勅使河原くんと三人目の魔姫 ⅩⅠ

 デューンのエメラルド色に輝くコアの破片が宙を舞う。

 魔力的な支えを失ったデューンの身体は、崩れ落ちながら元の砂へと還っていく。

 デューンの背後の場外でナプトラは、膝を屈して呆然と、その光景を眺めていた。

「そんな…馬鹿な…?」

 ナプトラは力なく呟いた。

 コアを破壊するしか手段が無かったとはいえ、そんな姿の彼女を僕は、ダイモに重ねつつ少しだけ罪の意識を感じてしまう。


 だが、きっと、それは勝負の世界での事だから…。


「どうやらオレが、一番だったみたいだな?」

 イアは、そう言って爽やかに笑った。


 彼女の笑顔が僕には、とても晴れやかに見えた。


 だがナプトラには、もしかすると、仇敵きゅうてきの嘲笑に見えたのかも知れない…。


「まだだ…。」

 ナプトラの目に光が戻った。

「元はと言えば憎きドワーフ族の作った、こんな下らないルールに従ったのが間違いだった…。」

 ナプトラは、ゆっくりと後退あとずさる。

 そこには彼女の持って来たであろう荷物が置いてあった。

 ナプトラは、その中の一番大きそうな袋の後ろに下がる。

 そして、その大きな袋の口を縛っていたひもほどいた。

 とても強いエメラルド色の輝きが、あたりに満ち始める。

「俺が…俺こそが…一番強いゴーレムを扱えるんだ…。」

 ナプトラの目に戻った…いや、宿った光…。

 それは狂気という名の光だった。

 ナプトラは、ゆっくりと、それを両手で持ったまま天高く掲げる。

「これが本当の!あるべき姿のデューンだ!」

 それはナプトラの頭部よりも、もっと大きなエメラルド色のコアだった。

 ナプトラのいる位置から砂の円柱が、天に向かって伸び始める。

 十…二十…三十メートルを超えた辺りだろうか?

 それは人の形を、とり始めた。


「はははははは!このヒュージデューンで、お前ら全員をまとめて踏み潰してやるっ!」

 ヒュージデューンの肩に乗って、ナプトラは高らかに笑った。


「観客の避難誘導を!」

 委員長の怒号が飛ぶ。

 その号令に従って、スタッフ達が逃げ惑う人々を誘導し始めた。

「俺は自分のゴーレムを持って来る!みんなは逃げてくれ!」

 ヒュージデューンを見上げなら呆然としていた僕達に、ボルテさんが声を掛けて来た。

「任せるんじゃ!こんな事もあろうかと…。」

 いつの間にかコンバ陛下が、近くに来ていた。

「親父!俺のゴーレムを持って来てくれたのか?!」

 ボルテさんはコンバ陛下の後ろにいる兵士達がいて来た大きな台車を見て尋ねた。

「うんにゃ?宝物庫にしまってあったイアの残りのゴーレムを全部持って来た。」

 ボルテさんは盛大にコケた。

「親父いぃ?!」

 ボルテさんは睨みながらコンバ陛下に詰め寄って行く。

「どうせなら今までに作ったイアのゴーレムが全部合わさった姿を見たくてな。少し前に城の兵士達に持ってくる様に頼んでおったんじゃ。」

「でかしたぜ!親父!」

 イアはコンバ陛下を振り返って笑顔で答えた。

「二人とも、人前では陛下と呼ばんかい!」

 コンバ陛下は怒りながら、そう注意する。


 イアはレギオンの頭の上に乗った。

「よし!合体だ!」

 イアが、そう言うと大きな台車から次々とゴーレムが降りて来て、レギオンに寄り集まっていく。

 イアを頭の上に乗せながらムクムクと、レギオンは巨大化してヒュージデューンと並ぶ高さの背丈になった。

 レギオンは両手を真横に水平に挙げてスピンの態勢を取る。

「おっと…いいのか?その技を使って?」

 デューンに乗ったナプトラが、ほくそ笑んだ。

「なに?!」

 イアが怪訝な顔で尋ね返す。

「周りを見ろ!まだ避難出来ていない観客だらけだ。そんな中で先程の竜巻の様な技を巨大化して使ってみろ!観客達まで吹き飛ばしてしまうぞ?!」

「くっ…。」

 イアは周りを見ながら噴き出た冷や汗を手の甲で拭った。


「マリア!僕を『対の門』を使ってイアの側に送ってくれ!」

「え?ええっ?!で、でも…?」

 …あまりにも僕が危険過ぎる…。

 多分そう思って、マリアは躊躇ためらった。

「お願いだ!僕に考えがあるんだ!」

 僕は真剣な眼差しでマリアに懇願した。

 僕の目を見て彼女も決心してくれる。

「わ、分かりました…。」

 そして僕はマリアの『対の門』の力でレギオンの頭頂部へと…イアの側へと跳んだ。


「馬鹿!何やってんだ?!早く逃げろ!」

 突如として黒い円から横に現れた僕を見てイアは、そう叫んだ。

 僕は左手でレギオンの頭の上のゴーレムの一体を掴んで振り落とされない様にした。

 そして右手でイアの肩を掴んで、彼女を自分の側に引き寄せて言う。

「イア!これは、もう試合じゃない!みんなを守る為の闘いだ!だから…!」

 僕はイアの目を見詰めた。

「だから僕にも手伝わせてくれ!お願いだ!」

 イアは僕の目を真摯しんしな瞳で見詰め返す。

「分かった…。頼んだぜ!」

 彼女と僕は、同時に頷いた。


 観客席へと進入しようとするヒュージデューンをレギオンは食い止める。

 互いの両手を挙げ組み合って力比べをする二体のゴーレム。

 そのパワーは互角だった。

「マリア!『対の門』でヒュージデューンに放水してくれ!」

 僕は大きな声でマリアに聞こえる様に頼んだ。

「分かりました!」

 大きな座布団くらいの直径の白と黒の円が現れ、白は湖に沈み、黒はヒュージデューンの周囲を頭の上から周り始めた。

「くそ!」

 ナプトラが湖水を掛けてくる黒い円を睨みながら視線で追いかける。

 しかし何も出来ずにヒュージデューンは、やがて人の形を保ったままの姿で、ずぶ濡れになっていった。

「これしきの事で!」

 尚もヒュージデューンは、力比べをレギオンに挑む。

 恐らく動きは鈍くなっているのだろうが、そのパワーが落ちる事は無かった。

「レア!ヒュージデューンの身体に浸透している水分子の精霊達に動きを止める様に頼んでくれ!」

 僕は今度はレアに、お願いをする。

「了解しましたわ!」

 レアの左の赤い瞳が、強く輝いた。

 全身が水に濡れたヒュージデューンが、凍りついていく。

「なんだ、これは?!こんな強力な凍結魔法が存在しているなんて…?!」

 流石のナプトラも驚愕の表情を隠せない。

 しかし凍った筈のヒュージデューンの表面の肌が、ひび割れてきている。

 完全に動きを止めるまでには至っていない様子だ。

「レア!ヒュージデューンの身体の中で水分子の精霊達が居ない場所を教えて?!」

「左脇腹の辺りです!」

 僕の質問にレアが答える。

「イア!ヒュージデューンのコアは左脇腹にある!そこを貫くんだ!凍っている今なら移動できない筈だ!」

「分かった!」

 掴んでいた両手を離してレギオンは、貫手ぬきての構えを取る。

 そして、そのままヒュージデューンの左脇腹に突き入れた。


 しかしレギオンの貫手は、ヒュージデューンの左脇腹を貫通出来なかった。

 イアは焦りの表情で僕に伝える。

「駄目だ!凍っているのと巨大コアの強大な魔力による障壁が硬すぎて、レギオンの貫手が通用しない!」

 ヒュージデューンの表面の氷が、内部から割れていく音が響く。

 再び動き出せる様になるまで、もう時間が無い。

 観客達の避難は、まだ完了していなかった。


 僕はヒュージデューンの左脇腹を貫く方法を必死で考えた。


 イアがレギオンの貫手を引いて、構えに戻す。


 その時にレギオンの手の甲が半回転して、今度は手の平が上を向いた。


 …回転?


「イア!ゴーレム達を出来る限り右手に集めてくれ!」

「どうするんだ?!」

 各部から必要最低限の余剰よじょうだと思われる小型ゴーレム達が、レギオンの右手に集まって来る。

「先ずは右手を大きくしてくれ!何でも叩いて潰すハンマーの様に!」

 レギオンは右手を上に向かって挙げる。

 その手の先は、大きく膨らんでいた。

「次は鋭く!あらゆるものを貫く槍の様に!」

 レギオンの右手が、巨大な円錐になっていく。

「形状は螺旋らせんだ!何処にでも食い込むネジの様に!」

 レギオンの槍の表面が、溝を彫る様にねじれていった。


 天高くレギオンが掲げた新たなる武器を見上げてイアは、僕に尋ねた。

「テシ…この武器の名前は、何て言うんだ?」


 僕は答える。


「ドリル…これが、ドリルさ!」


 イアは呟く。


「ドリル…ドリルか…気に入った…いや、最高だぜ!」


 唸りをあげながらレギオンの右手が、回転を始めた。

 レギオンはドリルの先端をヒュージデューンに向ける。


「つうぅらあぁぬうぅけえぇっー!!」


 イアの叫びと共にレギオンのドリルが、ヒュージデューンの左脇腹を貫通し…。


 そしてエメラルド色の巨大なコアが、砕け散った。

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