第30話 パン食い競争

「ドンマイ!」


 百メートル走が終わって自チームのスタンドへと戻ってきて、一番に掛けられた声がこれである。

 自分でもそんなに足が速くないのは自覚しているし、まぁ順当な順位だと思っているので気にしてはいない。

 ちなみに去年のクラスメイトには負けました。僕は五チーム中四位でした。


「……がんばった」


 自分に言い聞かせてみるけれど、四位という数字がなんだか虚しさを感じてしまう。


「先輩、かっこよかったです!」


 しかし後輩の水沢さんには好評なようだ。四位なのに。

 というかこの後輩はこの間の校外での練習以降、いつにもまして僕に話しかけてくるようになった気がする。

 ……一体何があったんだろうか。

 あのときは雑誌の話に取って代わられたと思ったんだけど。


「あ……ありがとう」


 両手を胸の前で握り締める格好で詰め寄られると、僕は後ずさりするしかない。

 若干引き気味だけれど、かろうじてお礼の言葉は絞り出せた。


「黒塚っちは今日も通常運転……っと」


 僕たちのやりとりを見ていた黒川がそんなことを呟いている。


「……なんだよ、通常運転って」


 話しかけられたことにこれ幸いと、水沢さんから黒川へと向き直る。


「そりゃもちろん、黒塚っちは人気があるなぁと」


「ですよね! わたしのクラスでも黒塚先輩はランキングぶっちぎりのトップですよ!」


「えええっ?」


 なにその胡散臭いランキング。


「初耳なんですけど……」


「へー、やっぱりそんなのあるんだ? そういえば去年の私たちの中でも、先輩たちのそういうランキングっていろいろあったね」


「あー、そういえばあったような……」


 先輩だけでなく後輩にもかわいい子ランキングなんてものがあったような気がする。

 早霧と冴島があーでもないこーでもないと話してたような。

 三年になっていきなり一人暮らしが始まったから、そういうことはすっかり忘れていた。

 ましてや僕自身がそんなランキング対象に入るなんて思ってもみなかった。


「ところで黒塚っちが上位なのは何ランキングかな?」


「あ、はい! 弟にしたい先輩ランキングです!」


「ぶふぉっ!」


 思わず吹いた。

 何そのランキング! 先輩なのに弟とか……、矛盾だらけじゃないか!

 いや待てよ……。もしかすると留年している後輩ならありえないことは……ってさすがにそれはないか。

 進学校だけあって、留年する生徒は滅多に出ないらしいし。

 というかそのランキングって、候補に挙がる人ってごく少数――、いやいやそんなはずはないよね。きっと。


「あはははは!!」


 黒川には大受けだけどさ、僕としては猛抗議したいところだ。


「……ちょっとそのランキングにはモノ申したいね」


 誰に言えばいいかわからないけど。


「まぁまぁ、いいじゃないですか」


 水沢さんは特に思うところがないのかニコニコと笑顔だ。

 一瞬だけとはいえ、もしかして年上かと疑ってごめんなさい。




 昼休憩を終えて午後の部へと突入した。お昼の一番手は赤チームの応援とダンスが行われる。

 午前中に二チーム、午後に三チームの応援とダンスが披露されるプログラムとなっている。

 僕たち緑チームは赤チームの次、いくつか競技を挟んだ後になる。


 スタンドから応援の様子を眺めているけれど、正直言って僕の目線は応援団の向こう側にある一般客席エリアに向いている。

 僕の出番まで秋田さんに伝えたわけじゃないけれど、もし来てくれるのであれば見て欲しいと思う。

 ……と思ったんだけれど。

 ふと自分のダンスを秋田さんが見ているところを想像したところで恥ずかしくなってしまった。


「……何やってんの?」


 頭を左右に振って想像を追い出している僕を不審に思ったのか、早霧が僕を心配そうに――いや、胡散臭そうな目で見ている。


「……何でもない」


 大きくため息をつきながらグラウンドへと視線を戻す。


「「「黒塚先輩!!」」」


 今度は何だと振り返ると、沢渡さん、水沢さん、保澄さんの二年生三人組の女の子だった。

 さすがに一人じゃなくて三人だと迫力も三倍だ。


「……何でしょう?」


 思わず敬語になるけれどしょうがないと思う。


「お前……なんでそんなにモテるの……?」


 今度は早霧に恨みがましい目で睨まれる。

 そんなこと言われても知りません。


「もうすぐ私たちの出番なので、応援してくださいね!」


「あ……うん。わかった。……がんばってね」


「「「はい!!!」」」


 元気よく返事をすると、三人組が入場門の方へと走って行く。

 僕は不思議な生き物を見たような気分で三人を見送った。

 早霧はああ言うけれど、まったくもって実感がない。みんなして僕をからかってるだけなんじゃないかな。


 放送を聞くところによると、次はパン食い競争だ。

 個人的には僕はこの競技があまり好きではない。なぜならば、僕の身長を考慮してくれていない場合が多く、必死にジャンプしないとパンに届かないことが多いからだ。


 なんだけれど――。


 見ている分には『アリ』かな……。

 何が、とは言わないけれど。

 もちろん、ちゃんと応援してあげましたとも。

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