第三章 魔獣騒乱

魔法少女の見る夢3

 通いなれた魔法学校の教室を、俯瞰で見下ろしている…


 エリエルであれば飛べるのだから、それも可能ではあるのだけれど、これは夢だ…


 何故ならそこにはもう一人の…11歳の自分がいるのだから。


 …これは夢であるのと同時にエリエルの記憶。


「今日は何の話をしようかな?」


 一人の少年が、教卓に立って話を始める。


 今では誰もやらなくなってしまったけれど、エリエルが魔法学校に入学したばかりの頃は、上級生が新入生を集め、こうした集会を行っていた。

 当時は、何故こういう事をするのかなんて考えもしなかったけれど、今にしておもえば、それが親元を強制的に離れる事になった子供たちが、学校で孤立しないための気遣いだったのだと分かる。


「お前の得意な魔獣の話してやれよ!」


 何を話すか迷う壇上の少年に、別の上級生が声をかける。


 それにしても、当時11歳の子供にとって、4つ年上の15歳というのは相当大人に見えたものだけれど、自分が同い年になろうとしてる今、その人を見ると、そうでもないどころかむしろ、子供っぽくすら感じてしまうんだから不思議なものだ。


「そうか…うん、そうだね魔獣の話をしよう」


 この話を聞いたのはエリエルが初めてこの集会に参加した時であり、だからというのもあって、とても印象に残り、その内容は今でもはっきりと覚えてる。



 大昔、世界崩壊の危機があった事。


 そして、それは聖エヴァレットの力によって退けられた事。


 その時代以前の物は、エヴァレットの塔以外、遺跡すら存在しないという不自然さ。


 そして、世界崩壊の影響によって著しい環境変化が起こり、あらゆる生命が死滅していった事。


 それによって起こった食糧危機。


 それを危惧した、当時の魔法使い…当時はシバースなんて言葉はまだなかったから魔法使い…が、その力で、環境の変化に耐える事の出来る動植物を生み出していったという事…


 これが魔獣化魔法の始まり。


 しばらくして争いの時代が始まり、魔獣化した動物を争いの道具として使うようになった事により、魔獣化魔法は急激に発展していった事。


 やがて、村が町へ、町が都市へ、都市が国家へと時代と共に大きくなるにつれ争いも大きくなり戦乱の時代になると、魔法使いの絶対数より魔獣の絶対数が戦力を決定付けるようになり、各国家はより強力な魔獣を求めて、研究開発を繰り返していったという事。


 それがエスカレートして、ついに人の手では制御する事のできない魔獣を生み出してしまったという事。


 そして国家間の戦乱の時代は終わり、人類が魔獣の恐怖に怯える時代が始まり、それは気の遠くなるほど長い期間続いたという事。



 聖グリュフィス・シバースの英雄譚。



 そのような経緯があって、魔獣化魔法は最大級の禁忌とされ、現代は失われた魔法の一つになったという事。


 それらの話の全てが、世間知らずのお姫様にとっては新鮮な物であり、とりわけ教卓に立つ少年が最後に語った


「ところで、聖グリュフィスが戦い、倒したとされる魔獣の王って、人間を魔獣化した物だったんじゃないかって説があって、僕はこれにすごく興味があってね?そんなこうがもし可能であるなら、例えば流行病に対して耐性をつけるなんて事もできるんじゃないかと思うんだ。そのために、僕はいつか魔獣化魔法の禁忌を一部解除し、技術的にも法律的にも復活させたいと思ってる…」


 今聞けば、彼の言ってる事はとても恐ろしい事だと思えるけれど、その時のエリエルにはまだそれが分からずに、その夢物語がキラキラ眩しいものだと感じてしまう。


 話を終えた彼が、まだ何も分からない11歳のエリエルの前へと歩いてくる。


「あれ?君はこの集会は初めてかな?」


「は、はい…」


 そう、これはあの日の記憶


「僕はリチャード・ヘスコーって言うんだ。君の名は?」


「そ、ソ!…」


 狼狽えて「ソフィア」と答えそうになる。しかし今の自分は「ソフィア」ではなく…


「ユーリカ…ユーリカ・マディンです…」


「そうか!よろしくねユーリカさん」


 その時の忘れられない優しい笑顔が、この数か月後に起こった出来事と共に、エリエルの胸を締め付けるのです…









「…リカ…ユーリカ…」


 誰かが自分を呼んでいる…ソフィア・パナスではなくユーリカ・マディンである自分を…


「ユーリカ…」


 そうか夢が終わったんだ…でも、もうちょっと寝ていた…


「ユーリカ・マディン!」


 コツンと頭に衝撃を受けて


「ヒヒャッ!」


 変な声と共に、エリエルちゃんは晴れてお目覚めと相成りましたけれども、まだボーっとした状態で、自分の頭に衝撃を与えた人物を見やり、鬼の形相で自分を見下ろすその姿を確認して


「フェリア…お姉ちゃん?…」


 文字通り寝ぼけた事を言うもんだから、一瞬フェリア先生戸惑いますけど、すぐに鬼の形相に戻ってもう一度コツン…


「誰がお姉ちゃんだ!」


「す、すみません!」


 流石に今のでシャッキリ目が覚めたようでして、ここが魔法学校の教室であり、今は授業中でらつまり自分が授業中に居眠りぶっこいたんだと気付いた所でもう一度


「すみません!」


 言ってしまうのにつられて


「あはははははは!」


 笑い声をあげたのは、30人から生徒のいる広い教室でただ一人だけ。


 普通なら教室全体で大爆笑が起きてもおかしくないような事なのに、ちょっと異様な雰囲気である事をその生徒も察して、笑うのを止めてしまう。


 それが、この教室内でのエリエル=ユーリカ・マディンの置かれてる立場を表している…


 俯くエリエルちゃんに、フェリア先生だって思う所がありますけれど、今は頭を軽くポンっと叩いて


「私の授業中に居眠りとはいい度胸だ…」


 通常運転…教師モードのフェリア先生は僕っ子ではないのです…ですけれど、それだけ言って教卓に戻ったところで授業が終わり、ホームルーム的な時間です。なんやかんや話した所で本日の大事な連絡事項。


「さて皆も聞いてるとは思うが、昨日発令された緊急事態令に基づき今日から五日間、夜間の外出が禁止になる。まあ個人的には、そこまでやる必要があるのか?とか、それをやって何の意味があるんだ?とか思わなくもないが、法令は法令だ。守らなくてはいけない。我々は残念な事に、シバースだというだけで目を付けられている。皆くれぐれも軽率な行動は慎むように…以上」


 分かっているのかいないのか、ハッキリしない疎らな返事を聞いて「言う事は言った。後は知らん」とばかりに、颯爽と教室を立ち去ろうと扉の前まで来た所で、フェリア先生思い出したように


「あ、ユーリカ・マディン…後で私の所に来なさい」


 刺すような眼差しで言うもんですから


「ひひゃい!」


 変な返事になってしまうも、それを聞いて教室に笑いが起きる事はやっぱりなく、分かってはいても肩身の狭い思いに、軽くへこんでしまうエリエルちゃんを見て、ため息をつきそうになるのをグッと堪えて、フェリア先生は教室を出ていく。



 さて、そんな訳で、フェリア先生の所へ行く用事が出来てしまったエリエルちゃん。


 帰り支度をさっさと済ませ、職員室的な所へと向かおうとした所で、先ほど教室でたった一人だけ盛大に大爆笑していた生徒と目が合って軽く硬直。


 どんな顔をして良いのかもわからないですし、目を逸らしてやり過ごそうかと思ったのだけれど、その生徒が、二カーッと多少苦みの混じった笑顔をするもんだから、目を逸らすタイミング逃してしまい、ただただ戸惑う。


 向こうは向こうで、どんな顔して良いかわからないといった感じで、困った顔をしたと思ったら、今度は明らかな苦笑いを向けられた所で


「ニコラ、行くよ?」


「あ、うん…」


 ニコラと呼ばれたその生徒は、他の生徒に呼ばれるままに教室から出て行ってしまう。


 彼女は、人よりも遅れて能力に目覚めたシバースで、最近魔法学校に編入してきたばかり。


 この教室におけるエリエル=ユーリカの、置かれてる立場も知らなかったのだろう。


 しかし、それも今日まで。明日から彼女にとっても、エリエル=ユーリカは「存在しない」事になるに違いない…


 考えても詮無い事だし、今は早くフェリア先生の所に向かう事にする。








「大丈夫か?」


 怒られるのかな?と、若干ビクビクしながら職員室的大部屋まで来てみれば、フェリア先生の第一声がこれだったのだけれども、いったいどの事について大丈夫かと聞かれてるのか分からず


「え…と…」


 エリエルちゃん答えに困ってしまいます。


「いや、お前が居眠りなんて珍しいからさ…体調でも悪いんじゃないか?」


 フェリア先生、言葉が足りなかった事を察して、すかさず付け加える。


「あ…いえ、昨夜あまり眠れなかったので…すみませんでした」


「そうか…あまり無理をするなよ?」


 これは、話の取っ掛りであって、あまり重要な事ではなく、つまるところフェリア先生の話というのは


「で、だ…分かっているとは思うが、お前の例の活動、この五日間はやるんじゃないぞ?」


 要するに、軽率な行動を慎めの念押しである。そして、これに対するエリエルちゃんの答えは決まっていて


「あ…はい、大丈夫です。私、もうあれはやらない事に決めましたから…」


 それはフェリア先生には寝耳に水で


「え?本当か?」


「はい…昨日の…クルーアさんでしたっけ?あの人と、約束しましたから」


 そんな事は聞いてないフェリア先生。次にクルーア君に会った時に、血の雨を降らす決意を固めます。


「良いのか?」


「はい…」


 なんとなく腑には落ちないけれど、しかし当人がそう言うのであれば、それ以上フェリア先生が、とやかく言う事は無い。


 教師であるフェリアが、生徒に違法行為を勧める訳にはいかないですから。



 そういえばら教師としてという事であるならば、もう一つフェリア先生には気になる事がある…


「なあ…ユーリカ?」


 それは、本人に聞くのは、とても辛い事ではあるのだけれど


「はい?」


 だからと言って、聞かない訳にもいかず


「お前…イジメられ…」


「大丈夫です!」


 質問が終わるより早く、強く、強く、否定するから、全然大丈夫なんて思えないんだけれども


「大丈夫です…失礼します」


 その話には触れないで、とばかりに話を切って、そそくさと職員室的大部屋を出て行ってしまったエリエルに、かける言葉をフェリアは持っていなかった。











「イジメなんかじゃない…皆を裏切った私への罰だ…」


 帰り道、独り言つエリエルの脳裏に、あの日の自分を見る皆の…そして、リチャード・ヘスコーの刺すような冷たい視線が過る。


 あんな目で見られる事に比べれば、ただ「存在しない」事にされてる今の方が、はるかに楽だと言い聞かせる…



 ふと、居眠りの時に観た夢の事を思い出して、いつもなら目が覚めれば霧散してしまう夢の内容を、何故かはっきり覚えている事に気付き、不思議な感覚に襲われる。


 しかし、考えても分からない夢の内容を覚えてる理由より、エリエルには、何故、今こんな夢を見たのだろう?という事の方が気になって仕方がなかった。

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