したものだった。
広い部屋のなかは真っ白に塗られ、イスが一脚、部屋の真ん中に置かれている。
「いやぁ、お忙しいところすみません。本当にそう思ってるんですよ。なんか下、すごいことになってるみたいですね。何が起きたか知りませんけど」
現れるなりすごい勢いで喋りはじめるブッちゃん。
「あ、これ持ってください」
ヘゲに2本のスティックを渡す。
スティックの片端にはそれぞれ形の違うボタンやトリガーが並んでいた。
「こうそれを左右の手に持って、傾けると倒した方に移動で……」
スティックの使い方を説明するブッちゃん。
「最後にこいつを頭にのせて、と」
ブッちゃんが黒いボールをヘゲの頭にのせると、ボールはどろりと形を崩し、ヘゲの耳と目を覆った。
最初はひんやりしていたが、やがて体温になじみ、少し重いことを除けばまるで何もつけていないようだった。
「聞こえます?」
耳元でブッちゃんの声がする。
「ええ、聞こえるわ」
すると視界が明るくなり、自分のいる部屋が見えた。
目の前に2枚の木でできた板が浮かんでいる。それぞれ金文字が彫ってあった。
「スティックで上下を選んで、丸いボタンで決定してください」
板にはそれぞれこう書かれていた。
“Devil Mode:悪魔として人間の村へ赴きます。制限時間内に教会を破壊しつつどれだけ多くの人間の命を奪えるかで競う、ハイスコアアタックです”
“Human Mode:あなたは人間として村へ行き、秘密裏に教会を破壊します。破壊できれば成功。見つかったり、阻止されれば失敗です”
「いちおうこれ、人間心理に詳しい悪魔とか人界の風物に詳しい悪魔が監修してるそうなんで、かなりリアルですよ」
ブッちゃんが補足する。
さっきさんざん暴れたので、Human Modeを選んだ。
視界が暗転し、明るくなったと思ったら目の前に村の境界を示す柵が立っていた。
それは草の一本、石ころ一つに至るまで、本物と変わらないように見えた。人々の話し声や家畜の鳴き声が聞こえてくる。向うの方に教会の屋根が見えた。
とりあえず村の全体を把握しよう。そう思って空へ飛びあがろうとしたヘゲは、ちょっとジャンプしただけに終わって気づいた。
人間は空を飛べない。しかたなく歩いて向かう。
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