方法7-2︰むしろ囲まれる会(設定資料集を読まないなんて、とんでもない)

 その日からワタシは寝る時間も削って、業務中以外はすべて設定の暗記にあてた。

 仕事の間も読んだ内容を思い返して記憶の定着に励む。


 設定は大きく分けて「悪魔について」「大秘境帯について」「擬人について」「アガネアについて」「その他」の4種類。

 それぞれ知ってないとマズい常識からワタシ固有の設定情報まで幅広く書かれている。

 ちなみに大きいオリジナル版も基本の構成は一緒なんだけど、「女一代アガネア物語」というシリーズタイトルの連作短編がちりばめられていたり、昔の怪獣図鑑みたいな解剖図まで載ってたりする。


 ちなみに「その他」の部はオマケみたいなもので、憶えてなくても何ら問題ない感じだった。“アガネア第4形態ドリル潜行モード”ってなんだよ。


 ヘゲちゃんは言葉どおり不意に現れては「大秘境帯の植生を述べよ」とか「アガネアとアシェト様の戦績を答えよ」とか質問をしてくる。

 キャベツ刻んでるときとか配膳がピークのときとか、寝そうなときとか、それはもう嫌がらせみたいなタイミングで。

 それでもちゃんと、ワタシが読んだ範囲の中からだけ出題してくるのが偉いというか、どうやって把握してんだが不気味というか。

 まあ24時間常時見守り状態なので当然かもしれないけど。プライバシー? ああ、懐かしい響きですね。


 フィナヤーたちがヘゲちゃんからの申し出を断るはずもなく、配膳中にメンバーから


「ありがとうございます? 感激です!」


 だとか


「あと6日と7時間くらいですね! 楽しみです!」


 だとかいちいち声をかけられて、あの今忙しいんだけど、というか受け取ったらすぐにどけ、とか思ったりした。


 そんなわけで、どうにか最低限の設定はマスターして当日を迎えられた。

 就業後、ナビに案内されてきたフィナヤーたちのクラブハウスは、なんのことはない。別の階にある従業員部屋だった。ただし、ワタシたちの相部屋よりも広い。


 この百頭宮にはいくつか同好会があるそうで、申請が通れば空いている部屋を借りれるらしい。古式伝統協会のクラブハウスもあるんだとか。


「ようこそ! お待ちしていました」


 ドアを開けてくれたのは宙に浮かぶクラゲ型の悪魔、エイモス。

 透明なカサの部分の中にみっちりセミが詰まっている。ときどきモゾモゾ動いたりもする。うん。楽しくなりそうな予感。


 ベルトラさんやヘゲちゃんの付き添いはない。

 ワタシ一人の方が練習になるだろうし、フィナヤーたちも話しやすいだろうから、とのこと。まあ、理屈ではある。


 部屋の中はキレイに整理されていて、中央の大きな円卓には八人分の席が用意されていた。

 上にはティーセットや一口サイズのケーキ、サンドイッチ、スコーンといった軽食が並んでいる。

 ひょっとしなくても第1厨房の料理だろう。初めて見たけど客用だけあって華やかだ。


 そこまではいい。ステキ。


 ただ壁が、ね。ビッシリと私の写真で埋まってるんだよね。いつ撮ったのか寝姿もある。まさかベルトラさん、買収されてる?

 そして部屋の奥には等身大の精巧なワタシの彫像。

 うっすら笑みを浮かべ、フィナヤーがガメてたワタシの作業服を着ている。

 なるほど。どうりで相変わらず一着足りないわけだ。

 彫像の軽く持ち上げられた右手には切っ先を下へ向けて短剣が握られている。

 その刀身に乾いた赤黒い何かがこびりついてるのとか、床にも同じようなシミがあるのとかはこの際不問にしよう。というか考えたくない。


 天井には絵が描かれていた。中央に憂いを帯びた表情のワタシ。

 周囲にフィナヤーたち会のメンバー7人。背景とかはなく、余白がたっぷりある。

 人が増えたら描き足すつもりなのかも。どうもときどき新規メンバーを勧誘して回ってるらしいし。


 チヤホヤされたいと思ってた時期がワタシにもありました。ええ。本日この時をもって、その考えからは卒業したいと思います。


「アガネア様! 本当にどれだけこの日を待ち望んだことか。光栄です!」


フィナヤーたちは立ち上がると、口々に歓迎の言葉を述べた。

 えーっと、それはいいんだけどなんでみんな人間の姿なの? ワタシがもらってた資料だとみんな本来の姿で写ってたから、せっかく憶えた苦労が水の泡だよ。


 そんなワタシの疑問が顔に出ていたのか、フィナヤーの隣の渋い老紳士が笑顔で説明してくれた。


「私はアヌビオムと申します。今日はアガネア様への親愛の想いを表現するため、僭越ながらみな人間型に変身しております。それに、その方がアガネア様も親しみやすいかと思いまして。

 ああ、そこのエイモスだけはどうにも変身が上手く行かないので自然型のままですが」


 そうかー。むしろエイモスだけは変身してほしかったんだけど。

 アヌビオムの本当の姿は人間の体で、首から上が大きな手になっている。

 その手は灰色で血管やシミが浮き、ねじくれた長い指、黄ばんだ長い爪が生えていて、小指と人差し指を立てて残りの指で三角をつくる、いわゆる「狐の形」をしている。

 しゃべるときはその三本指がパクパクする。


 ワタシはフィナヤーとアヌビオムの間に座らされ、自己紹介を受けた。


 アヌビオムの隣から順に、異常にやせて大きな目をした中東系の少女がアリヤ。正体は七色に揺らめく人型の炎。


 鷲鼻、メガネ、高いほほ骨と額、薄い唇のいかめしい老女がメガン。喪服を着ている。正体は木の枝がごちゃごちゃに絡まったようにしか見えない何か。


 その隣で微笑んでいるのがロビン。長い口ひげを生やした20代前半の若い紳士で、なかなかの男前だ。正体は巨大な兎の両肩に猫の頭と犬の頭が生えてて、蝙蝠の翼をもつ獣。


 最後が太った中年の男で、これはヴァシリオス。陽気で親しみやすい雰囲気で、愉快そうな表情を浮かべている。正体は牛頭に鶏の体で翼の代わりに人の腕が生えた悪魔。


 そしてエイモス、フィナヤーと続く。ちなみにフィナヤーの自然型は上半身変わらずで下半身が蛇の、いわゆるラミアみたいな悪魔。


 自己紹介が終わると歓談タイムになった。

 基本は誰かが質問して、ワタシが答えるという流れ。

 予想以上になごやかな雰囲気だった。

 そりゃそうだ。なにせ全員ワタシへの好感度がカンストしてて、ワタシがなに言っても同意したり感心したり賞賛してくるんだから。

 そして少しでも気に入られよう、自分を印象づけようとして気の利いたことを言ってくる。まるで女王様みたいな気分だ。


 やっぱりこう、主人公はチヤホヤされてナンボよね。

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