極小値15センチメートル
「いやだから傾きってどこの話? 頭から尾っぽまでくにゃくにゃで訳わからん」
土曜の午後、駅前の小さな本屋をぶらぶらしていた僕の頭に数年前の言葉が過り、思わず笑いがこぼれる。それは僕らの極小値。机の間の微妙な距離感。棚に置かれた「数Ⅱ」の青い参考書を手に取り、僕は本屋を後にした。
暑さ寒さも彼岸まで。公園のベンチに腰掛け本を読んでいると、心地よい風がページを攫っていく。秋晴れの空はどこまでも高く突き抜けていて、ふとその行方を見つめると僕はなぜだか空しくなってきた。本を読むのをあきらめベンチに身を任せると、僕はそれを顔に被せた。
「おっ、なに読んどるん?」
「……うん?」
気持ちよさにかまけて寝てしまっていた僕は、どこかで聞いたことがある声で目を覚まし、絶句した。
「おっ、お前なんでこんなところに?」
そこにいたのは、少し大人になったあいつ。
「ああ、博士号取り終えたから帰国してきたんやけど……やっぱり私、高校の数学の先生になろうと思って。採用試験の勉強するために実家帰ってきたんや」
あの頃と変わらない真っすぐな瞳。周りになんと言われようと「大学に行く!」と聞かなかったあの頃と。
「でさ」
あいつは僕の隣に座ると、マーカーだらけの参考書を取り出した。
「学習指導要領ってなんやったっけ? 似てんのいっぱいあって訳わからん」
僕は小さく笑い、呟いた。
「負の三次関数だったわけか」
「えっ? 何? 大事なこと?」
「いーや。なんでもない」
―――負の三次関数。極小値を境にぐんぐん遠ざかる曲線も、極大値を迎えれば必ず戻ってくる。最小値は、ない。
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