第25話 風魔襲来5

数日後、丑の刻を越えた頃、

江戸の町にいくつもの炎が上がった。

山下御門の近く、金物問屋伊勢屋かなものどんやいせや

江戸橋の油問屋大貫屋あぶらどんやおおぬきや、そして

深川の米問屋五穀屋こめとんやごこくや


一夜にして火付けされたのだ。

八丁堀の与力同心たちは、方々に散って

事に当たった。

町火消しだけでは手に負えなく、

大名火消しまで駆り出された。


その上、恐るべきことが起きた。

現場におもいた火消し達に<風魔>の忍びが

襲い掛かったのだ。

各所にいた<風魔>はわずか二人。

だが、その手練てだれの忍びは、

丸腰の火消し達を次々と斬っていった。


金物問屋伊勢屋に駆けつけた

明智左門筆頭与力と橋本隆三与力、

徳松新太郎同心、古川邦助与力、柳川冴紋筆頭同心以下、

下っ引きたちが<風魔>の相手をしたが、苦戦を強いられていた。

すでに徳松新太郎同心は右肩口を斬られ、

重傷を負っている。

忍びの相手をしたことのない与力同心たちは、

翻弄ほんろうされるがままになっていた。


油問屋大貫屋、ここには古川邦助与力、

飯村右近同心、杉村竜二郎同心、

狭川鳳同心、稲村小五郎勘定方同心が駆けつけた。

ここも<風魔>の忍び二人が現れた。

狭川鳳同心は鳳凰流ほうおうりゅうの使い手だけあって、

<風魔>と互角以上に渡り合っていた。

それでも、我が身を守るのが精一杯で、

稲村小五郎勘定方同心が左腕に重傷を負っていた。


深川の米問屋五穀屋では、

佐嶋忠介筆頭与力をはじめ、

沢村誠真同心、伊達左次郎同心、東野啓治同心、

小島甚五郎同心が駆けつけた。

相手の<風魔>は3人。

さすがの覇道派一刀流免許皆伝の達人の

沢村誠真も苦戦していた。


その天下の大捕り物の中、

双伍の姿は八丁堀の南、佃島つくだじまが見える

海岸にあった。

江戸の空を照らす大火を、じっと見つめて―――。


ふいに炎を背後にして、一人の人影が

浮かび上がった。

砂丘の上から、双伍を見下ろしている。


「おめぇの本当の標的はオレなんだろ?」

双伍はそう言いながら、腰巻に差していた

2本の十手をゆっくりと抜く。


「どちらが<風魔小太郎>を襲名するに値するか、

 ここで決着を付けよう、兄者あにじゃ


その人影は言い放った。


その声は―――まさか・・・まさか、幻也―――。

双伍の表情に驚愕きょうがくの色が浮かんだ。


「おめぇ、まさか・・・」


「おいおい、実弟の声も忘れたのかい?」

その声の主は飛んだ。双伍から1間ほどの地に降りる。


「その通り、オレは幻也だ。

 4年前、オレを見捨てただろ」

そう言って、その男は顔半分を覆っていた頭巾を

脱いだ。たしかに幻也だった。


「見捨てた?そうじゃない、オレは・・・」

双伍が言い終わらぬうちに幻也は口を開いた。

炎を背にしているため、表情は読めないが、

その口調には笑みが含まれていた。


「まだ気付かないのか?兄者。

 オレが拉致され、兄者に長谷川平蔵を狙わせた・・・

 あれは狂言だ」


双伍の双眸が細まる。


「兄者は<風魔小太郎>の名を襲名しながら、

 最初に下した命令は<風魔>の解散・・・。

 これはいただけない。

 我ら<風魔>が、今さら農民や町民として

 生きていけるはずもない。

 兄者、あんたは<風魔>の誇りを捨てろと

 言ったんだ」


「盗賊に落ちて、<風魔>の誇りだと?

 笑わせるんじゃねえよ」


「どちらが<風魔>の頭領にふさわしいか、

 ここで決着をつけよう」

幻也の目に殺気が、宿った。


幻也の言葉が終わらぬうちに、

双伍の背後の砂が巻き上がった。

一人の<風魔>が潜んでいたのだ。

その忍びは無防備な双伍の背に斬りつけてきた。


・・・が、その刃は太刀によって弾かれた。

双伍の傍の小さな砂丘に長谷川平蔵がしていたのだ。

平蔵は一刀の元に、その<風魔>を斬り捨てた。

<粟田口国綱>をさやに収めると、

傍らにいる双伍に言い放った。


「双伍、決着をつけいッ!」


双伍は2尺余りの長大な十手を構えつつ、

目前の幻也に向かって走った―――。

その目は、虎を思わせた・・・。

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