クルーア・ジョイスの事情5

「どんな事情があったかは知らないが、国民を守る義務を負うものが、事もあろうにその国民に手を上げるとは何事か」


 決して大きな声を出す事なく、諭すような口調ではあっても、そこはそこ。この国の軍隊で一番偉い人ですから、ガラの悪い軍服マッチョだってそりゃもう硬直しまくり。


「も、モウシワケアリマセン!」


 声も裏返るってなもんで、直立不動と言いたいところなんですけど、先ほどクルーア君を殴った方の軍服マッチョが、蹲って立ち上がれずにいるものですから将軍閣下も心配になる。


「大丈夫か?ちょっと見せてみろ」


 言いながら、蹲ってる方の軍服マッチョの手を触ったら


「ギャー!」


 情けない声で叫ぶもんだから


「我慢しろ!」


 って叱責しますけど、その手首の有様を見て


「…いったい何をどうすれば、殴った方の腕がこんな風になるのか…」


 頭を抱える…いや、でもそういう事もあるんじゃないですか?


「もう良い。ここの代金は私が立て替えておく。貴様は早く病院へ行って治療してもらえ」


「え?」


 軍人が民間人に手を上げるなんて、そりゃ軍法会議ものですから、そんな所を将軍閣下に見られたとあっては、これはもう何の言い逃れもできない状態。


 何らかの処分はあって当然と覚悟は決めていた軍服マッチョですけれど


「不問にすると言っている。早く病院へ行け」


 見逃してくれる、という事で軍服マッチョは困惑しますし、そもそも将軍閣下が見逃してくれたからって、殴られた相手が見逃してくれるとは限らない訳で


「それでいいな?」


 将軍閣下がクルーア君に話を振りますけれど、クルーア君は目を合わせようともせず


「チッ…」


 再びの舌打ち。


 何がそんなに気に入らないのかわからないけど、将軍閣下に向かってそんな態度を崩さないクルーア君に、顔を青くする現役守護隊員二人なのですけれど、フェリア先生は何故かそれを嬉しそうに見てる。


「早く行け」


「あ…アリガトウゴザイマス!」


 またも声を裏返させて、軍服マッチョは怪我した方の軍服マッチョを抱えて、逃げるようにお店を出ていきました。


 けれど、いまだ店内は異様な雰囲気に包まれております…


 いやまあ将軍閣下という、下町の酒場には場違いな人物が現れた訳ですから、それはまあそうなんですけど…


「騒がせて済まなかった」


 深々と頭を下げたりするものですから店主はもう恐縮しまくりで


「ひえ…あ、あのなんでまた将軍のような方がこのような店に?」


 なんて事を言ってしまいますけど、将軍閣下は笑って見せる。


「ははは、エルダーヴァイン家のご令嬢が通うような店なのですから、そんな卑下する事ないじゃありませんか?」


 言いながら、フェリア先生たちの座る席へと歩み寄ってくるものですから、現役守護隊員二人はさらに固まってしまうし、クルーア君はさらに憤懣となる訳ですけれども、そんなことは意に介さないフェリア先生


「お久しぶりですジオットさん…ああ将軍と付けた方が良いですか?」


 流石名家のお嬢様は将軍閣下ともお知り合い。


「いや、変に気を使う事は無いよ?でもそうか、私が将軍職に就いてからは会うのは初めてになるんだね?」


 なんて普通に会話が始まるものだから、今更ながらフェリア先生の事「あれ?この人もしかして、自分が思ってる以上に雲の上の存在なのではないか?」と気付くワルドナさん。


 何故か、とてつもなく落胆する。


 そこへ


「君がワルドナ君かな?」


 将軍閣下が、まさか自分の名前を呼ぶもんだから


「え?あ、はい?え、なんで?」


 パニックになる。


 それをまたニコニコと、悪戯な笑顔で見ながらフェリア先生


「ワルドナさん?そもそも今日は何でここに集まったんでしたっけ?」


 将軍閣下が、何故ワルドナさんの名前を知ってるかのヒントを与える。


「え?今日は件の魔法少女の依頼の経過報告を、依頼主側の使いの人に…」


「え!」


 そこまで聞いて、先に気付いたパーソンくんが声を上げ


「ええ?」


 遅れて気付いたワルドナさんが声を上げ


「チッ…」


 クルーア君が舌打ちし


「はい。依頼主は明かせませんが、私が使いの者です」


 将軍閣下が正解を言い


「まあ、座ってください。」


 フェリア先生が着席を促したところで


「ありがとう」


 言って将軍閣下は着席するけど、現役守護隊員二人はもう硬直しちゃって動くことができない。


「君たちも座りなさい」


 将軍閣下に言われて、ようやく着席するけど、動きが硬い。多分に、今、二人を歩かせたら、手と足が同時に出るんじゃないかと思います。


 そこへ店主が


「ナニヲノマレマスカ!」


 緊張で声を裏返しながら、注文を聞きに来る…


 因みに、今日はずっと店主一人でお店を切り盛りしてるって訳ではありません。たまたまです。たまたま。


 で、将軍閣下


「今は、酒を控えてるんだ…」


 非常時だからという事。


 それが理解できない訳はないだろうけど


「それじゃ、こっちが気楽に飲めないじゃないかよ…」


 クルーア君が目も合わせずに吐き捨てるもんだから、守護隊組は「ヒエー!」ってなりますけれど、フェリア先生はニッコニコ。


 それで将軍閣下は


「それもそうか…では少しだけいただこうかな?」


 言って、泡の出ない方の葡萄酒をグラスで注文いたします。


 ここまで来ると、さすがに将軍閣下とクルーア君に何かしらの関係があるのだろう事は、誰でも予想ができるってもんですし、そうなると気になって仕方がない。


 気になって仕方がないけれど、それは将軍閣下のプライバシーにも突っ込む事になる訳で、とてもじゃないけれど守護隊組にそれを聞く勇気は無い。


 かといって、そこを突っ込まずにこのまま話を進めていいものなのか?というのもあって、押し黙ってしまう。


 早く、誰かが話を切り出すのを待ち望み祈っていると


「知ってたのか?」


 明らかに不機嫌な態度でクルーア君、フェリア先生に目も合わせずに聞きます。


「ん?知らないよ?でも、もしかしたらとは思ってた」


 フェリア先生は終始笑顔で、それを受けて将軍閣下


「こうでもしないと、お前は私と会おうとはしないだろう?」


 クルーア君に語りかけるから、またぞろ


「チッ」


 聞こえるように舌打ちをして、守護隊組「ヒエー!」ってなる…


 守護隊組もいい加減「ヒエー」ってなりっぱなしなのも何なので、肘で突き合って責任のなすり合いをしたうえで、ここはやっぱり上司であるワルドナさんがという事で、意を決します。


「あ、あの…失礼ですけど将軍と…その…クルーアとはどのような…」


 そこまで言いかけた所で、間髪を入れず


「赤の他人です!」


 クルーア君が叫ぶものだから、将軍閣下は深いため息をつき守護隊組は気まずくなり、フェリア先生だけがニッコニコ。


「ジオットさんが言うと、またクルーアが怒るだろうから、僕が言いますよ?」


 断った上で


「ジオットさんは、クルーアの父親の実の兄…クルーアの叔父にあたる方なんだ」


 ああ、なるほどと納得しかけたけれども、それだけでこの険悪な状態の説明にはならない。


 説明にはならないけれども、ワルドナさんは、そういえば以前の会話で、クルーアの父親が軍人にならなかったために、家を勘当されたという話を聞いたのを思い出す。


 パーソンくんはパーソンくんで、守護隊の先輩方から聞いた、「クルーア・ジョイスは軍にコネがある」という噂話を思いだして、「これか!」と、声には出さずに驚愕する。


 そこで、将軍閣下がため息交じりに語りだす。


「私には子供がいなくてね?それで弟の子であるクルーアに、家督を継いでもらえないかと、いろいろと画策したのだが、まあ断られてしまってね…私が諦めきれずに、しつこくしてしまったものだから、今ではすっかり嫌われてしまった…という訳だよ…」


「チッ」


 またぞろ…だけれども、先程までよりもやや大人しめの舌打ちに


「心配するな…流石にもう諦めている…ジオット家は私の代でお終いだ…」


 なんて重い話で返すものだから、流石のフェリア先生からも笑顔が消えてしまう。


 それを見て、さあこの話はここまで、とばかりに将軍閣下がパンッと手を叩く。


「さあ、仕事の話をしましょうか?」


 ようやく本題という事で魔法少女の件、これまでの経緯を経過報告開始…





 終了…





「そうか…あの子と話をする事ができたんだね?」


 話を聞き終えて、将軍閣下が気になった事は


「元気だったか?」


 クルーア君に尋ねたつもりだったのだけれど、クルーア君が答える訳もなく


「どうでしょうね?少し落ち込んでるように感じましたけど…」


 フェリア先生が話を拾う。


 それを聞いてた守護隊組は、魔法少女を「あの子」と呼ぶ事に、若干の違和感を覚えながらも、ただ黙って聞いている。


 そこでフェリア先生が、何かを思い出したかのように笑顔を復活させ


「そういえばクルーア?あの子、明日実家に行くみたいだよ?」


 思いもよらない話をクルーア君に振る。


「なんで、その話を俺にするんだよ…」


 フェリア先生、予想通りの答えが返ってきたので嬉しそう。


「いや、お前もたまには帰ったらどうなんだ?もう3年も帰ってないのだろう?」


 守護隊組には、明後日の方向に話が飛んだとしか思えないのだけれど、将軍閣下には話が通じたようで


「なんだ…エs…メリルさんの所、顔出してないのか?」


 ただでさえ、お前には関係ないだろう、っていうのがクルーア君の本音なのに、さらに母親の事を「エステバン」と呼びかけた事も癇に障り


「話し、終わったんなら俺帰りますよ…」


 言って立ち上がり、自分の分の代金を渡して店を出て行ってしまった…



 クルーア君がいなくなった所で、将軍閣下と守護隊組が「フー…」と深いため息をついた事で、今までの妙な緊張感を作ってたのが、将軍閣下ではなくクルーア君だった事に気付いて、4人そろって笑ってしまう。


「すまないね…家督の事もあるのだけれど、何より弟の事があって、あの子は、ああして私に心を開いてくれないんだよ…」


 なんて将軍閣下が謝りだすもんだから


「い、いえ…将軍が謝る事じゃないです」


 恐縮しまくるワルドナさんに


「そういえば守護隊と言えばアナトミクス派の事件、捜査はどうなってるのかな?」


 唐突な質問を投げかけてきて


「あ、はい…明後日より捜査範囲を地下水路にまで広げる予定で…」


 またぞろ、うっかり喋ってしまうワルドナさん…


「そう…か…」


「?」


「ワルドナさん守秘義務…」「え?いや将軍なら大丈夫だろ?」といった、守護隊組のやり取りをよそに、そんな質問をする事にも、その答えに対する将軍閣下の反応に、「それを将軍が知らないという事があるのだろうか?」という、素朴な疑問だけではない違和感をフェリアは感じ取っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る