魔獣騒乱
「シバース教が騒ぎを起こしてるらしいんだけど、詳しい事は分からないってさ」
所変わって聖グリュフィス聖堂のメリルさん。近くを通ったご近所さんから情報収集。
その人もまた違う人から得た情報という事で、伝言ゲームみたいになってるから要領を得ないのだけれど、間違いなさそうなのはシバース教絡みという事。
となると、先日の事件とも絡んでるのでは?という事になるはずなんですけど、守護隊が動くどころか、どうも逃げ出したなんて噂まであるらしくてなんだかきな臭い。
「やっぱり、さっきリカちゃんに様子を見に行ってもらった方が良かったかしらね?」
とも思ったけれども、それはエリエルちゃんを危険にさらす可能性もある事。
そういう意味では行かせなくて正解だったとも言えるので、なんというかまあ複雑な思いであります。
そのエリエルちゃんは現在何をしてるかっていうと、クルムちゃんと一緒にロココさんを愛でています。
クルムちゃんは絶賛モフモフ中。
猫をモフモフすれば不安な気持ちもどこかに飛んで行ってしまいますよ間違いない!って事で、クルムちゃんに笑顔が戻ってる訳ですけれど意外な事にロココさん、モフモフされるのは嫌いじゃないみたい。
ちょっと乱暴なモッフモフにも嫌な顔一つせず、されるがままなのです。むしろ嬉しそう。
「かわいいな…私にも撫でさせてくれる?」
「うん!」
って事で、クルムちゃんに代わって今度はエリエルちゃんがモフモフするべく手を伸ばし、ロココさんの背中辺りに触れようとする。
「フミャ!」
と、急に何かに驚いたように声を上げたので
「え!?あれ?ごめん…」
自分が何かをしたのかと思い、心当たりはないけれど、思わず謝ってしまうエリエルちゃん。
そんなエリエルちゃんを、苦い表情で一瞥するから、やっぱり自分が悪かったのかな?と思うと同時に、ずいぶん人間臭い表情するんだな?と思います。
実際猫って人間みたいな表情するときあるからね?うちの猫なんかも…
「どうしたの?」
おっと話が逸れそうになってしまいましたゴメンナサイ…
それでですね…突然の事ですからクルムちゃんだって心配になってロココさんに聞いてみますけど、まあ猫が喋る訳もなく、何も答えちゃくれません。
「みゅううううう…」
唸るような声をあげながらウロウロし始めるロココさん…
だいぶイライラしてるように見えますけれど、何があったか分からないから、エリエルちゃんもクルムちゃんも困惑するばかり。
そのまま今度はテーブルの上にピョンと飛び乗り、狭いスペースをウロウロしながら唸り声を上げ続けるから
「どうした?」
「な~に?怒ってるの~?」
「おや…こういうの、ロココさんにしては珍しいですね…」
そこにいた他の面子も気になり始めて声をかけると、ピタッと動きが止まる…
止まって俯くようにして、今度はわかりやすくワナワナと震えるというのを体現して見せ、そこにいた全員の注目を集めた所で
“アー!モー!オ爺チャンノバカ!私ハ普通ノ猫トシテ、一生過スゴスツモリダッタノニ!”
それはすぐにロココさんの声だと分かって、皆の脳内に響き渡たり、後静寂となる。
“ア…”
やらかしてしまった事に気付いても後の祭り。
「しゃ…しゃべったー!」
最初に声をあげたのは、目をキラッキラさせながらのクルムちゃんでございました。
で、なんでこのような事態になったかという事を、少し時間を巻き戻して説明いたします。
場所は貧民街某所、クルーア君の所に戻りまして…
“マリーッテ、アノマリーカ?”
遅れてきたシャルルさんが若干息を切らしながら駆け寄ってきて、その姿を確認し
“マジカ…”
驚愕する。
彼女がこの街にいるはずのない人物だという事を、シャルルさんもよく知っている。
さて、このままの状態では目の前の狂人と相対する事はできない。
地べたに寝かせるのは気が引けるけれども仕方がないという事で、傷口を下にする訳にもいかないですから側臥位にマリーを寝かせ
「お前治癒魔法とか使えないのか?」
ダメもとでシャルルに訊ねてみるけど
“無理言ウナ、ソコマデナンデモデキル訳ジャナイ”
期待してた訳でも無く、予想通りの答えが返ってきたのに肩を落とす。
「早く治療してやりたい…」
傷は浅いとは言ってもこのままにしておく訳にもいかない。
いろいろほったらかしてマリーを連れてこの場を去るという事も、まあ可能ではあるのだけれど、シェリル姉さんとパーソンくんをこのままの状態にしておくというのも、クルーア君の信条に反するというもの。
“助ケヲ呼ブカ?”
それは願ってもない事だけども
「どうやって?」
“ココカラ聖堂ニイル、ロココ二念話ヲオクル”
なるほど、ここから聖グリュフィス聖堂までは遠くない。連絡が取れるのならすぐにでも助けが来るだろう。
しかしだ
「ロココってあの白猫だろ?そんな事ができるのか?」
それはもう当然の疑問。
“アレモ実ハ魔獣デナ?マア俺ノ孫ナンダガ…魔獣同士ナラアル程度距離ガ離レテテモ念話ハデキルノサ”
孫だったのか!?という驚きは今は置いといて…
魔獣の能力は必ず遺伝するというものではないらしいのだけれど、なるほどロココさんには遺伝しているらしいというのは分かった。
じゃあロココさんにさっそく念話を送ってみよう!
“ダガ遠距離ノ念話ニハ、リスクモアル”
「なんだよリスクって?」
“他ニ波長ガ合ウ魔獣ガイルト、ソイツニモ念話ヲ聞キカレテシマウ可能性ガ高イ”
リスクって言うからなんだと思ったら、他の魔獣に聞かれるかもしれないって事ですけれど、このご時世街中に魔獣なんかいやしないでしょ?っていうのが一般的な認識です。
「そんなの気にしたってしょうがないだろ?それよりもロココはその念話ができるのか?」
ロココさんに念話を送った所で、肝心のロココさんが人と話す事ができなければ、状況を伝えられない。
クルーア君にはそっちの方が心配です。
“デキルノハデキルノダガ、アイツガヤリタガラナイト思ウンダ…シカシ非常事態ダカラナ?ナントカ説得シテミル”
「ああ分かった…じゃあ頼…いや待て…」
言いかけて、ある事に気付いてシャルルさんを止める
“ドウシタ?”
「…聖堂に連絡したら…母さん来ちゃわないかな?」
それはもうクルーア君にとっては、目の前の狂人シェリル姉さんよりも避けて通りたい人物なのですけれど
“贅沢言イッテル場合ジャナイダロ!”
シャルルさんの仰る通り。手段を選んでる場合じゃないので母さんが来ちゃわない事を祈る。
「わ…分かった…じゃあ頼む…」
という事でシャルルさんは念話を開始。
先程の聖グリュフィス聖堂での出来事へと繋がっていくわけです。
という訳で、いよいよ狂人ヴィジェ・シェリルと対峙するって事で
「悪い、待たせたな…」
この間、理由はわからないけど何故か攻撃を仕掛けてくる事のなかったシェリル姉さんに、それはそれで礼を言っておこうと思ったのですけが…
「お…おい…こいつお前の知り合いだろ?猫と喋ってるぞ?頭大丈夫か?」
「…いえ…知らない人ですね…」
パーソンくんと二人、まるで意気投合でもしたかのように、仲良くドン引きしていまして
「あ…しまった…」
やらかした事に今更気付く。
そりゃ目の前に怪我人がいる状態で、突然猫と会話なんか始めた訳です。
見方を変えれば怪我人ほったらかしにして何やってるんだって話ですから、誰だって頭がおかしいって思うだろうし、ドン引きすると思います。
クルーア君をフォローするなら、突如として現れた、この街にいるはずのないマリーと、そのマリーが目の前で切り付けられるのを防ぎきれずに、怪我をさせてしまった事が合わさって自分で思ってる以上に動揺し、冷静さを失ってたという事でしょう。
今はそれに気付いた訳ですから、気持ちを落ち着けるために深呼吸。
吸い込んだ息をフーッと吐き出し気持ちを入れ替え、改めて狂人ヴィジェ・シェリルと対峙するのです。
再び所変わって、ここもまた貧民街某所…
クルーア達のいる場所から遠くない。
「ほう…」
その男は持ち前の嗅覚で騒ぎを嗅ぎ付け、今クルーア達のいる場所へと向かって歩いていた…
「…どうやら“ワタクシたち”以外にも魔獣がいるようですね?」
シャルルからロココへの念話を受信したらしいその男は、そう言うと隣を歩くネコ科の大型動物のような爬虫類の背中を、存在しない方の手で撫る。
「グルルルルルルルルルルルルルル…」
その唸り声が、どんな感情からのものかは知る由もないけれど
「ここまで来てみた甲斐がありましたね…これは、面白くなりそうです…」
そういうアルフォンス・ジェリコーの声が、妙に弾んだものである事だけは間違いない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます