方法17-2:百頭宮の地下深くに謎の巨大生物を見た!(安請け合いはやめましょう)

 数日前のこと。営業後にエイモスは一人、事務所で書類仕事をしていた。

 一区切りついてふとプールの方を見ると違和感があった。

 遠くの方で不自然な波が起きていた。まるで水面下を巨大なモノがゆっくり泳いでいるような。

 よく見ると何かが水面から少し突き出してるような気もする。


 その不自然な波は左手前から右奥へゆっくり移動すると、やがて消えた。

 気になったエイモスは波の立っていたあたりを飛んでみたけれど、何も見つからなかった。


 その翌日も営業が終わってから、同じような現象を目撃。

 今度は二つのコブのようなものが見えたという。


 そして昨日。エイモスはついに決定的な瞬間を目撃する。

 対岸に巨大なシルエットが突き出していたのだ。

 逆光になっていて詳しくは見えなかったけど、それはまるでニョッキり伸びた龍の首のようだったという。


「営業中にそんなものが出たら騒ぎになったでしょうから、なんであれ活動時間は営業が終わってから次の営業が始まるまでの間だけみたいです」


 そんなの目撃して、よく普通に営業しようって気になるな。

 客もエイモスも悪魔だから?


「気になったんだけど、一日目は上を飛び回っただけ。二日目と三日目は確認に行ってもいない。そういうこと?」

「そうです。何かあったら危ないじゃないですか。僕、そんなに戦闘能力ないんで」


 堂々と答えるエイモス。だからそんなんでよく営(以下略)。


「心あたりはある?」

「ここの水は地下大河から引いています。営業中は危ないので閉じてるんですが底に大きな水門があって、時間外は基本開けっ放しで水を循環させてるんです。そこから出入りしてるんじゃないかと。ただ、永らくやっててこんなことは初めてです」


 なるほど。それだけ聞ければ調査としては充分。

 あとは明日、ベルトラさんなりヘゲちゃんなりに相談してどうにかしてもらおう。

 とりあえずエイモスが出て行ったらこの事務所で適当に時間を潰して、程々のところで切り上げよう。

 ところが、そのエイモスが動こうとしない。ワタシを見て何か言いたそうにしてる。


「どうしたの?」

「見学がダメなのは解りましたが、せめてお見送りをさせていただけないでしょうか?」

「見送りって、そこのガラスのドアから出てくのを?」

「はい。せめてそれくらいはさせていただきたいです」


 ひょっとしてコイツ、ワタシが何もしないで事務所でサボるとでも思ってるんじゃないの? 当たってるけど。

 ここであんまりゴネて変に疑われても困る。いったん出て、エイモスが消えたら事務所に戻ろう。


 こうしてワタシはエイモスに見送られ、ドアの外に出た。


 外はひんやりしてた。静まり返っている中でときどき、天井からしたたる水滴の音が響く。

 きっと水も冷たいんだろう。


 プールサイド? に並んでいたビーチチェアに腰を下ろしてしばらく待つ。

 しばらくして確認すると、エイモスの姿は見えなくなっていた。よし。戻ろう。


 ドアに手をかけ、開ける。

 ガタガタン。あれ? もう一度。ガタンガタ。……開かない。


 あのバカ、鍵掛けてった。そこまで信用できないんなら呼ぶなっての!

 こうなったらギアの会を除名してアシェトにチクってやる。

 腹立ちまぎれに何度かドアを揺するけど、やっぱり開かない。


 事務所の隣に「更衣室」という札の掛かったドアが並んでいた。

 ダメ元でこっちも開けようとしてみたけど、やっぱり鍵が掛かってる。閉じ込められた。

 急に背後の湖が気になりだす。今にも何かが姿を現しそうな気がした。


「いやそんな、まさかね」


 しばらくしたらエイモスがワタシの様子を見に来るだろう。何時間後か知らないけど。

 ひょっとしてロビーのソファで寝ちゃったりして夜までこのまま、とか……。


 じっとしていると、だんだん寒さが辛くなってくる。少し歩いて体を温めよう。

 ワタシはプールの縁に沿って歩きだした。


『へいへいよー』


 いちおうヘゲちゃんに呼びかけてみるけれど、返事はない。

 地下深くは圏外とか? なんにしても、これじゃ何かあったらヤバい。


 なるべく水から距離を取りながら、慎重に歩く。

 ドームのフチ部分は歩きやすいように整備されていて、ところどころにビーチチェアやテーブルが置かれている。青い光の正体は壁や天井に生えたコケだった。


 水の透明度は高そうだ。けど、明かりが弱いのであまり深くまでは見えない。

 これじゃプールに潜む何かがかなり接近しても気が付けなさそうだ。


 何事もなくぐるりと一周して、もうすぐ事務所というそのとき、水音がした。

 慌ててそちらを向くと、天井へ届きそうなほど長くて太いものが遠くで水から突き出していた。

 見間違えようがない。あれはたぶんシーサーペント、いやプールサーペント?(やや混乱気味)


 ワタシはとっさにしゃがんで縮こまる。

 そいつはしばらくじっとしてから、やがて水の中に消えた。

 かなり距離があったけど、それでもワタシは息を殺してしばらくじっとしていた。


 実際に目にすると、サーペントの迫力は想像を超えていた。普通に怖い。

 あれは事務所の中にいても無理だ。ガラスの壁なんてその気になれば簡単に壊せる。


 ワタシは何度もヘゲちゃんに呼びかけてみたけど、やっぱり反応はない。どうしよう。

 とりあえずビーチチェアかテーブルの陰にでも隠れてよう。

 そう思って立ち上がったとたん、水中から勢いよくサーペントが首を突き出した。


 それは龍というより巨大なウミヘビだった。


 頭から首にかけて馬みたいな赤いたてがみが生えている。

 少し離れた水面に二つのコブが見えてる。その感じからすると全長30メートルはありそう。


 サーペントは見せつけるようにゆっくり口を開いた。

 牙の代わりに板状の歯が並んでいる。


 逃げなきゃ。


 そう思うのに体は立ち上がった姿勢のままピクリとも動かない。

 サーペントの口が猛スピードで迫ってくる。思わず目を閉じた。

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