方法14-3︰そういうアレではない(契約は守りましょう)

「すみませんでした! 僕が情けないばっかりに」


 頭を下げるロビン。


「いいっていいって。タニアの邪魔をするなんて、立場的に無理があるでしょ。べつに困るようなことなかったし。なんか、ワタシと話してみたかっただけみたい」

「ですが」

「とにかく、気にしないで。ね? ほら、ジェラート」


 ワタシはロビンからジェラートをもらう。

 バニラとコーヒー味。む。たしかに美味しい。行列ができるのも納得の味だ。


 最初は落ち込んでいたロビンだけど、食べながら話してるうちにだんだん元気が出てきたみたいだった。


「で、次はどこに行くの?」


 時刻は午前3時過ぎ。感覚的には夕方だ。そろそろ夜が明けてくる。


「それなんですが……」


 ロビンが黙った。え? なに? 不安になるんだけど。


「どうしたの?」


 沈黙に耐えられなくなる。


「僕と……僕とメモリアルルームに行ってもらえないでしょうか!?」


 ロビンの口調から決意を感じる。なんだか少し顔が赤くなってるみたいだ。


 メモリアルルーム? 葬儀場。それはメモリアルホールか。

 すごく思い詰めた感じだけど、どんな場所なのか全然わからない。こんなときはアレを使おう。


「メモリアルルームも、昔とはずいぶん違うんでしょ?」

「そんなことありません」

「じゃあ、今はどんな感じ?」

「大きな鏡の前に立つと、その悪魔の記憶に残ってる悲惨なシーンが映されます」


 狙いどおり、ロビンは怪しむこともなく説明してくれた。


「そっか。昔と一緒ね」


 たぶんロビンの思い出の中でも屈指のトラウマ級なゴアシーン、グロシーン、鬱シーンを見せられて、ワタシの方は特に何も映らないんだろう。


 行きたくない。というか、行っちゃダメだ。


 鏡がワタシの記憶を何も映さない説明ができない。

 下手なごまかしをして、不審に思われたら大変だ。

 それに、そう。ロビンの記憶を見たくない。


 ワタシだって悪魔が暴力や狂気、不幸や悲惨を好むことくらい知ってる。特に人間がそうした目に遭うのを。

 けど、恐くなるし不快だし、なにより普段から接する悪魔のそんな一面なんて知りたくないから、なるべく見ないようにしているのだ。


 でも、どうやって断ればいいんだろう。悪魔ならそういうのを好むのが自然だ。

 あ、ワタシはそういうのを嫌うド変態ってことになってるから、それでイケるか? うーん。


 ワタシの沈黙をロビンは拒絶と思ったらしい。


「あ、あ、あの、気にしないでください! すみせん。そうですよね。

 いくらなんでも馴れ馴れしすぎますよね。お金払って1回デートしてもらっただけなのに……。変なこと言って失礼しました! 忘れてください」


 勝手に自己完結して謝るロビン。


 …………あ、そうか。これたぶん告白とかそういうのに近いんだ。

 メモリアルルームに行くのはきっと普通なら恋人同士とか、それくらい親密な仲なんだと思う。


 人間がアレをナニするような感じで、お互いを傷つけ合う悪魔は多い。

 お互いの記憶してるとっておきの残酷シーンを見せ合うってのも、きっとなにかそういう感覚とつながってるんだ。


 つまりワタシはいま、告白してきたロビンを振ったようなもので……。

 気まずい。たしかに落札しただけの1回デートで告白してくるとかちょっとナシだとは思うけど……。

 ワタシたちの間にヘンな空気が流れる。


「だ、大丈夫ですよ、アガネア様。他にも予定は考えてましたから」

「あ、そ、そう? じゃあちょっと期待しちゃおっかな? うわー、楽しみだなぁ」


 かなり無理して明るく振る舞うワタシたち。うぅ。なんか胃が。



 案内されたのは街の真ん中にある白大理石の建物。市庁舎だ。

 百頭宮ほどじゃないけど、なかなか大きい。


「こっちです」


 階段を登って一番上の行き止まりへ。

 屋上へ出る踊り場の天井にあったのは、大きなステンドグラスだ。

 ステンドグラスは色鮮やかに地獄の風景を描いている。写真なんかで見たことのある教会のものより、はるかに細かい。


「間に合いましたね」


 見上げていると、やがて

「────!」


 朝の光が外から入ってきた。ステンドグラスが輝く。

 ただ光が通ったってだけじゃない。

 色ガラスがそれぞれ赤なら赤、緑なら緑に自分で輝いてる。

 凄惨な場面を描いているのにそれはとても綺麗で、思わず息を呑んだ。


「どうです?」

「すごいよ、これ!」


 素直に感動する。


「よかった。アガネア様ならきっと気に入ってもらえるんじゃないかと思ってました」


 安心したように笑顔を浮かべるロビン。


「あれ、斜めに角度がついてるでしょう? ちょうど朝日が差し込むようになってるんです」


 輝きは10分ほど続いた。だんだん弱くなり、普通のステンドグラスに戻る。


「綺麗だったー。全然飽きなかったよ」

「喜んでもらえて僕もうれしいです」


 ワタシたちの間にあったぎこちない空気はいつの間にか消えていた。


「少し早いけど、夕食にしましょう。お店を予約してあるんです」

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