威嚇

「……ったく、なにいきなり転入生に喧嘩売ってんだ、長谷川」

 否、何者かの手により、"掴まれていた"。

「ほう……」

 仁摩が感嘆の息を吐く。そうして一個の弾丸と化していた矢を素手でいとも容易く止めたその人物は――隣に立つ、ぐうたら教師と思われた、設楽尚吾だった。

「お前、初対面の人間にいきなり矢をぶっぱなつヤツがいるかよ。普通引くぞ? いくら先端に丸くゴムをつけた特殊加工をしてるからってな。友達出来なくなったらお前のせいだぞ」

「す、すいません、つい……」

 笑いが起きる教室。その場面を仁摩は裡に湧き上がる歓喜と共に見つめていた。この者たちは、この光景を日常の一つのように見ている。今までの、中学までの生活とまるで違う非日常の、当然。

 そして、この目の前にいる男の戦闘力。

「で、でもこいつ、私のこと女だからって、馬鹿にしたんですよ……ゆ、許せないですよ!」

 裕美の言葉に設楽は苦笑いを浮かべ、

「気持ちはわかるがな、落ち着け。転入生もだ。確かに交流戦は認められているが、転入早々ふっかけるな。友達大事だぞ? まずはそこから始めてもいんじゃないか?」

「お前は、強そうだな……」

 そんな担任教師の言葉など、獣は聞いていなかった。目をギラつかせ、挑戦的に睨みつけている。その態度は、言っていた。

 今ここで、闘(や)ろうと。

「先生にお前なんて口の聞き方があるか、お前は」

 しかし担任教師もまた、そんな獣の言葉など聞いていなかった。

「目上の人は敬えって学校で習わなかったか? あ、ここも学校か。どっちでもいいか。とにかくそんなこと言ってるようなら、転入早々最悪、停学にするぞ?」

「む、それは困るな」

 その言葉に、仁摩は大人しくなった。その態度に、今度は裕美が声を上げる。

「あ、アンタなによその態度は! 私の時と違うじゃない、勝負しなさいよ!!」

「女とは、戦わん」

「!」

 蔑んだようなその言葉に、裕美の矜持が、両手が反応していた。今度はさらに早く、2秒ジャストで態勢を整え、矢を、放つ――!

 しかし矢は、今度は仁摩ではなく後方の教卓に当たりカン、と跳ね返されていた。

「な……」

 躱したのだ。首を振るだけの、最小限の動きで。

 驚いた裕美の様子に、仁摩は笑みを作る――不敵に、嘲りを込めて。

「!」

 その笑みに、裕美はさらに逆上する。続けて矢を番い、第二射を――

 ガシャン、という音がした。

 仁摩の顔が、間近にあった。

「あ……ぅ……」

 手が、止まる。構えている弓の側面に、仁摩は陣取っていた。これでは矢で狙うことなど、当然出来はしない。視線を移すと、その進行を留めてくれる筈であったろう机の群れは、左右になぎ倒されていた。そこに座るクラスメイトたちも椅子ごと転がっている。しかも相手の攻撃が……

 仁摩が拳を握り、振って――

「――くっ」

 裕美の額の前で、寸止めした。

 そして再びニヤリと、獣のように笑う。

「くく……弓兵など、接近してしまえば終わりだな。だいたいが数秒もかかって狙いをつけるなど、避けてくれといっているようなものだ。わかったか? 女よ、身の程を弁えるんだな」

 そうして、離れる仁摩。裕美が座っていたのはかなり前方の席だったとはいえ、仁摩が立つ教卓までは三メートルほどの距離があった。それをほとんど一息につめるとは、この男は……恐怖と屈辱と、怒りに、裕美は震えた手で拳を握り締めた。それを見て、仁摩は再びニヤリと――

 ごちん、と仁摩の、そして裕美の頭が同時に沈んだ。

「あたっ……?」裕美が疑問符を浮かべ、「おぉ……」正信が感心し、「な……!」仁摩が驚いた。

 そして仁摩と裕美の頭を沈めた張本人である――設楽は、頭頂部にめり込ませていた拳を、引いた。

「お前なぁ……今自重しろっていったばっかりだろ? 仁摩も仁摩だ。教室を荒らすな。二人とも、しばらく廊下で立ってろ。古典的だが、結構効果あるんだぞ?」

 今から罰を与える二人に同意を求めてどうする? という正信の心のツッコミと共に、二人は後方の扉から教室を出ていった。その直前、仁摩は窓際後方の机に座る正信に近づき、耳元で囁いた。

 ――楽しめそうじゃないか、正信よ。

「…………ハァ」

 正信は憂鬱増加を確信し、ため息を吐いた。

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