すごくうるさくて、ありえないほど近い
思春期とは、悩み多きものである。大人でもなく、子供でもないその時期、人は己の存在に思い悩む。自分は何者なのか。これから何を為せばよいのか。散らばった同一性の欠片は、素手で拾い集めようとすれば怪我をしてしまうだろう。
―――「俺は東京行ってミュージシャンになる。邪魔すんな」
このモヒカン刈りの男は俺。
「何言ってんですか。現実を見てくださいよ。勉強して、公務員になって、平穏に暮らす。これが私の道です」
このガリ勉メガネも俺。
「お前ら勝手に決めんな。まだそんな先のこと、どうでもいいよ」
このいたって平凡な学生も俺。
「あんたらアホなこと言ってないで、早く食べて学校行きなさい!」
「「「うるせえ!!!」」」
この声のデカいババアはおかん。
俺はいつのまにか俺らになった。思春期になると誰もが通る道だと聞いたが、正直もうやってられない。俺は鞄を引ったくって、家を後にした。
―――「……で、あるからして。この場合……」
只っ広い教室に、先生の消え入りそうな声とチョークの音が響く。ただ、夏風邪が流行っているらしく、今日はちらほらと欠席が目立つ。隣に目をやれば、何かに取りつかれたようにノートをとる俺と、机に突っ伏して爆睡している俺。俺はただ、ぼうっと授業を聞いていた。
「では、今日はここまで」
昼休みになり、俺は屋上に向かう。いつも一緒に飯を食っている謙二は今日は休み。入り口のドアを開けた瞬間降り注いだ夏の暑い日差しに舌打ちをしてから、俺は適当に腰を下ろした。
「よう」
声がした方を見れば、そこには俺。
「……謙二は?」
「今日休みだ。お前もだろ?」
会話が途切れ、俺は何も言わずに距離を開けて座る。
「どうも」
また俺。もう何も聞くことはなかった。
「お前さ、なんでミュージシャンなりたいの?」
弁当を先に食べ終えた俺は、手持ち無沙汰に俺に聞いてみた。
「あ? 有名になって金持ちになるために決まってるだろ?」
「ふーん。で、お前は?」
「やっぱり安定した生活を送るためですね」
「あっそ」
俺は適当に返事をして、二人が食べている弁当箱を見た。さっき食べたばかりの、質素で味気ないおかずが同じように並ぶ。少し焦げ気味の卵焼きは、俺が俺たちになる前から変わらぬままだ。
「じゃあ俺、先行くわ」
そう言って俺は一人教室へと向かった。帰り道、上級生の教室の前を通り過ぎる。俺の教室の半分ほどしかない机には、大人びた様子の先輩たち。ただ今日はなぜか、いつもより俺に近い存在に見えた。
窓から風が流れてくる。初夏の日差しはグラウンドを眩しく照らしていた。
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