驚きの出会い
「お待たせ~」
12月10日、今日は花川加奈子のささやかな誕生日パーティーが開かれる。彼女は二人の幼なじみと一緒に、駅前のホテルのケーキバイキングで盛り上がっていた。内気な彼女は友達が少ないが、この同学年の二人は別格であり、貴重な親友である。彼女は二人からプレゼントをもらった。
一人は涼ちゃん、本名は
もう一人はワカ、本名は
涼子には年上の男性の恋人がいるが、若菜は年上の女性の恋人と同棲しているレズビアンだ。若菜の恋人は漫画家で、彼女はこの人のアシスタントの仕事もしている。
ちなみに若菜の恋人
加奈子は一見おっとりと温和そうな雰囲気だが、実は根本的に嫉妬深く劣等感が強い。だから、なかなか女友達が出来ないのだが、この二人は別格だった。そう、どこかの誰かとは違って。
「彼女」については、この二人にも話している。加奈子はあるサイトの歴史系コミュニティーで一人の女と仲良くなったが、すぐに決裂した。加奈子はその女の「お姫様」気取りが鼻についたのだ。そう、いわゆる「オタサーの姫」とかいう存在だ。
その女は『論語』を愛読する現役女子大生を自称していたが、彼女がネット上で複数持っているアカウント名についてあれこれ検索してみると、様々な噂があった。「実はエンコー経験のある元ガングロギャル」、「できちゃった結婚してすぐに離婚したシングルマザー」、「いわゆる『特定アジア』を蔑視している白人コンプレックスのネトウヨ女子」などだ。ただ、ネットの情報は色々と眉唾ものが多いのだが、加奈子が思うに、それら情報の錯綜とは問題の女の嫌らしさをよく表しているのだ。
「そもそも『私は向井理に似て男顔なの~!』だなんて、嘆くフリして遠回しに自慢しているよね。いわゆる『イケメン女子』アピール」
「涼ちゃんの方がよっぽどイケメン女子なのにね」
「…私、それがほめ言葉だとは思えない」
「…ごめん」
「まあ、そのネットの女なんて、自慢の内容が全くの嘘!」
「彼女、思いっ切り『私は嘘が嫌いです』なんて書いていたけど、それ自体が嘘なのよ」
「それに、ネトウヨでもある辺り、何らかのコンプレックスがありそうだね」
「ネナベの別アカウントまで作ってるし! しかも、自称FtMゲイの腐女子だって!? セクマイをなめるな!」
「確かにワカにとっては特に腹立つよね」
もちろん、他の女の悪口だけが彼女たちの話題ではない。エンターテインメントから社会問題まで、色々としゃべるのだが、加奈子はこの二人からそれぞれの恋人の話を聞いても、他の女の彼氏自慢を聞くような不快感はない。ただ、やはりうらやましいのだ。
加奈子は義務教育時代に男子クラスメイトにいじめられていたので、男性不信になっていた。いじめられるたびにこの親友二人に助けてもらっていたが、十代のうちは男嫌いだった。だから、高校は若菜と同じ女子校を選んだのだが、涼子の恋人のような良識ある男性たちと接するようになってからは、男嫌いがある程度直ったのだ。
「いつもありがとうね」
加奈子は二人のプレゼントを大事に抱えて、家に帰った。
✰
《今日、渋谷の猫カフェで女子会を開催したにょん♪》
女は安アパートの一室でブログを書き込んでいた。
ネット上ならば、どんな「自分」にでもなれる。今書いている記事の内容は、あくまでもフィクションである。添付画像もまた、どこかから無断転載して加工したものだ。どうせ、自撮り画像をネットで公開するのは、個人を特定するのが難しい「量産型女子」なのだ。そして彼女は、そんな画像の無断転載に罪悪感を覚えない。
彼女の容姿は、ギャル系雑誌の読者モデルにいそうな雰囲気だった。少なくとも、不美人ではない。最低でも「量産型女子」の水準に達している。明るい茶髪を緩く巻いて、背中に垂らしている。身長は、だいたい165cmくらいだ。
外はチラホラと雪が降っている。もうすぐクリスマスだ。
彼女は、携帯電話のアドレス帳を開いた。男の名前ばかり。今年のクリスマスイヴは、どんな男と過ごそうか?
ネット上では、一流大学に所属する現役女子大生で、『論語』などの中国古典を愛読する才色兼備のお嬢様。しかし、ここにいるのは、そんな境遇とはほど遠い「夜の女」。若手人気俳優に似た「イケメン女子」というキャラクター設定も、当然フィクションである。中国古典などの書物がらみの知識だって、あれこれ検索しての付け焼き刃だ。
「あの女、やっぱりムカつく」
不満だらけの彼女は、いくつかのアカウントを作って、ネットに色々と書き込んで、様々なキャラクターを演じている。その中には、「工業高校出身で、孤独と一人旅を愛する愛国女子」や「某大学院に所属する、学歴差別が趣味のオタク男子」などの「ペルソナ」もあった。
彼女の「メインキャラクター」のハンドルネームは、あるSFアニメのヒロインの名前に、ある大人向けファッションドールの名前を付け足したものである。別にそれらのファンではない。ただ、何となく名付けただけである。
彼女はあるコミュニティーサイトで、見覚えのある名前を見かけた。彼女はその女に「友達申請」をし、その女について色々と知った。
実は彼女は以前からその女を知っていたが、向こうはそれに気づいた様子はなかった。しかし、彼女はささいな事からその女とケンカ別れした。どうやらその女は、自分の男性人気と「才色兼備のイケメン女子」イメージに嫉妬したらしい。
その女は、ブログで自分たちのトラブルの顛末を元にしたショートショートをブログで書いたため、彼女はそれを丸ごと自分のブログに無断転載して、「ヴァーチャル枕営業」で確保したブログ友達と一緒に笑い物にした。
そして、彼女は傲慢にもこう言い放った。
「この人は私になりたかった女性です」
こう書き込んだ瞬間、彼女はエクスタシーに浸った。
✰
加奈子がフェミニズムに傾倒したのは、義務教育時代のいじめ被害に基づく男性不信(それゆえ、女子高に進学した)がきっかけだった。しかし、彼女はあるフェミニストの本に「女性は、男性の社会に対する功績を正当に評価すべきだ」と書いてあったのを読んで、目からウロコが落ちた。そう、全ての「男」を貶める訳にはいかない。
そんな彼女は最近、ネット上で失恋した。相手は問題の歴史系コミュニティーの男性メンバーの一人だったのだが、もちろん片思いだ。彼とは問題の「お姫様」をめぐって意見が対立し、絶縁。サイトは退会。
問題の「彼女」の存在だけではない。彼は加奈子の小説仲間だった。加奈子は、この男がコミュニティ内部で人気があるのに嫉妬した。彼は彼女に、とある創作系コミュニティーを紹介してくれたので、彼女はすぐに入って、すぐに退会した。なぜなら、自分以外の全ての女性メンバーが「敵」に思えたからだ。
「我ながら器が小さいね」
あの頃、加奈子は自分の彼に対する好意を「友情」だと思っていた。「ネット界で一番の恩人」「我が
加奈子は決して、男女間の友情を否定しない。今いる男性のブロ友たちに対する好意は、明らかに恋愛感情ではない。年上の男性ブロ友に対しては、親戚のおじさんのような親近感があるし、年下の男性ブロ友に対しては、従兄弟のような親近感がある。そして、今いる女性のブロ友たちはいずれも加奈子より年上の既婚女性だが、彼女にとってこの人たちは「心の姉」と言って良いだろう。
「ヴァーチャル恋愛」ですらダメなら、リアル恋愛はもっとダメ。加奈子は彼氏いない歴=年齢(今日で23歳)の処女なのだ。しかし、彼女のような中途半端な容姿で20代前半の処女なんて、多分、別に珍しくも何ともない。彼女は何人かに某B級グラビアアイドルに似ているなどと言われた事があるのだが、彼女自身は「どうせ私は涼ちゃんみたいな美人ではないし、ワカみたいなかわいい子でもないのね」と思っている。
加奈子は家に帰ってからは、まずは手洗いうがいをする。そして、夏でもそれらは欠かさない。ましてや、今はもう12月だ。季節性のインフルエンザが心配だ。何しろ彼女は独身一人暮らしなのだから、そう簡単には倒れる訳にはいかない。
加奈子は祖父の形見の水槽がある部屋に入った。例の頭蓋骨を水に沈めたのがどうなっているか気になるのだが、そこには驚くべき光景があった。
「キャー!?」
水槽には、生首が浮かんでいた。しかも、あの夢の中で戦っていた男そっくりだった。
「キャー! 生首がしゃべったー!? 怖いー!! やめてー!!」
「おい、わしは何もしてはいないではないか? 落ち着いてくれ」
「そんな事言われたって、イヤー!!」
「頼むから、落ち着いてくれ。加奈」
「え…?」
加奈子は混乱した。なぜこの生首男が彼女の名前を知ってるのか? 彼女の名前は正しくは「加奈子」だが、それよりも、なぜあの頭蓋骨が生首になって生き返ってしゃべってるのか、さっぱり理解不能だった。いや、理解不能だなんて次元ではない。
「会いたかった…」
「…あのう、私、あなたと会うのは初めてなんですけど?」
「何っ!?」
「私、花川加奈子という者です。紅葉山不動産という会社で事務員の仕事をしている、今日23歳になったばかりの女です」
「わ、わしの妻ではないのか?」
「あの…そういうあなたも、私の夢に出てきた男の人にそっくりですが…」
「何と…!?」
加奈子は何とか落ち着きを取り戻し、生首男の話を聞いた。この生首男の名前は、
そして、古代中国の軍師太公望呂尚との契約で生き返されたという。
「太公望って、確か何かの漫画の主人公になっていた人…でも実際にはじいさん軍師だったんだよね?」
「わしはかの御仁に頼まれた。肉体を復活させるために、そなたの助けが必要なのだ」
この生首男…秀虎が言うには、あの世で出会った太公望呂尚が、加奈子に彼の世話をさせるように命じた…という事らしいが、加奈子は困惑し、軽い苛立ちすらあった。たまたま自分がこの男の妻と瓜二つだからと言って、あまりにも理不尽だ。
しかし、加奈子はこの不思議な生首男に魅入られてもいた。この生首が水槽に浮いている様子。首の切り口から血管やら神経やらが生えて、水に揺らめいているが、それは彼女が小学生時代に栽培したヒヤシンスの球根を連想させた。
加奈子が今書いている小説は、女神がジャズピアニスト志望の男子音大生と恋に落ちて、彼を「育てる」話だが、彼女自身もこの生首男の世話をしようと覚悟を決めた。この男の澄んだ目の輝きが彼女に「信じたい」という欲求を抱かせるのだ。
「分かりました。私、あなたのお世話をします。どうかよろしくお願いいたします」
「ああ、ありがとう。よろしく頼む」
「…で、まずは何をしましょう? ご飯にしますか?」
「うむ。いただこう」
加奈子は台所に向かった。
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