第二章 ツギハギ(14)
「覇王君、急に来てもらって本当にすまない。
だが、うちの総司も子供にされてしまって。兎に角、すぐにでも対処せねば子供達も危ないんだ。」
「それさっき聞いたよ。
だから答えたじゃねぇか。
そいつは、さとりが羽召流の笛を使ってるって。」
「あ……。
そうだった。」
すまない、と髷を撫でて照れ笑う近藤に覇王は溜息をつく。
「こっちもそれは聞いてんだよ。」
「は。」
覇王は土方に苛立つ。
「どうすりゃ倒せんのか。
倒さなくても総司は元に戻せんのか。
それを聞いてんだ。
皆まで聞かなくとも求めてる答えくらい分かんだろ。
ガキでも分かるぜ。」
近藤への発言に対する当てつけのような土方の言葉が、覇王のこめかみに青筋を立たせる。
「葛ノ葉と、さっさとしけこむんじゃなかったのか。」
呆れが含まれた鈴音の声音が、覇王の口から火種を取り除く。
「そうだったそうだった。
こんなところでしょうもない芋侍と争ってる場合じゃねぇんだった。
なぁ、葛ノ葉。」
じっとこちらを見つめている狐に覇王が頬笑むと、葛ノ葉と呼びかけられた狐は、尻尾を振りながら、再度男の膝に顎を乗せた。頭を撫でられると、葛ノ葉は次第に目を細めていく。
葛ノ葉としけこむ……。
覇王の膝元に視線が集中するが、胸に抱いた素朴な疑問を口にする勇気のある者はいなかった。
多くの戸惑いの焦点を浴びながら、それらに何の関心も持たないまま覇王は言葉を並べる。
「ま、笛を取り上げて壊せば仕舞いだよ。
さとりそのものは大した力が無いからな。
何でさとりが羽召流の笛を手にしたのかが分からないが、異国から流れ着いてきたもんであることは間違いないさ。
あれは西洋でも子供を攫うための魔具として怖れられてるらしいからな。
一晩で町中の子供を行方不明にしたこともある、そんな笛だ。」
「その笛を壊せば、総司は……元に戻り、子供達も帰ってくるんだよな、覇王君。」
念を押すように再度答えを求める近藤に、覇王は肩を上げて見せた。その瞳は畳の縁が独占している。
「断定はできない。
西洋のことは、書物や人づてに聞いたことしか分かんねぇからさ。
そもそも、今回みたいに実際のモノが入ってくるなんて希なことだぜ。
長らく時を生きてきたが、西洋の魔具や妖物をこの目に捉えたのは、数えられるくらいでしかねぇし。
それすらも両手の指で足りる程度のことだ。」
「それじゃぁ、総司は元に戻らないかもしれねぇってことか。」
呆然とする近藤の代わりに土方が言葉を引き継ぐ。
「……あぁ。
そうなるな。」
雪の舞い落ちる音が聞こえてきそうな静寂のまにま。自然の奏でる音色が合わさる。
瞼で視界を覆えば、自身の座っていた場所はどこだったのか、分からなくなった。
外側か内側か。
壁や障子戸で隔てられてはいるが外側との境界線に、そうはっきりとした境はないものである。
意識をしているよりか、外は近い。
鈴音は瞼の裏側から締め切られた障子戸の向こう側を見つめていた。
ありありと見える雪景色にどんな記憶を重ねようか迷っていると、名前を呼ばれる。
思い求める声音とは異なるが、全てを瞼に封じ込め、その帳を開く。
「お前も同じ考えか。」
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