勅使河原くんと最後の魔姫 ⅩⅠ

 竜神様とナメクロさんは山へ帰ると言う。

 ナメクロさんは暫く竜神様と共に過ごすそうだ。

 そして、その後は御主人様の所へ戻ると言っていた。

 美恵は別れ際に泣いていた。

「また、直ぐに会う事になるかも知れないニャ。」

 ナメクロさんは美恵を抱き締めて頭を撫でる。

 やがて彼女から名残惜しそうに離れると、僕らに手を振りながら竜神様と共に去って行った。


 ガルスは兵士に連れられて取り敢えず入牢する事になるらしい。

 破産してしまったので保釈金を払って一時的に出る事も叶わず、そのまま執行猶予も付かずに実刑で服役するだろうとの事だった

「出所して一から本当に出直せるかは、本人の反省次第じゃな。」

 そう言ってシュリテ国王は笑った。


 宿屋に戻った僕達は、食堂で夕飯を食べていた。

 美恵は自宅に戻っている。

「後でミエさんが話したい事があるから部屋を訪れてくれるそうです…。」

 マリアは僕を見ずに、そう言った。

 彼女の表情は不安そうだった。

 そうさせているのは、もちろん僕だ。

 レアも静かに食事をしている。

「そこでテシに、お願いがあるんだけどさ?」

 意外と、あっけらかんとして、イアが僕に話し掛けてきた。

「なんだい?」

 僕も努めて明るく振舞って尋ね返した。

「部屋を出て行ってくれないかな?」

 イアはニッコリと微笑んで言った。

 …え?


「ふー…生き返る…。」

 僕は、またもや露天風呂に入っていた。

 イアからの、お願いは…つまり女同士で話し合いをしたいから、今夜一晩だけ別の部屋へと移動して欲しい…との事だった。


「その為の部屋は、もう取ってあるからさ。荷物は、この部屋で預かっておくから…悪いけど頼むよ。」


 イアは、そう言った。

 もちろん僕に断る理由なんて無い。

 話し合いの結果がどうであれ、僕が選ぶ人に影響をする事もない。


「マーくんに誰が相応しいのかを相談したり喧嘩しながら決める訳ではありませんから…。誰が選ばれても良い様に今後の対応の話し合いです。」


 レアが補足する様に言ってくれていた。


「出来れば私を選んで欲しいのが本当の気持ちです…。でもマサタカさんが誰を選んでも共に元の世界へ帰りたいのであれば、協力は惜しみません。勿論このまま、この世界に留まるという選択肢もあります…。」

 マリアは俯いたままで絞り出す様に答えていた。

「仮にミエさんが選ばれなくても、彼女が元の世界に帰りたいと望むのであれば、最後まで付き合う積もりでもあります。」

 そこだけは顔を上げて笑顔で答えてくれた。


 本当に命を救ってくれた事から、何から何までマリアには感謝の気持ちしか無い。

 そして何時も姉の様な視点で僕達を纏めてくれたレア。

 いつも元気で明るくてムードメーカーなイア。

 そして本当は僕の告白を受け入れてくれる積もりだった美恵。


 僕は真摯に考えて、彼女達の中から恋人を一人選ぶ覚悟を決め…


 …られるのだろうか…?


 …いや、決めなければならない…。

 …そうだ、決めるんだ…。

 …決め…。


 ガラガラッ!という扉を開ける音が響いた。

 どうやら、この男湯では無く隣の女湯に人が入って来たらしい。

 しかも賑やかな声が聞こえてくるので複数の女性達の様だ。

 僕は何となく気恥ずかしくなって、顔の下半分を湯に浸けて隠れた気分になってみる。


「えいっ!」

「きゃあ!」

「うわー、やっぱ、でけぇな?マリアの胸?」

「ちょっと?!イアちゃん!いきなり、どこを揉んでいるんですかっ?!」


 ぶばっ!


 僕は驚いて盛大にお湯の中で息を吐き出した。


「今、何か音がしませんでしたか?」

 レアの声が聞こえた。

「…別に?空耳じゃないの?」

 美恵の声も聞こえる。


「ミエのおっぱいも大きいな?」

 この声はイアだ…。

「ふふん?羨ましい?」

「くそー…。」


「ミ、ミエさん…揉まれても何とも思わないんですか?」

 さっきからマリアの声も聞こえる。

「…だって同姓でしょ?別に何とも…。私だってイアちゃんの胸を揉むし!」

「うひゃひゃひゃひゃひゃ!やめろ!くすぐったい!」


 …揉めるくらいは、あるの?

 僕は失礼な事を考えてしまった。


「マリアの、おっぱいは柔らかくて沈む感じだけど、ミエの方は弾力が強くて押し返してくるよな。」


 …沈む?

 …押し返す?

 …なにそれ?

 …怖い…。


「レアちゃんの、おっぱいは綺麗よね…。美乳だわ…。」

「なんですか、その両手は?近寄らないで下さい。凍らせますよ?」

「…はーい。」


 …美乳…。

 …レアは美乳…。


 …いかん…。

 …これ以上、聞いてたら…。

 …また、のぼせて倒れてしまう…。


 僕は湯船から静かにあがると、音を立てずに扉を開いて脱衣場に入ろうとした。


「それにしても話が、すんなり纏まって良かったわ…。」

 美恵が、そんな事を言ったので僕は立ち止まってしまった。

 …そうか、女の子達の間では話が纏まったんだな…。

「後で、みんなでマサタカさんの部屋に行って説明しましょうね?」

 マリアが答える。

 どうやら僕も何か説明を受けて、しなければならない事が出来たらしい。

 僕は、話が纏まった事にはホッとしつつも、自分へ要求される事が分からないままの不安を抱えながら、みんなを待つ為に自分の部屋へと着替えて戻った。


 しかし、そんな不安が馬鹿馬鹿しくなる位に、みんなの要求は単純だった。

 これから四日間の内に一人ずつデートをして、そして四日目の夜に誰が一番恋人に相応しいのか?

 僕に選んで欲しいとの事だった。


 それは…夢の様な四日間だった。


 一日目はマリアとデートした。

 彼女と一緒にアウロペの商店街で楽しく買い物をして、夕飯は彼女の手料理を僕の部屋で楽しく会話しながら頂いた。

 日常の延長線の様なデートだったが、ゆっくりと楽しめる素敵な一日だった。


 二日目はレアとデートした。

 アウロペは首都だけあって文化的な催しも盛んで、レアと一緒に劇場へと芝居を観に行った。

 この世界にいる役者の人達の演技も素晴らしく、僕は会話を理解できる自分のチート能力が今日ほど有難かった事は無かった。

 レアも、そんな僕の能力を知って、このデートコースを決めてくれたらしく、とても嬉しかった。

 夜は彼女が昨日見つけた美味しい料理店で食事をしながら会話も弾み、とても楽しい時を過ごす事が出来た。


 三日目はイアとデートした。

 イアはシュリテ国王に頼んで、城の中を案内して貰える様にしてくれた。

 城の内部は壁から天井に至るまで美しい絵画が描かれていた。

 また扉の装飾や廊下の燭台しょくだいまでもがきらびやかな芸術品で溢れていた。

 僕が、それらに付いて質問をすると意外にもイアは、丁寧かつ面白く説明してくれた。

 第一皇女の肩書きは伊達では無い様だ。

 見学の後に最上階のゲストルームから沈みゆく美しい夕日と紅く染まる街並みを眺めながら、いつもと違う女性らしく正装したイアと宮廷料理に舌鼓を打った。


 四日目は美恵とデートした。

 彼女と一緒にペイルとローズに会いに彼らの縄張り近くまで馬で行った。

 美恵は大きな声でペイル達を呼んだ。

 すると二匹とも、とても元気そうに現れた。

 ローズは最近は反省したらしく、外出をする時は縄張りを守る母親に、しっかりと行く先と戻る時間帯を伝えてから出掛ける様になったらしい。

 ペイルは困った事があれば何時でも協力すると僕達に約束してくれた。

 最後に彼は僕らを乗せて周囲を高く高く飛んでくれた。

 遥か遠く、南の方角に海が見えた事に二人で…この世界にも川があれば当前、海があるんだな…と感動した。

 夕方近くに馬で宿屋まで戻って、みんなでワイワイ、ガヤガヤと食事をして楽しんだ。


 一日目も二日目も三日目もデートから帰ると夜遅くまで五人で会話をして楽しんだ。

 今までの事、これからの事、子供の頃の想い出…。

 四人…いや僕も含めて五人とも、すっかり仲が良くなって友達になっていった。


 しかし…夢の様な時間は、四日目の夜に終わりを告げる。


 僕は宿屋の自分に割り当てられた個室で腕を組んで悩んでいた。

 僕の目の前には、この宿屋の部屋の鍵が四つ並んでいた。

 それぞれの鍵は、マリア、レア、イア、美恵の個室の鍵となっている。

 これは美恵の発案だそうだ。


「政孝…。今夜…みんな、それぞれの部屋で待っているから…好きな相手が決まったら、その人の鍵を選んで部屋を訪れて貰える?…それで、決まりよ。恨みっこ無し…。」


 確かに、これなら今夜中に僕は、必ず相手を決めなければならない。


「みんな覚悟を決めていますから…マサタカさんが選んだら、その後はマサタカさんの自由です…。」

 そう言ってマリアが顔を真っ赤にしていた事を、僕は想い出す。


 …その後は自由?

 …自由って何?

 …自由って、もしかしてキャッキャ♡ウフフ♡してもいいって事?


 僕は頬が紅潮すると同時に身体が火照ほてってきた。

 …でも取り敢えず自由の件については置いておくとして…。

 この期に及んでも僕は、まだ決めかねていた。


 マリアは命の恩人だ。

 最初に崖から飛び降りた時も、ゴブリンに毒矢を撃たれた時も彼女がいなければ、僕は死んでいただろう。

 そして占いで僕と美恵を再び巡り合わせてくれた点においても恩人でもある。

 このアウロペへ来る道中でも『対の門』を使って、様々な窮地きゅうちに立たされていた僕を救ってくれた。

 …恩人だから恋人に選ぶのか?

 …いいや、違う。

 彼女は可愛いし、魅力的だ。

 手作りの料理も美味しいものばかりだった。

 彼女に告白されて受けない男なんていないだろう。


 レアは綺麗な女性だ。

 エルフだけあって、この世の物とは思えないはかなげな美しさを持っている。

 左右がオッドアイなのも、他の人は知らないが僕には神秘的かつ魅力的だった。

 …それに…お風呂で…少しだけ…裸を…。

 その姿も含めて彼女は、本当に魅力的な女の子だ。

 レアの持つ青い右目の力で彼女の妹を救う事も出来た。

 ヒュージデューンを凍らせてコアの位置を知り、破壊する為の糸口を見つけてドワーフの人々も救えた。

 襲ってくるペイルの羽根を凍らせて、僕が爪で切り裂かれそうになったのを救って貰った事もある。

 意外と娯楽や文化に詳しくて、この世界の事を色々教えてくれて、彼女とのデートは楽しかった。

 彼女に告白されて喜ばない男なんていないだろう。


 イアは明るくて一緒にいると楽しくなる女の子だ。

 男みたいな言葉遣いが逆に親しみやすい。

 ドワーフだけあって手先が器用で、この世界のありとあらゆる道具への知識の量が凄かった。

 また意外と、この世界の調度品や芸術品に関しても造詣ぞうけいが深い。

 一緒にレギオンを造っている時は、とても楽しかった。

 もしかしたら僕と一番ウマが合うのは、彼女なのかもしれない。

 女性としても魅力的だと思う…。

 僕の指先には彼女の肌の滑らかさの感触が、まだ残っている気がした。

 彼女に告白されて断る男なんていないだろう。


 美恵は僕の初恋の相手で幼馴染だ。

 初恋は実らない。

 僕も振られた直後は、そう思っていた。

 でも誤解がとけて両思いだった事が分かった。

 しかも成長して美恵の魅力は、更に大きくなってしまった。

 大人っぽくなって、信じられないくらいにスタイルが良くなっている。

 僕は置いて行かれた気持ちに襲われたけど、彼女と話しをしている内に昔と変わらないまま大人になっている事を知る事が出来た。

 話しやすかった。

 一緒にいると誰よりも安心できた。

 美恵と一緒なら僕も、きっと彼女みたいな大人になれる。

 あの時…髪を結わえていた紐を取って、眼鏡を外した時の彼女の美しさは、ミランダさんにすら負けない輝きを放っていた。

 彼女に告白されて抱き締めない男なんていないだろう。


 …うん。

 …全員に告白された僕は、どうすればいいの?

 …誰か教えて?


 もちろん誰も答えてくれる人などいない…。

 …自分で答えを出すしかないんだ。


 …よし!

 …良く考えて、絶対に後悔しない結論を出してみせる!


 僕は、悩みに悩み抜いて…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る