⑫Logic
「……ダメです」
凄惨な様子を見ていられなくなったのだろうか。
ハイネは肩で塀を伝い、〈アンテラ〉に歩み寄っていく。
無数の〈
「そんな数、制御しきれるはずがない……」
悲痛に訴え掛け、ハイネは首を横に振る。
肉団子の返答は、野太い
大蛇のような血管が
舌を打つ時間も惜しい!
〈マスタード〉はすかさず飛び出し、タックル気味にハイネを運び去る。直後、ハイネの残像を血管が
一瞬、路面が
「い、言っただろう、〈
肉団子の中から漏れる声は、病み上がりのように弱々しかった。
ただでさえ聞き取りにくい上に、荒く乱れた呼吸が頻繁に言葉を分断する。
「……テメェの命までゴミ屑扱いかよ。ホント、徹底してやがる」
キモたち〈
その一、愚者を排除し、賢者の平穏を確約する。
その二、無能な民衆から、有能な人々を解放する。
その三、弱者に
以上が、〈
そう、彼等は愚者を排除しなければ、賢者が平穏に生きられないと
つまり、浅はかな連中こそが、思慮深い人々を不幸にしていると考えている。
半平には否定出来ない。
誰かを批判するには、前科がありすぎる。
ご近所迷惑な爆音を、マブいと言い張る暴走族。
死刑になりたいからと、
彼等がニュースを騒がす度に、半平は呟いた。
死ねばいいのに、と。
暴走族が全滅すれば、ご近所の皆さんに静かな夜が戻る。
通り魔が独りで死んでいたら、無関係な人々が殺されることはなかった。
無論、誰かが命を落とした話を、「よかった」とは言えない。
でもそれ以上に、「悪かった」と言う気にはならない。
かたや、平然と周囲に迷惑を掛ける連中。
かたや、
二つの人種を公平に扱ったのでは、不公平過ぎる。
否定出来ないのは、その二に付いても同じ。
無能な民衆から、有能な人々を解放する?
独裁者のような思想に、良識ある人々は眉を
だが能力の劣る人間が、周囲の負担を増やすのは事実だ。
半平自身、運動会のクラス対抗リレーの時、
原因は、足の遅い肥満児だった。
勝負に勝つためには、彼へバトンが渡る前にリードを広げなければならない。運動が得意なクラスメイトたちは、個人種目の徒競走以上に息を切らせていた。
仮にあの時、
一六年分の体験を踏まえるなら、〈
皆の平穏を
きっと半平の本心は、限りなく〈
その証拠に、少し油断しただけで顎を沈めそうになる。
道徳の授業中にも同様の現象が起きたが、あれは睡魔と格闘していただけだ。
先生は寛容や博愛と言った単語を繰り返していたが、アクビしか出なかった。
結局、クラス対抗リレーは最下位に終わった。
たった半周の間に一位から五位になった時は、我が目を疑った。
お前のせいだ!
器の小さな半平は、心の中で彼を罵倒した。
口に出さなかったところを見ると、当時から保身の達人だったらしい。
もしもあの時、本音を口に出していたら?
優しさがない! だの、思いやりをもて! だの、クラス中から担任から
だが、考えてみればおかしい。
駿足の岸くんは、全力疾走を無意味にされた。努力を台無しにされたのは、懸命にリードを守って来た半平や、クラスメイトたちも一緒だ。
戦犯の肥満児に文句を言う権利は、充分ある。
同情を受けても、責められる筋合いはない。
そう、〈
辛抱を要求されるのは、いつだって出来る側だ。
出来ない側は、感情論に守られる。
強さとは、負い目なのだろうか?
まさか。
それが努力や工夫を積み重ねた結果なら、手放しに賞賛されなければならない。むしろ批判されるべきは、他人に迷惑を掛けた上、寛容さまで求める弱者のほうだ。
……いいや、彼等が正しいと決め付けるのは早い。
ふと胸の中から声が響き、半平に訴え掛ける。
このままでは、キモの仲間になってしまうと考えたのだろうか。
……人間は変わっていく生きものだ。
……周りにたくさん迷惑を掛けたからこそ、深く反省する場合もある。
……皆に借りを返そうと、社会に尽くす人もいるではないか。
一通り言い分を聞いてから、半平は冷ややかに反論する。
全ての人間が悔い改めるか?
元暴走族のほとんどが、「昔、やんちゃしてた」の一言で過去を清算してしまう。
その「やんちゃ」がどれだけ多くの人に迷惑を掛けたかなど、考えもしない。
あまつさえ、悪事を自慢することも少なくない。
……一面で能力を判断するのは乱暴だ。
……人にはそれぞれ、長所と短所がある。
再び胸の中から声が響き、先ほどより荒い口調で言い放つ。
確かに、その言い分には一理ある。
肥満児はクラスで一番足が遅かったが、同時に一番歌が
音楽祭で金賞を取れたのは、彼のおかげと言っていい。
だが多面的に人を見ても、能力で価値を決めていることに変わりはない。
それは、〈
そもそも会社に入るのにも、学校に入るのにも、試験や面接がある。
そう、世間は公然と、能力を基準にした
無論、お眼鏡に
そして〈
知力、体力、容姿、業績、芸術的才能……。
ディゲルにもらった資料には、その人の全てが審査対象になると書かれていた。
無論、人格も重要だ。
長年、慈善活動を続けてきた
早い話、ランキング下位の人間は、あらゆる意味で人並み以下と言うことになる。
頭も運動神経も悪く、人に誇れる業績もない。
おまけに性格も最悪で、周囲を不快な気分にさせる。
こんな人間を生かしておくことが、みんなの幸せに繋がるだろうか? 能力のなさや性格の悪さに辛抱し、彼を受け入れなければならない理由がどこにある?
多くの人々にとって、彼は赤の他人だ。
血縁もなければ、能力が劣る原因を作ったわけでもない。
いや、周囲だけの問題ではない。
何をやっても人並み以下で、夢も叶わない。
容姿や性格のせいで、誰からも愛されない。
そんな彼が、
いっそ早い内に死んでしまえば、挫折も徒労も知らずに済む。
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