模倣因子

@kuronekoya

センス・オヴ・ワンダー

 かつて、敬愛してやまない故水玉螢之丞氏はSFの定義についてこう言った。

 と、思っていたのだけれど、気になって『SFまで10000光年』『SFまで10万光年以上』を再読したら、そうは言いきっていなかった。

 SFには「センス・オブ・ワンダー」が必須とは。

 むしろアシモフがはるか昔、そう言っていたらしい。ググったら。

 人間(主に私)の記憶って曖昧。


 日本SF界において、伊藤計劃と水玉螢之丞の不在の影響は計り知れない。

 とりあえずSFそのものではないけれど、ワンダーフェスティバル公式パンフレットの表紙問題では水玉螢之丞の不在が顕在化しているようだ。


 せっかく読み返してチェックしたのだからここに書いておくと、「センス・オヴ・ワンダー」という言葉は、『SFまで10000光年』のP116の「ありさえすればいいというものでもないけれどなくては困る」、P133の劇場版ポケモンに言及しているところ、P199の「主成分:センス・オヴ・ワンダー」というくだり、『SFまで10万光年以上』のP112でガレージキット界のこだわり的なことについて言及しているところ、P203でオリンピックについて語っている最中に例え話としてSFの国の魔法の言葉として挙げているところ、の5箇所。

 逆にむしろ「センス・オブ・ワンダーさえあればいいってもんじゃない」って感じがしてくるようだ。


 それをうまく定義することは難しい。

 それとはつまり、「センス・オブ・ワンダー」。


 子供向けアニメであっても、その底流にあるもの。

 昔のアニメとそのオマージュとしての作品中におけるセリフ。

 ガレージキットの造形者とそのファンが求めるもの。

 あらゆるジャンルで突き詰めていった時に浮かび上がってくる、上手く表現することの出来ない「何か」。


 言葉と実例を数限りなく挙げていって表現するしかないその姿は、3次元上で4次元を表現しようとする姿と相似形をしている。

 そこに存在するのに、手に取って見せることは出来ない。

 副次的手段として「センス・オブ・ワンダー」という言葉で、その空気感を感じとってもらうしかないもの。



 ミーム、という言葉がある。

 また記憶違いの可能性が高いから詳しくはググって欲しいのだけれど、私の解釈では、例えばバズワードの核をなすもの。人に伝えたくなる情報。

 その情報もしくは単語のニュアンスの正確性はさておき。


 そのメタファで言うなら、伊藤計劃の作品はミーム的だ。

 読めば友人にも薦めたくなる。更には、Twitterやブログで広めなければ気が済まない。

 そうして情報は拡散していく。その人の主観を載せて。

 少しずつ違った伊藤計劃像が、あちらこちらから発信され受信される。


 『虐殺器官』は映画化され、また違った解釈の伊藤計劃像と「虐殺器官」観が産まれ、伝達されていく。


 英訳された『虐殺器官』は翻訳者の主観を載せて、英語圏へと拡散されていくだろう。「Itoh,Project」の名とともに。

 そして英語圏でもまた読み手の主観を載せて、情報は拡散されていくだろう。


 が、誰がどんな言葉で語ろうとも、伊藤計劃とその作品には「センス・オブ・ワンダー」がミームとして中心にある、と私は考える。

 伝えたくなる感動ものがどの部分であっても、どんな形であっても、ひと言にまとめようとすると「すごい」としか言いようがなくて、その「すごい」はきっと「センス・オブ・ワンダー」のことなのだ。


 それは日本SF界において、かつて存在はしたがその後長らく掘り出されることのなかった金鉱だった。

 それを掘り起こした伊藤計劃亡き今、私は「センス・オブ・ワンダー」に飢えている。

 かつてより、つまり伊藤計劃を知る以前より、私のその飢餓感は強くなっている。

 それは一度は見切りをつけたつもりだった日本語で書かれたSFに、ふたたび未知の金脈が掘り出される可能性を見出してしまったからだ。


 しかし、時々気まぐれに手にとってみる小説はあっても、それはいつも何かの変奏曲のように思えてしまう読後感を残すばかりだ。

 子供の頃から思春期にかけて読む度に感じた「あの感じ」は、いつも指先からすり抜けていってしまう。

 そして「ほら、ここにそれがあるだろう?」と指し示してくれた水玉螢之丞ももういない。



 私がこのプロジェクトに望むことはただひとつ。

 新しい金脈を見せて欲しい、ということ。


 SF界の全ての書き手が、「センス・オブ・ワンダー」と共にあらんことを願う。

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