第23話:シガレットとロリポップ

 コンビニエンスストアで買った缶ビールを飲みながら、夜道を徘徊する。ありふれた一人でしかない彼は存在価値が煙同然。燃えカスのような人生をこうして今日も浪費し続ける。


 駅前通りは金曜の夜ということもあって飲み屋街は賑わっている。ほとんどの人が顔をだらしなく緩ませてゆらゆらと歩く中、彼もまた酒に飲まれた人達に紛れて飲み屋街を行く。しかし彼はどこに立ち寄るわけでもなくその飲み屋街を抜けていった。

 通りを抜けるとそこには風俗街が広がる。そこで彼はふらふらと数分彷徨った後、店舗に吸い込まれていく。


 待っているとボーイから呼ばれ、二階へ上がった。指定された部屋の前にはすでに風俗嬢が立っていた。

「どうも」

 軽く会釈をすると向こうも頭を下げた。手を繋ぐと、いきなり唇を重ねてきた。数秒経ち、顔を話すと彼女は笑った。


 彼女の笑顔はひどく気持ち悪かった。


 風俗嬢が客に振りまく愛想とどこかが違う。まるで笑顔のまま表情筋を固められたように不自然だ。

 これが彼女との出会いだった。プレイ中彼はいくつかの青黒あおぐろい痣、タバコを押し付けらた痕が彼女の背を覆っていることを知った。


「お店にはこのこと言わないでね」

 彼女はまた張り付けたような笑顔を彼に向けた。


「じゃあ、何故見せた? 」


「なんでだろ」



 そこから彼は彼女に金を落とし続けた。顔が好みだったということもあったが、それよりも彼にとって嬢というものはサラリーマンより下という認識らしく、そんな嬢に金を与えるという行為はまるで乞食に施しを与えているようで自尊心がとんでもなく満たされた。

 次第に彼は金を落とすたびに彼女に興味を持つようになり、行きずりでお互いの連絡先を交換して彼女との交際は始まった。彼女にとっても体の相性が良く、羽振りのいい彼は自分が生きていくためにはちょうど良かったみたいだ。


「何でお前はいつも笑ってるんだ」


「これしか知らないの。こうすればみんな喜んでくれるでしょ」

 夜明けが近づき薄花色の光が窓際から入ってくる。その中で彼女が笑う。


「そうか」

 シングルベッドで身を寄せ合うようにして二人は抱き合った。まるでラブドールを抱いているみたいだ彼はそう思った。


 昼間仕事をして、夜寝る彼。

 昼間寝て、夜に家を出る彼女。

 彼女は彼の部屋に帰っては来るが、生活リズムが真逆な二人は会話なんてほとんどなく、ただ寂しい時だけ身体を重ねるだけだった。「恋人」というより「共依存」に近い関係のふたりであったが、彼らにとってはそれでちょうど良かったみたいだ。


「お前にとって楽しいことってなんだ? 」


「何だろうね」

 彼女は笑った。


「じゃあ、悲しいことは? 」


「うーん……わかんないや」

 彼女は笑った。


「じゃあ、腹立たしいことは? 」


「どうだろう、怒ったことないからな……」

 彼女は笑った。


「お前死んでんのか? 」


「もしかしてそうかもね」

 彼女は笑った。



 その夜、彼は彼女を滅茶苦茶にした。

 湧き上がる原始的な欲求のままに彼女の肢体を弄り回し、自分という存在に畏怖を覚えるまで劣情をぶつけ続けた。

 彼女の仮面みたいな顔を何度も殴り、腹部を思い切り踏付ける。

 劣情は暴走し続ける。そうすれば彼女は笑顔以外の顔を作らざるを得なくなる。彼はそれを期待していた。

 その暴挙は彼にとって純粋な行為だった。

 どうすれば彼女に他の感情を出してもらえるか、それを真剣に考えた結果だった。


 跨られたまま、彼女は浅い息をやっと続けている。下顎は力なく開いたままで彼の拳によって切れた口端からは血が流れ頬をつたい、シーツに淡く紅い華が広がる。


「満足できた? 」

 忌々しい笑顔が彼を見ていた。その顔に彼は耐えられなくなった。

 傷つけたのは自分であるのに、どうしようもなく涙が溢れる。

 赤子のように泣きじゃくる彼を彼女は包むように抱いた。



 翌朝、彼女は彼の部屋から姿を消していた。ベッド脇の小さなテーブルには書置きのメモが残っている。


「昨日のお返し、窓の外を見て」



 ベランダに向かい、下を覗きこむと3台のパトカーが駐車場に止まっていて、テレビドラマでよく見る黄色いテープがブルーシートの周りに張り巡らされている。

 囲むように近所の人がマンション近くに集まっていた。

 彼は呆然とその光景を見ることしかできなく、何時間経っているのかすらもわからないままその場で立ち止まっていた。


「何がしたかったんだろ、俺」


———紅くて黒い華がそこには咲いていた。


 赤、黄色、青、白、緑など世の中に様々な色があるように、彼女にも以前は様々な感情があったのだろう。

 しかし愛らしい顔を持ったものの、虐待で大人たちに従順に従うしかなかった彼女は襲われるたびに無駄だと感情をどこかに溶かしていった。まるで舐めると溶けてなくなるロリポップのように。

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